エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

バルトの紗希に対する熱烈な想いの根幹を知ったこの日、二人の間でチグハグだった感情の矛先が互いに向き合うこととなった。
とは言え温度差はある。
しかし霊蟲公の機転によって最悪は防がれたのだ。

もしもこの場を設けられなければ、紗希はバルトの感情を知らぬまま監禁され彼を憎むことになっていただろう。

「霊蟲公に感謝しなきゃですね……」

ぽつりと溢すとバルトはやっと腕の力を緩めた。その代わり分かりやすいぐらい怪訝な表情を浮かべている。

冷徹無慈悲の悪辣勇者という設定の彼は存外感情が豊かだ。

「あいつに……?」

「そうですよ。私とバルトさんの事を考えてくれたじゃないですか。だから私はバルトさんの幸せ探しをしたいと前向きな気持ちになってるわけで……霊蟲公っていい人なんですね。初めは驚きましたけど……」

そこで紗希は言葉を止めた。

バルトの様子がおかしいのだ。

紗希の身体に触れていた手を完全に退け息を呑み、痛いぐらい見つめてきていた視線が逸らされたのだ。

「まさか……何かしたんですか!?」

「……ここへ辿り着く直前、頭を冷やせと言われ逆にカッとなって……すみません……」

咳払いしたバルトは声を潜らせ気まずそうに答えた。
剣に付着していた液体の正体に紗希は刮目し食い入るように問う。

「死んでないですよね……!?」

「……大丈夫ですよ。そう容易く消滅しません」

どこか引っかかる言い方だった。
エギル首刎ねの時といい、微妙なニュアンスの違いに頬を引き攣らせて問う。

「その消滅って言い方……死んでないってことで良いんですよね?」

「はい。魔族は生命の源となる石を持っています。それさえ破壊しなければ元に戻りますから」

明らかに安心させようとしている。
今までになく穏やかな笑みを向けてくるバルトに呆気にとられ、次第に具体的に何をしたかを避けるような言い草に眉を顰めた。

「次はカッとならないでください….」

力で捩じ伏せよういう気配が昨日からビシビシと伝わってくる。

ある意味で彼は魔王の素質を持っている。バルトが魔族に魔王と認められた理由の鱗片を垣間見たような気がした。

今回の件について霊蟲公には後で誤っておかなければならない。

「ーー心得ました。では聖女様、上に戻りましょうか」

本当に分かっているのか怪しいぐらい軽い調子の返事に紗希は肩で息をつくと、バルトの言葉に首を振った。

「何言っているんですか?せっかくですからどんな風に転移魔法陣に入れないのか見せてください」

「今、ですか……?」

バルトの長い睫毛が大きく瞬く。

「はい。実際の現場を見なければ分からないので、今後のことを考えるためにも」

言えば薄い唇を開閉し端正な顔を僅かに歪めた。

「後日で良いのでは?」

いよいよ後退りを始めたバルトに、紗希は小さな吐息を零すと極力声を明るくして腕を引く。

「……怖いんですよね。尚更勢いで行っちゃいましょうよ。ほら」

転移魔法陣の中に引き込むべく強く引っ張ると腕を払うことが出来ない様子のバルトが紗希の歩みに合わせてゆらゆらとついてくる。

それを良いことに、最後は青白く光る陣の中に勢いよく引き入れた。

そう、バルトの身体は気づくと魔法陣中に入っていた。

「嘘だ……」

戸惑っているバルトをよそに紗希は中心の石碑に触れた。

第一層に行くことがで良いないという主張が、何がどの時点で阻まれてしまうのか確かめるために。

昨日訪れた時に説明を受けた通り、紗希が中央の石碑に触れると、キンッと高い音が響き、それから足元の輝きは勢いを増す。

そして一瞬、大きく視界がぶれた。

その違和感に眉を顰め瞳を瞬くと次に紗希の視界に入ってきたのは困惑した表情を浮かべるストラスの姿。

「これは……」

低く、掠れた声が隣りから落ちてきた。

バルトを見上げるとこれまでになく双眸を大きく見開いている。

その表情は驚愕か、困惑か、はたまた疑念か。複雑に入れ混じる感情を瞳に宿し唇を震わせていた。

「魔王さまが、第一層に来てる……?」

ストラスもそれは同じだった。

川のせせらぎのように淡い水色の瞳を揺らしていた。

動揺が拭えない二人の様子にこれまで転移出来なかったことが事実なのだろう。しかし彼らよりも実感が湧きにくい紗希はおずおずといった調子で呟いた。

「転移、出来ちゃいましたね……」
「えぇ」

対してバルトもぎこちなく頷く。夢心地なのか、心ここに在らずといった様子だった。