エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

「我々は力こそ全て。どのような因縁があろうと強者を崇めるのは至極当然……しかし我らがいくら魔王様を同胞と感じ崇めても彼の方には伝わりませぬ」

霊蟲公は握り拳を作り震わせると肩を落とす。

力こそ全てという言い分はシンプルなものだが、痛みや傷を与えられ続けた相手を実際許せるだろうか。

「種族間の違いでしょうか……」

「左様。魔族ならば喜ぶものですが、残念ながら我々は毛嫌いされております。しかし今の我々は心の底から魔王様を崇拝し、同じぐらい心配もしております」

「なるほど……あなた方とバルトさんの関係は分かりました」

エタってしまったバルトの七年は、やはりそう単純なものではなかった。

名前のなかった魔王に名があり、魔族たちにも行動原理があった。魔族すらも困惑した復活するバルトの身体の謎は、やはり物語の結末に向けて必要な措置であったのだろうが、真実は分からない。

しかしバルトと改めて話すためには十分な情報だっただろう。紗希はそう思うことにした。

語り終えた霊蟲公は不意に鋼鉄の皮膚を持つ巨大な蜘蛛を撫でた。

すると黒板を爪で引っ掻いたような嫌な音が響き、同時に文字通り蜘蛛の子を散らすように小さな個体へと姿を変えて四方八方へ散ってゆく。

そして紗希に再び向き直ると魔法陣の前で跪き、改まって深々と頭を垂れた。

「聖女様。召喚など人攫い同然の行為……しかし非礼を承知で申し上げます。もし、少しでも慈悲を頂けるのでしたら、魔王様の心を救ってくだされ……」

その言葉は静々としていた。

『今は同胞と思っている』という霊蟲公の言葉はきっと本物なのだ。

一方で、紗希が受け入れられない場合、結界が完成する前に連れ出してレギオスに直談判し元の世界に戻すとも言う。

実際、それが可能なのかという疑問よりも、ここに来て初めて紗希の立場を鑑みられたことへの驚きの方が優っていた。

豪快な登場やバルトへの挑発の数々に最初は戸惑いが占めていたが、不思議な人物だ。霊蟲公はバルトだけでなく、どうやら紗希の事まで考え気にかけてくれているらしい。

霊蟲公は言い終えると紗希の言葉を待たず同消えてしまった。

転移魔法陣には紗希ひとり。

青白い光の中で、その場にしゃがみ込むと大袈裟なほど深く息をついたのだった。