誰の特別にもなれなかった俺と、愛が重すぎる一軍王子

 それからというもの、毎日榊と帰るようになった。
 相変わらず会話が増えることもなければ、手を繋ぐこともない。寄り道もしないから、駅までの数分の道を並んで歩いて、解散。
 それでも、あいつは毎晩必ず「ありがとう」とメッセージを送ってくる。なんて律儀なんだ。

 「つーか、お前いつの間に榊と仲良くなったんだよ。ここんとこ毎日一緒に帰ってるじゃん」

 授業終わりのチャイムが鳴り、たけぴーが俺の机を叩いた。榊が席を外している隙を狙ったらしい。
 最近の榊は、一軍メンバーに連行される前に俺の方を向いて話しかけてくる。それはもう、帰り道の口数の少なさが嘘に思えるくらいに。
 仮に連行されそうになっても「あとで」と爽やかに一蹴するだけ。当然行く気配がないので、最近では一軍たちがわざわざお迎えに上がることも少なくなくなった。

 「接点なくなかった? 榊に呼び出されてからじゃね? 何があったんだよ!」
 「別になんもないよ。席隣だからだろ」

 そう、本当に何もない。それに、榊がいつ俺に愛想をつかしたっておかしくないし。わざわざたけぴーたちに、付き合ってます、なんてバカ正直に言う必要もない。
 いまだになんで俺なんだろう、とぼんやりと思うことはある。けれどそれを突き詰めるほど俺の思考は勤勉ではなかった。

 そのタイミングで教室の前方から榊が戻ってきた。
 「榊戻って来たか! 会いたかったぞー」という一軍男子のダル絡みには目もくれず、ペットボトルを片手に、迷いのない足取りでこっちへ向かってくる。それと同時に、たけぴーたちはしれーっと自分たちの席へ撤退していった。逃げ足が速い。
 まあ、榊の席、俺の隣だし、こっち来るのは普通か。……ん? 普通じゃない……のか? やばい、あいつの距離感に毒されて俺までバグってきたかもしれない。

 「晴」

 ……はる?
 唐突に響いた、その二文字。
 ……ああ、俺の名前か。

 「なに?」
 「晴って呼んでいい?」
 「もう呼んでんじゃん」

 席替え初日に言いかけてやめたのはこれだったのか。いちいち確認してくるなんて、本当に律儀な奴だ。
 俺の返事に、榊は少しだけ口角を上げた。

 「晴も俺のこと名前で呼んでほしい」

 榊が俺に何か要求してきたのは、これが初めてなんじゃないか? 名前で呼び合うことくらい容易いもんだ。

 「壱星」

 俺がそう呼んだら――ピタッと榊の動きが止まった。
 目の前で完全にフリーズしたかと思えば、次の瞬間、パァァァッと瞬く間に歓喜が顔全体へ広がっていく。
 ……おい、顔面国宝の笑顔の威力が高すぎて直視できないんだが。
 名前なんてただの識別記号なのに。そんな些細なことで、こいつはここまで感情を爆発させられるのか。

 「……やばい。晴に名前で呼ばれるの、思ったよりめちゃくちゃ嬉しい。晴って呼ぶのも、好き」
 「好きとか、軽」
 「軽くないよ」

 さっきまでの歓喜の残骸を残しつつも、榊の表情は一瞬で真剣で切実なものに切り替わる。その瞳を見れば軽くない、という言葉が嘘ではないことくらい、俺にも分かった。

 数秒の沈黙が流れる。
 お互いの膝が触れ合いそうな距離に俺達はいて。それでも、膝先が触れ合うことすらない。

 榊は、好きなんて言葉を躊躇なく口にしてくるくせに、俺に同じ熱量を返すことは求めない。少し動けば触れ合える距離にいても、決して俺に触れようとはしない。
 名前で呼び合うようになったからといって、手を繋いだりデートしたりするわけでもない。付き合っている、という肩書が一応あるだけで、それ以外に他のクラスメイトたちと何の違いがあるというのだろう。

 近いのか遠いのか……やっぱり俺にはよくわからない。