誰の特別にもなれなかった俺と、愛が重すぎる一軍王子

 休み時間を告げるチャイムが鳴るなり、榊の席の周りには、いつもつるんでいる一軍男子たちが集まってきた。やっぱり榊の周りには、榊が存在している、というだけで勝手に人が集まってくるんだからすごい。
 どうしてもこの一軍集団は目立つから、ノートを片付けつつも俺の視線は勝手にそちらへ吸い寄せられてしまっていた。

 「榊、当たり席すぎじゃね? サボり放題じゃん」
 「昨日送った動画見た? あれバリおもろいだろ」

 騒がしい振りに、榊は「ああ」とか「見てない」とか、短く感じよく答えている。
 いつもの、完璧な榊だ。
 誰に対しても一定の距離を保って、優雅に泳いでいるのが、俺の知っている榊壱星。
 やっぱり、授業中の距離感と態度の方がおかしい。あれは単なる気まぐれか、あるいは俺の見た幻か。

 ――と、思っていたのだが。

 友達と笑いながらも、榊の視線がふとした瞬間にこっちへ流れる。目が合うと、一瞬だけ柔らかく微笑んで、またすぐに友達との会話へと戻っていく。
 ……幻ではなかったらしい。
 こっち見るなとは言わないが、わざわざ目を合わせて笑いかけてくる意図が分からない。あいつって付き合ったら、こういう謎のサービスタイムが発生させるわけ?

 「鳴海ってさ、いつも眠そうだよね」

 友達が「ジュース買ってくるわ」と離れた一瞬の隙を突いて、榊が即座に椅子を寄せ、こっちに身体を向けてきた。切り替えが早すぎる。

 「実際眠い」
 「昨日なにしてたの?」
 「覚えてない」

 榊って、こんなに喋るやつだったっけ。自分から話題を振って、どうでもいい日常を拾い上げて、感情がそのまま声に乗っている。
 気がつけば、榊の膝と俺の膝が、触れ合いそうなほど近くにあった。

 その後の六限目も、悲劇は続いた。
 授業中だというのに、ノートの切れ端やら小声やらで「誕生日は?」「血液型は?」「身長何センチ?」と、小学生のプロフィール帳でも埋めるみたいな質問攻めに遭い、俺のHPは削られっぱなしだった。

 そうしてようやく六限目が終わり、帰りのホームルームが始まる前。
 ふと、隣に座る榊が俺を覗き込んできた。

 「鳴海ってさ、普通にかっこいいよな」

 ……いや、待て。お前みたいな正真正銘の顔面国宝に「かっこいい」なんて言われても、もはや高度な嫌味にしか聞こえないんだが。

 「急になに」
 「前から思ってた」

 榊は、平然とした顔で、とんでもないことを口にする。
 これだから王子様は恐ろしい。そうやって今までも数多の女子を自分の虜にしてきたのか。

 「誰にでも言ってるだろ」
 「言わねえよ」

 俺が適当に受け流そうとしたら、榊は即座に少しだけ眉を寄せて、俺を真っ直ぐに見つめた。さっきまでの上機嫌な響きとは違う、低く、ややドスのきいた声にそれ以上何も言えなくなる。
 一瞬、その瞳の奥に触れてはいけない熱の塊が見えた気がして、俺は急いでカバンのチャックを引いた。

 なんだか落ち着かないまま、ホームルームが終わり、相変わらずゆるい担任が「さよーならー」と手を振って去っていく。
 堰を切ったようにクラスメイトたちが飛び出していく中で、榊はゆっくりと立ち上がり、俺を見た。

 「鳴海、また明日」
 「ん。じゃーな」

 俺が返すと、榊はふっと満足そうに微笑んでから教室のドアの向こうへ消えていく。

 さんざん話しかけていたわりには、案外あっさり帰るんだな。まあ、付き合った初日なんてそんなもんか。あいつも忙しいだろうし。