「それは、ちゃんとバルトさんの事を教えてもらった後で考えます」
「そうですか……」
バルトは大きく息を吸っては剣を軽く振って紫色の滴を散らすように切ると鞘に収めた。
それから諦め得たように、訥々と話し始めた。
「――魔王城ではじめて死んだ時から、この世界ではない声や姿が見えるようになりました」
最初に死んだのは、転移魔法陣に入ることが叶わず仲間に見捨てられたあと。
背後から鉤爪のような何かに胴を裂かれた時。
バルトは皮膚が裂かれ肉が千切れる痛みに死を悟ったという。続けざまに失血する身体に苛烈な炎を浴びせられ、痛みを感じなくなったころ目の前は開け、彼は真っ白な空間にいたそうだ。
様々な視線を感じ、そして声が聞こえたという。
何が起きているか分からず戸惑っているうちに、気付くと現実に戻り信じられないものを見る目でエギルに見下ろされていたそうだ。
それから魔王城に囚われたバルトは何度もそこで死んでは復活し、その度に束の間の時間、白い空間で過ごすようになったという。
「初めは晒し者にされている気がしてならなかった。しかし次第に声も視線も減って、見向きもされなくなったころ、一生この城でひとり同じことを繰り返すのかと思うと怖くなった……でも、あなただけは残ってくれた」
そこで言葉を切ったバルトは、紗希を見つめた。
「誰かが俺を見限らず、傍に居てくれているように思えた。あなたの存在を感じる度、俺はまだ生きているのだと実感できたんですよ。そう思わないとこんな悪夢、気が狂いそうで……」
語られた内容は、霊蟲公の口から聞くよりもずっと凄惨で、その孤独は想像を超えるものだった。
「――次第にあなたを知りたくなった。見守ってくれるその相手が誰なのか……視線や声だけでなく姿かたちを知りたいと。幸いこの城は古代魔法について詳しく記載される禁書があったので……それを奪うことで姿も分かるようになった。あなたの事を考える度に、俺は衝動に突き動かされ、レギオスさえも倒すことも出来た。だからあなたは俺にとっての聖女なんです」
目的がなければこの七年はただの悪夢でしかなかったとバルトは告げる。
紗希行為は知らず知らずのうちに、彼にとってあまりに理不尽な仕打ちに対するたった一つの希望となっていたのだ。
「……――運命を凌駕する聖女の力というのは……?」
喉の奥に何かつっかえるような感覚を無理やり呑み込みながら紗希は訊ねた。
「御伽話です。実際、根拠はありません。けれど俺にとってはあなたが聖女だ。力を持っていても持っていなくてもさして問題ないんですよ。城から出られなくとも、あなたが居ればそれで良いと思っています」
あまりに切実に告げられた想いに、やはり聖女でなかったのだと理解すると同時に、霊蟲公の言葉が蘇ってくる。
七年間。紗希は物語だと思っていた。
しかしバルトにとっては容赦のない現実だった。
その事実が胸の奥へと重く響く。
かといって愛というのはやはり理解出来ない。
しかし紗希の中ではぼんやりとしていた感情が、はっきりと形を成してゆく。
この人を放っておくことは出来ないと。
「――あぁ、もう……」
紗希は転移魔法陣から一歩踏み出すと、そのまま歩み寄りる。
「そういうのは最初に言ってください」
「は……」
紗希があっさりと出て来たことにバルトは困惑の表情を浮かべている。
きっと彼には分からないだろう。
「私、物語はハッピーエンド保証しか読まないんです」
ただの読者でしかなかったが、読者であったからこそバルトとヒロインの幸せな結末を紗希は待ち望んでいた。
現実の愛を信じられないからこそ、せめて物語の中では幸せな二人というのに憧れ、第三者として確かな愛を見てみたいと紗希はいつも思っていたのだ。
彼とっての過酷な現実を、正しい結末に戻す方法を探りたい。
「バルトさんはちゃんと幸せになれるはずです。ハッシュタグは付いていたので、大丈夫です」
「はっしゅ、なんですか……?」
バルトはますます瞳を揺らし、毒牙はすっかり抜かれていた。
「辛いだけで終わらないという約束みたいなものです。結婚についてはやっぱり応えられませんけど、一緒に方法を探しませんか?バルトさんの幸せな結末に向かうために」
昨日撤回したばかりだが、この人はやはり仕方のない人なのだ。
紗希が原動力となって希望を持っていられたと主張するのなら、愛には応えられないがヒロインであるセレスティーナと結ばれる結末に連れて行くため支えたい。
特別な力などなくてもバルトがそばにいるだけで良いというなら、そばにいる事で変えられるものもあるはずだ。
「なので監禁は諦めてください」
「駄目ですか……」
「駄目です。まずは転移魔法陣にどうやったら入れるか試してみましょうよ。駄目なら駄目で別の方法を一緒に探しますから、ね?」
紗希は眉尻をくしゃりと下げて訊ねた。
するとバルトは分かりやすく表情を輝かせ感極まった表情と共に目元に涙を貯める。
「それは……聖女様は元の世界に帰らないという事ですか?」
「当面はバルトさんに付き合うという意味です。帰りたいのは山々なので」
釘を刺すように言ったものの、しかし最後の方はバルトの大きな腕の中に抱き竦められながら零すこととなった。
それが縋るような悲痛さを帯びていたので安易に解く事が出来ず紗希は大人しく眉根を寄せることに留める。
「ありがとうございます……聖女様が帰りたくないと思えるように善処しますから」
相変わらずそこはブレないらしい。
耳元で囁かれ、紗希はバルトの胸を押し返しながら言った。
「あの……そこは頑張らなくていいです」
「そうですか……」
バルトは大きく息を吸っては剣を軽く振って紫色の滴を散らすように切ると鞘に収めた。
それから諦め得たように、訥々と話し始めた。
「――魔王城ではじめて死んだ時から、この世界ではない声や姿が見えるようになりました」
最初に死んだのは、転移魔法陣に入ることが叶わず仲間に見捨てられたあと。
背後から鉤爪のような何かに胴を裂かれた時。
バルトは皮膚が裂かれ肉が千切れる痛みに死を悟ったという。続けざまに失血する身体に苛烈な炎を浴びせられ、痛みを感じなくなったころ目の前は開け、彼は真っ白な空間にいたそうだ。
様々な視線を感じ、そして声が聞こえたという。
何が起きているか分からず戸惑っているうちに、気付くと現実に戻り信じられないものを見る目でエギルに見下ろされていたそうだ。
それから魔王城に囚われたバルトは何度もそこで死んでは復活し、その度に束の間の時間、白い空間で過ごすようになったという。
「初めは晒し者にされている気がしてならなかった。しかし次第に声も視線も減って、見向きもされなくなったころ、一生この城でひとり同じことを繰り返すのかと思うと怖くなった……でも、あなただけは残ってくれた」
そこで言葉を切ったバルトは、紗希を見つめた。
「誰かが俺を見限らず、傍に居てくれているように思えた。あなたの存在を感じる度、俺はまだ生きているのだと実感できたんですよ。そう思わないとこんな悪夢、気が狂いそうで……」
語られた内容は、霊蟲公の口から聞くよりもずっと凄惨で、その孤独は想像を超えるものだった。
「――次第にあなたを知りたくなった。見守ってくれるその相手が誰なのか……視線や声だけでなく姿かたちを知りたいと。幸いこの城は古代魔法について詳しく記載される禁書があったので……それを奪うことで姿も分かるようになった。あなたの事を考える度に、俺は衝動に突き動かされ、レギオスさえも倒すことも出来た。だからあなたは俺にとっての聖女なんです」
目的がなければこの七年はただの悪夢でしかなかったとバルトは告げる。
紗希行為は知らず知らずのうちに、彼にとってあまりに理不尽な仕打ちに対するたった一つの希望となっていたのだ。
「……――運命を凌駕する聖女の力というのは……?」
喉の奥に何かつっかえるような感覚を無理やり呑み込みながら紗希は訊ねた。
「御伽話です。実際、根拠はありません。けれど俺にとってはあなたが聖女だ。力を持っていても持っていなくてもさして問題ないんですよ。城から出られなくとも、あなたが居ればそれで良いと思っています」
あまりに切実に告げられた想いに、やはり聖女でなかったのだと理解すると同時に、霊蟲公の言葉が蘇ってくる。
七年間。紗希は物語だと思っていた。
しかしバルトにとっては容赦のない現実だった。
その事実が胸の奥へと重く響く。
かといって愛というのはやはり理解出来ない。
しかし紗希の中ではぼんやりとしていた感情が、はっきりと形を成してゆく。
この人を放っておくことは出来ないと。
「――あぁ、もう……」
紗希は転移魔法陣から一歩踏み出すと、そのまま歩み寄りる。
「そういうのは最初に言ってください」
「は……」
紗希があっさりと出て来たことにバルトは困惑の表情を浮かべている。
きっと彼には分からないだろう。
「私、物語はハッピーエンド保証しか読まないんです」
ただの読者でしかなかったが、読者であったからこそバルトとヒロインの幸せな結末を紗希は待ち望んでいた。
現実の愛を信じられないからこそ、せめて物語の中では幸せな二人というのに憧れ、第三者として確かな愛を見てみたいと紗希はいつも思っていたのだ。
彼とっての過酷な現実を、正しい結末に戻す方法を探りたい。
「バルトさんはちゃんと幸せになれるはずです。ハッシュタグは付いていたので、大丈夫です」
「はっしゅ、なんですか……?」
バルトはますます瞳を揺らし、毒牙はすっかり抜かれていた。
「辛いだけで終わらないという約束みたいなものです。結婚についてはやっぱり応えられませんけど、一緒に方法を探しませんか?バルトさんの幸せな結末に向かうために」
昨日撤回したばかりだが、この人はやはり仕方のない人なのだ。
紗希が原動力となって希望を持っていられたと主張するのなら、愛には応えられないがヒロインであるセレスティーナと結ばれる結末に連れて行くため支えたい。
特別な力などなくてもバルトがそばにいるだけで良いというなら、そばにいる事で変えられるものもあるはずだ。
「なので監禁は諦めてください」
「駄目ですか……」
「駄目です。まずは転移魔法陣にどうやったら入れるか試してみましょうよ。駄目なら駄目で別の方法を一緒に探しますから、ね?」
紗希は眉尻をくしゃりと下げて訊ねた。
するとバルトは分かりやすく表情を輝かせ感極まった表情と共に目元に涙を貯める。
「それは……聖女様は元の世界に帰らないという事ですか?」
「当面はバルトさんに付き合うという意味です。帰りたいのは山々なので」
釘を刺すように言ったものの、しかし最後の方はバルトの大きな腕の中に抱き竦められながら零すこととなった。
それが縋るような悲痛さを帯びていたので安易に解く事が出来ず紗希は大人しく眉根を寄せることに留める。
「ありがとうございます……聖女様が帰りたくないと思えるように善処しますから」
相変わらずそこはブレないらしい。
耳元で囁かれ、紗希はバルトの胸を押し返しながら言った。
「あの……そこは頑張らなくていいです」



