「なんか飽きたし、席替えするぞー」
教室に戻るやいなや、五限目開始のチャイムが鳴り、担任の数学教師がおおよそ教育者らしからぬ理由を口にして、出席簿を教卓に叩きつける。
「神! 先生大好き!」
「まだ早いって! もう少しこの席、堪能させてくれよ!!」
一気に沸騰する教室。クラスメイトたちは、生きるか死ぬかの瀬戸際にいるみたいな熱量で、くじ引きに一喜一憂し始めた。
なんで席替えごときでそんなに熱くなれるんだ。俺は正直、どこでもいい。
今と同じような、真ん中らへんの席で適当に波に飲まれているのが一番楽だけど、一番前になったらなったで、スマホを触るのを諦めて無害な顔をしてノートをとるだけだ。
ついさっき、スクールカースト最頂点の男に告白され、しかも流れのままに付き合うことになった。そんなラブコメならピンク色のBGMでも流れそうな出来事が、この大騒ぎの中ではひどく浮いていてリアリティがない。
順番にくじを引き、新しい席を確認する。
――窓側の、一番後ろ。
自分の運の良し悪しを判定する熱量すら湧かないまま、机を持ち上げる。
俺の机は教科書もノートもろくに入っていない。この席で積み上げてきた思い出も執着もゼロ。俺の空っぽな中身をそのまま映したような、頼りないほど身軽な塊だ。
自分の新しい定位置に机を下ろそうとした時だった。
すぐ右隣。そこにはすでに先客がいた。
窓からひとつ内側の、俺の隣になる場所に、自分の机を置こうとしている背中――。
「……え、やば」
俺が机を下ろした瞬間、ぽつりと漏らしたのは榊だった。
いつもの榊が見せる王子様スマイルとは明らかに違う、隠す気のない熱を帯びた顔。
「テンション高」
「上がるでしょ、普通」
榊は口元を緩めたまま、上機嫌に言い返す。
ガタンッ!
と派手な音がしたかと思えば、榊が自分の机を俺の方に寄せてきた。前の席のやつらが作っている真新しいきれいな列から、明らかに三十センチ以上はみ出して、俺の領土へ侵入してくる。
「……近くないっすか」
「隣だから」
なんだよ、そのドヤ顔。
今日だけで、俺の知らない榊の表情をどんだけ見ればいいんだ。
呆れつつもそれ以上何か言う気も湧かず、俺は諦めて椅子を引いた。
「よろしく、は……、鳴海」
今、なんか別のこと言おうとしなかったか? まあ、いいか。気のせいだろ。
その違和感をスルーして「よろしく」とだけ返せば、お隣同士の挨拶も終わりだ。
担任がチョークを走らせる乾いた音が響き始める頃には、席替えの熱狂も徐々に静まり、みんなが渋々ノートを広げ出す。
「やばい。鳴海、いい匂いする」
……おい。顔面国宝じゃなかったら一発で警察呼ばれるレベルの発言だぞ。
担任が黒板に文字を書いている隙に、小声で話しかけてくるな。
「知らん。柔軟剤だろ」
だいたい、ただでさえ机を寄せてきているのに、榊は体まで半分くらい俺の方へ乗り出してきている。俺がさりげなーく身を引いてみても、気づいた時にはおそらく十センチ以内にあいつがいる。
近い。とんでもなく近い。誰にも触らせないくせに、自分から近づくのはアリなのかよ。
「当たり席すぎ」
榊はそれはそれは嬉しそうに呟いた。これ以上の会話のラリーを打ち切ろうと、「そりゃよかったな」と心の中だけで返答しておく。――が、俺が甘かった。
そこからはもう、怒涛の距離詰めラッシュだった。
担任が黒板に文字を書いて背を向けるたびに、隣から次々と話しかけられてノートどころじゃない。
「ねえ、鳴海ってシャーペンの持ち方俺と同じなんだね」
「だいたいみんな同じだろ」
「あ、右目の下にほくろがあるのも一緒だ。ほら、ここ」
「たまたまだろ……もう前向けって」
「無理。嬉しくて鳴海ばっか見ちゃう」
重症か? そんな小石レベルの共通点で、何をそんなに喜んでるんだこいつは。
付き合った、というよりも、ただ席が近くなったクラスメイト。
そんな感覚しか持てない俺とは対照的に、榊は一秒ごとに『恋人』という肩書きを自分の血肉に染み込ませているような気さえしてくる。
ようやく静かになった――と思ったのも束の間。
黒板の文字を半ば機械的に写していると、横から刺さるような視線を感じた。顔を向けると、榊が頬杖をついたままこっちをじっと見つめていた。
「……なに」
「字、綺麗」
「暇なん?」
「どうしても見ちゃう」
「やば」
こいつ、付き合ったらこんな距離感バグる奴だったわけ?
俺の知る榊壱星といえば、もっとこう、涼やかでスマートな王子様だと思っていた。ギャップが凄すぎて頭が追いつかない。
教室に戻るやいなや、五限目開始のチャイムが鳴り、担任の数学教師がおおよそ教育者らしからぬ理由を口にして、出席簿を教卓に叩きつける。
「神! 先生大好き!」
「まだ早いって! もう少しこの席、堪能させてくれよ!!」
一気に沸騰する教室。クラスメイトたちは、生きるか死ぬかの瀬戸際にいるみたいな熱量で、くじ引きに一喜一憂し始めた。
なんで席替えごときでそんなに熱くなれるんだ。俺は正直、どこでもいい。
今と同じような、真ん中らへんの席で適当に波に飲まれているのが一番楽だけど、一番前になったらなったで、スマホを触るのを諦めて無害な顔をしてノートをとるだけだ。
ついさっき、スクールカースト最頂点の男に告白され、しかも流れのままに付き合うことになった。そんなラブコメならピンク色のBGMでも流れそうな出来事が、この大騒ぎの中ではひどく浮いていてリアリティがない。
順番にくじを引き、新しい席を確認する。
――窓側の、一番後ろ。
自分の運の良し悪しを判定する熱量すら湧かないまま、机を持ち上げる。
俺の机は教科書もノートもろくに入っていない。この席で積み上げてきた思い出も執着もゼロ。俺の空っぽな中身をそのまま映したような、頼りないほど身軽な塊だ。
自分の新しい定位置に机を下ろそうとした時だった。
すぐ右隣。そこにはすでに先客がいた。
窓からひとつ内側の、俺の隣になる場所に、自分の机を置こうとしている背中――。
「……え、やば」
俺が机を下ろした瞬間、ぽつりと漏らしたのは榊だった。
いつもの榊が見せる王子様スマイルとは明らかに違う、隠す気のない熱を帯びた顔。
「テンション高」
「上がるでしょ、普通」
榊は口元を緩めたまま、上機嫌に言い返す。
ガタンッ!
と派手な音がしたかと思えば、榊が自分の机を俺の方に寄せてきた。前の席のやつらが作っている真新しいきれいな列から、明らかに三十センチ以上はみ出して、俺の領土へ侵入してくる。
「……近くないっすか」
「隣だから」
なんだよ、そのドヤ顔。
今日だけで、俺の知らない榊の表情をどんだけ見ればいいんだ。
呆れつつもそれ以上何か言う気も湧かず、俺は諦めて椅子を引いた。
「よろしく、は……、鳴海」
今、なんか別のこと言おうとしなかったか? まあ、いいか。気のせいだろ。
その違和感をスルーして「よろしく」とだけ返せば、お隣同士の挨拶も終わりだ。
担任がチョークを走らせる乾いた音が響き始める頃には、席替えの熱狂も徐々に静まり、みんなが渋々ノートを広げ出す。
「やばい。鳴海、いい匂いする」
……おい。顔面国宝じゃなかったら一発で警察呼ばれるレベルの発言だぞ。
担任が黒板に文字を書いている隙に、小声で話しかけてくるな。
「知らん。柔軟剤だろ」
だいたい、ただでさえ机を寄せてきているのに、榊は体まで半分くらい俺の方へ乗り出してきている。俺がさりげなーく身を引いてみても、気づいた時にはおそらく十センチ以内にあいつがいる。
近い。とんでもなく近い。誰にも触らせないくせに、自分から近づくのはアリなのかよ。
「当たり席すぎ」
榊はそれはそれは嬉しそうに呟いた。これ以上の会話のラリーを打ち切ろうと、「そりゃよかったな」と心の中だけで返答しておく。――が、俺が甘かった。
そこからはもう、怒涛の距離詰めラッシュだった。
担任が黒板に文字を書いて背を向けるたびに、隣から次々と話しかけられてノートどころじゃない。
「ねえ、鳴海ってシャーペンの持ち方俺と同じなんだね」
「だいたいみんな同じだろ」
「あ、右目の下にほくろがあるのも一緒だ。ほら、ここ」
「たまたまだろ……もう前向けって」
「無理。嬉しくて鳴海ばっか見ちゃう」
重症か? そんな小石レベルの共通点で、何をそんなに喜んでるんだこいつは。
付き合った、というよりも、ただ席が近くなったクラスメイト。
そんな感覚しか持てない俺とは対照的に、榊は一秒ごとに『恋人』という肩書きを自分の血肉に染み込ませているような気さえしてくる。
ようやく静かになった――と思ったのも束の間。
黒板の文字を半ば機械的に写していると、横から刺さるような視線を感じた。顔を向けると、榊が頬杖をついたままこっちをじっと見つめていた。
「……なに」
「字、綺麗」
「暇なん?」
「どうしても見ちゃう」
「やば」
こいつ、付き合ったらこんな距離感バグる奴だったわけ?
俺の知る榊壱星といえば、もっとこう、涼やかでスマートな王子様だと思っていた。ギャップが凄すぎて頭が追いつかない。



