エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

――――バルトが現れたのは、霊蟲公が姿を消して数分と経たない頃合いだった。

意外な相手からバルトを頼らずとも元の世界に戻れるという新たな道が示され、紗希はようやく対等になれた気がしていた。

一人で現れたバルトは肩を上下させ息巻いており、その手には執務室にあった剣を携えていた。先端からは紫色の雫が滴っている。

「聖女様……」

それから紗希の居る場所を見て双眸を大きく開くと掠れた声で手を差し出した。

「さぁ、こちらにお戻りください。攫われて恐ろしかったでしょう……」

転移魔法陣の中には踏み込まない。

光の外側でバルトは口元を微かに震わせてから言った。

対して紗希は単刀直入に訊ねた。

「私を閉じ込めるつもりだって……何かの間違いですよね?」

すると端正な顔は苦虫を噛み潰したように歪み、はぁと肩で息をつく。

それからバルトは小さな舌打ちを鳴らした。

「霊蟲公か……」

「……本当なんですか?」

胸の奥が乾ききったような感覚に生唾を飲みもう一度問う。

数秒の沈黙が落ち、胡乱な眼差しのバルトと視線が混じり合った。

「――まったく。蟲ってのは何処にでも湧いて出るから困るな」

青白い光が反射するバルトの紫水晶の瞳が今までになく怪しく光っていた。

「聖女様がいけないんですよ。俺には”然るべき相手がいる”なんて言って壁を作るから」

その瞳の奥は薄暗い感情がゆらゆらと灯っていて、魔法陣の中心にいる紗希の身体は僅かに強張った。

「あなたが俺だけを見るように閉じ込めておけば、俺の愛を信じてくれるでしょう?さぁ、出てきてください」

語気を強めるバルトだが、霊蟲公の言う通り魔法陣自体に入れないようで、あくまで紗希の意思で出てくることを促していた。

「……教えてください。この城から出られないから強力してほしいって話しじゃないんですか?最後まで連れて行って欲しいって……」

問えばバルトは諦めたように、あっさりと告げる。

「俺の人生の最後にあなたが居て欲しいから呼んだ」

まさに霊蟲公の言ったとおりだった。

それはつまり……――――

「それって、私を元の世界に返す気がはじめからなかったって言ってるようなもんですよ。バルトさん、分かってます?」

「……まぁ、そこは受け取り方次第では?人生の最後か物語の最後か、俺は断言してません。嘘はついてませんよ」

バルトは口端を片側だけ吊り上げ薄らと笑みを浮かべていた。

騙された、と思った。

確かにこちらも細かく確認していなかったが、しかし初めからその気がなかったと言うのでは根底を大きく揺るがす。

紗希は小さく吐き捨てた。

「あり得ない……」

あのまま有耶無耶にして城に閉じ込める気だったのだろうか。

人としてどうなのだと、頬が引き攣り怒りとも呆れとも言えぬ感情で息をつく。

「なら聖女については?ちゃんと教えてください。なぜ私だと思うんですか?」

なぜ呼ばれたのか一応答えは貰っていた。しかしそれは聖女だからというあやふやなもので、手違いかもしれない根拠の無い話だった。

「まだ話してくれていない事があるなら教えてください。ちゃんと聞きます。後出しされていい事なんて起きないんですから……教えてくれるまでここから動きません」

紗希がはっきりそう告げるとバルトは面倒だと言わんばかりの顔で逡巡したのち差し出していた手を引いた。

その指先は丸くなり握り拳を作って、それから唇を硬く引く結ぶ。

視線は逃げるように逸らされた。

「あなたに頼らず帰る方法があることも分かりましたし。すべて教えて下さい」

バルトが肩眉を上げ鋭い視線を寄越したが、紗希は整然と押し黙る。

どれぐらい無言の時間があっただろう。

ふと、拗ねた子供のような呟くような声で問われた。

「――……信じてくれますか?」

その声は渋々といった感情が占めていた。