誰の特別にもなれなかった俺と、愛が重すぎる一軍王子

 運動部の威勢のいい掛け声を浴びながら歩くせいで、放課後の校門へ向かう道は騒がしかった。

 俺と榊は、三十センチほどの微妙な空白を挟んで並んで歩いている。
 ……教室にいる時の方が、よっぽど距離近かっただろ。

 肩が触れ合うわけでも、手を繋ごうとするわけでもない。傍から見れば、ただ同じ方向に帰る友達同士。付き合いたての中学生かよ。

 そこでふと、これまでに付き合ってきた元カノたちのことが頭をよぎる。

 『好きってたくさん言って』『もっと私と一緒にいて』『寝るまで通話しようよ』

 そんな要求を、俺はいつも曖昧に笑ってやり過ごしてきた。
 自分の中に差し出せるような熱なんて一滴もなかったから。

 けれど、榊は何も言わない。爆撃並みの距離の詰め方はどこへやら、俺に何かを強いることも、恋人らしさを求めることもなく、ただ静かに隣を歩いている。
 教室の時と違って口数も少ない。
 やっぱりこいつ、根はそんなに喋るタイプじゃない……よな?
 普段の俺だったら、たけぴーたちといる時みたいに適当な雑談で場を繋ぐところだ。けれど、今のこの沈黙には不思議と気まずさがなくて。
 ……楽だな。
 漠然とそんなことを思いながら、俺は榊の隣を歩いていた。

 「鳴海、それ好き?」

 途中のコンビニで俺が手に取った炭酸飲料を見て榊が聞いてきた。

 「まあ普通」
 「そうなんだ」

 それだけ言った榊は、自分も同じものを手に取った。

 好きか嫌いか。そんな二択で物事を選んだことが、俺にはあまりない。いつもなんとなくか消去法だ。嫌じゃないから、受け入れる。この炭酸飲料も、付き合う人も。
 好きでも無い相手と付き合うなんて、相手に失礼だと言われればそうかもしれない。けれど、みんな俺の空っぽさに気づいてすぐに去っていくんだから、わざわざその場で断る必要性も感じない。

 信号待ちの最中、視界の端に違和感があった。見ると、榊がじっとこっちを見ていた。

 「なに?」
 「いや、別に」

 榊は少しだけ目元を緩めて、すぐに前を向き直した。
 ほんと、よく見るな、こいつ。

 その眼差しに何か特別な意味があるのかどうか――それを突き詰める気にはやっぱりなれなくて。俺は考えるのを放棄し、冷たい炭酸を喉に流し込んだ。

 それからも、大した会話もコンビニ以外の寄り道もしないまま駅の改札で別れ、電車に揺られて家に戻った。

 どれが本当の榊なのかは分からない。けれど、もし教室での俺への振る舞いが榊に無理をさせているのであれば、申しわけない。
 付き合ったからといって、義務感で関係を続ける必要はない。あいつなら、探さなくても次の相手なんていくらでも見つかるんだし。

 そんなことを考えながらベッドに転がると、スマホが短く震えた。

 『おつかれ。今日、鳴海と一緒に帰れてうれしかった。ありがとう』

 榊からのメッセージ。
 ……ありがとう、なんて言われるようなこと、俺は何もしていないのに。
 俺は画面を数秒眺めてから、指を動かす。

 『おつ。こちらこそ』

 返信を送ってホーム画面に戻ると、溜まったままの未読通知の三桁の数字が目に入った。誰からの連絡かも確かめる気すら起きない。

 ……返しやすいんだよな、あいつ。
 そう思っただけで、俺はすぐにスマホを枕元に放り投げた。