誰の特別にもなれなかった俺と、愛が重すぎる一軍王子

 だが、翌朝登校して早々に、他クラスメイトと俺に対する明確な違いを見せつけられることになった。

 教室の前方で男子数人に囲まれている榊。

 「鈴木(すずき)、それ提出した? 今日までだろ」
 「あー忘れてた。サンキュ榊」
 「相田(あいだ)、二組の子が呼んでる」

 榊はいつものように、穏やかで適度な距離感を保っていた。誰に対しても名字で呼びかけ、踏み込みすぎず、突き放しもしない。相変わらず隙のない鉄壁ガードだ。

 けれど、俺と目が合った瞬間、その境界線が音もなく溶けた。

 「晴、おはよう」

 何の迷いもない声で、教室中の視線を一身に集めながら、俺だけ、下の名前で呼ばれる。
 周囲の女子たちが「えっ、榊くんが下の名前で呼んだ!? 珍しくないっ!?」とざわつき始める。
 そうか、あいつが下の名前で呼ぶのって珍しいんだ。

 「はよ」

 俺が短く返すと、榊はそれだけでこの世のすべての幸せを噛み締めるみたいに満足そうに目を細めた。

 それからの時間は、ひたすら榊からの視線と名前が俺の周囲に降り積もるだけの時間だった。

 授業中、黒板を眺める俺の横顔を隠す気もなく盗み見る。その視線の方を向けば「晴」と小声で呼ぶ。そこから何か会話をすることもあれば、俺の名前を呼ぶだけ呼んで満足そうに前を向くことも多々あった。

 そんな意味不明な時間をやり過ごし、休み時間。榊が一軍メンバーに強引に連れて行かれるのを見届けてから、たけぴーたちが俺の席へ集まってきた。
 俺がたけぴーたちと適当な会話に興じている時も、榊は自分の輪の中から、視線だけは完全に俺をロックオンしてた。

 「なあ、榊、聞いてる?」
 「聞いてるよ」
 「ほんとかよ! お前さっきからどこ見てんの」
 「ないしょ」

 そんな会話が耳に飛び込んでくる。それだけで女子をきゃあきゃあ言わせるんだから、罪な男だ。

 名前を呼ぶ時。笑いかける時。
 あいつの瞳の中には、俺という存在がクラスのその他大勢とは明らかに違う解像度で映っている。それは友情とは別の、もっと切実で扱いに困る種類のものだということは、嫌でも分かった。

 俺とあいつの温度差は、明らかなほど開いている。
 あいつが「晴」と呼ぶたびに、俺たちの間に何かが満ちていく。
 それに触れてしまえば、チクッどころの痛みでは済まされないような気さえしてきて。

 めんどうだから考えるのはやめよう、と無理やり心の蓋を閉めた。