翌朝、やっぱりあいつは駅で待っていて、俺たちは並んで学校へと向かった。
今朝の榊は、何事もなかったかのように「おはよ」といつもの爽やかな笑顔を浮かべていて、昨日みたいな重い圧は綺麗サッパリ消えていた。
昨日のことも、あいつの中ではもう終わった話なんだ。よかった。よかったけれど、俺には昨日からずっとモヤモヤしていることがある。
二年のフロアに着いたところで「ちょっと用事あるから、先教室行ってて」と榊に声をかける。
「用事?」
「すぐ戻るから」
できるだけいつも通りの、軽いトーンを意識して手を振る。
榊は一瞬だけ訝し気に俺を見たけれど、すぐに「わかった」と手を振り返して自分の教室の方へ歩いて行った。
よかった。さすがについてこられたら困る。
一応、榊が教室の方へ見えなくなるまで見送ってから同じフロアの、自分の教室とは反対側へ向かった。
昨日、廊下で告白してきたポニーテールの女子がこっちに走っていくのは見た。クラスも名前も知らないけれど順番に当たっていけばそのうち出会えるはずだ。
二クラス目を覗いたところで、お目当てのポニーテールが友達数人と楽しそうに話しているのが見えた。
「あーれ? 鳴海じゃん。どしたの」
入口付近にいた一年の時のクラスメイト――佐々木が声をかけてきた。
「あの子、呼んでくれる?」
「うわ、マジ!? 鳴海からアタックとかレアじゃん! ちょい待ち!」
佐々木がニヤニヤしながら教室の奥へ走っていき、クラスのやつらが一斉にこっちを振り返る。
いいから早く女子を呼んでくれ。
「今村ちゃーん、鳴海からのご指名だよー!」
今村、と呼ばれた女子が廊下へパタパタとかけてくる。
……榊、ごめん。
心の中で謝って、一度だけ小さく深呼吸をした。
「昨日、ごめん。ちゃんと断っとこうと思って」
「……え?」
今村さんはポカンとして目を丸くする。
……そりゃそうだ。昨日の流れだったら、さっそく今日初デートにでも行きますかって話だと思うのが普通だ。
今までみたいに告られた相手と適当に付き合って、適当に終わる方が楽なのに。
彼女と付き合ってしまえば、榊だって冷めて諦めてくれたかもしれないのに。
――なのに、どうしてもそれができなかった。
昨日からリフレインし続けている低い声と、真っ直ぐな瞳。あれだけの熱量でぶつけられた『好き』を無かったことにして、適当なノリで別の誰かと付き合うなんて真似、できるわけがなかった。ちゃんと断らなきゃダメだろって、そればかりが頭を占拠していたんだ。
「……もしかして、彼女いるの?」
今村さんが困ったような、縋るような目を向けてくる。
その問いに、脳裏に一瞬で浮かび上がったのは――あの低い声。あの真っ直ぐに俺だけを見つめる、重いのに甘い瞳。
「まあ……そんな感じっ、すね」
は!? 俺、今なんて言った!?
彼女どころか男だし! そもそも手すら繋いでないクソ怪しい関係だぞ!?
そんな感じ、じゃねえよ!!
今更バカみたいに恥ずかしくなってきて、耳の裏が火がついたみたいに熱くなる。
「そっか……。わざわざありがとう」
今村さんは切なそうに笑って、教室の中へと戻っていった。
昨日は期待を持たせるような生返事をしてすみません、と去っていく今村さんの背中に向かって心の中でもう一度謝罪する。
よし、これで終わりだ。終わったんだから、この耳の熱さもさっさと引いてくれ。
「おい、佐々木! 鳴海が振ったぞ! 話がちげーんだけど!!」
「え、告れば絶対いけるって有名なのに……」
佐々木が「鳴海が告りに来た!」なんて大騒ぎしたせいで集まってきた一年の時のクラスメイトたちが、ヒソヒソ噂し始めている。最悪だ、早く教室に戻ろう。
そう思って、くるりと踵を返した。
「みーちゃった」
「ふぁっ!?」
すぐ近くで聞こえた声に心臓が口から飛び出そうになった。
壁に背中を預けて立っていたのは、榊。
満面の笑みを浮かべるあいつの後ろに、そこにはないはずの尻尾がちぎれんばかりに振られているのが見える。
くそ、いつからそこにいたんだ。死ぬほど間抜けな声まで出ちゃっただろ。ふぁってなんだ、ふぁって。
「おまっ……お前! 先行けって言っただろ! 盗み聞きかよ!?」
「違うよ」
「は!? じゃあなに!? 覗き見!? 趣味悪っ……!」
「堂々と見てたから覗き見じゃないもん。用事って、これのことだったんだ」
だからその、もん、ってやつやめろ。かわいいって思っちゃうだろ。
っていうか、なんで「褒めて」って顔してんの!?
榊は一歩、誇らしげなドヤ顔で俺との距離を詰めてくる。嬉しいオーラが全開すぎて直視できない。
「断ってくれたんだ。俺のために?」
「うっせ! 自分のために決まってんだろ!」
プイっと顔を背けて、早足で自分の教室へと向かった。
背後から、弾んだ足音と嬉しそうな笑い声が俺を追いかけてついてくる。
他の奴の前では、いつも当たり障りのない笑顔で適当な壁を作っているくせに。
俺の前でだけ、榊はそういう器用な真似を一切しない。
俺が何も返せなくても、変わらない熱量で「好きだ」と真っ直ぐぶつけてくる。
榊の増えていく底知れない熱量が、ただただ怖かったはずなのに。今は不思議と、怖くない。
「……たく、調子乗んなよな」
今朝の榊は、何事もなかったかのように「おはよ」といつもの爽やかな笑顔を浮かべていて、昨日みたいな重い圧は綺麗サッパリ消えていた。
昨日のことも、あいつの中ではもう終わった話なんだ。よかった。よかったけれど、俺には昨日からずっとモヤモヤしていることがある。
二年のフロアに着いたところで「ちょっと用事あるから、先教室行ってて」と榊に声をかける。
「用事?」
「すぐ戻るから」
できるだけいつも通りの、軽いトーンを意識して手を振る。
榊は一瞬だけ訝し気に俺を見たけれど、すぐに「わかった」と手を振り返して自分の教室の方へ歩いて行った。
よかった。さすがについてこられたら困る。
一応、榊が教室の方へ見えなくなるまで見送ってから同じフロアの、自分の教室とは反対側へ向かった。
昨日、廊下で告白してきたポニーテールの女子がこっちに走っていくのは見た。クラスも名前も知らないけれど順番に当たっていけばそのうち出会えるはずだ。
二クラス目を覗いたところで、お目当てのポニーテールが友達数人と楽しそうに話しているのが見えた。
「あーれ? 鳴海じゃん。どしたの」
入口付近にいた一年の時のクラスメイト――佐々木が声をかけてきた。
「あの子、呼んでくれる?」
「うわ、マジ!? 鳴海からアタックとかレアじゃん! ちょい待ち!」
佐々木がニヤニヤしながら教室の奥へ走っていき、クラスのやつらが一斉にこっちを振り返る。
いいから早く女子を呼んでくれ。
「今村ちゃーん、鳴海からのご指名だよー!」
今村、と呼ばれた女子が廊下へパタパタとかけてくる。
……榊、ごめん。
心の中で謝って、一度だけ小さく深呼吸をした。
「昨日、ごめん。ちゃんと断っとこうと思って」
「……え?」
今村さんはポカンとして目を丸くする。
……そりゃそうだ。昨日の流れだったら、さっそく今日初デートにでも行きますかって話だと思うのが普通だ。
今までみたいに告られた相手と適当に付き合って、適当に終わる方が楽なのに。
彼女と付き合ってしまえば、榊だって冷めて諦めてくれたかもしれないのに。
――なのに、どうしてもそれができなかった。
昨日からリフレインし続けている低い声と、真っ直ぐな瞳。あれだけの熱量でぶつけられた『好き』を無かったことにして、適当なノリで別の誰かと付き合うなんて真似、できるわけがなかった。ちゃんと断らなきゃダメだろって、そればかりが頭を占拠していたんだ。
「……もしかして、彼女いるの?」
今村さんが困ったような、縋るような目を向けてくる。
その問いに、脳裏に一瞬で浮かび上がったのは――あの低い声。あの真っ直ぐに俺だけを見つめる、重いのに甘い瞳。
「まあ……そんな感じっ、すね」
は!? 俺、今なんて言った!?
彼女どころか男だし! そもそも手すら繋いでないクソ怪しい関係だぞ!?
そんな感じ、じゃねえよ!!
今更バカみたいに恥ずかしくなってきて、耳の裏が火がついたみたいに熱くなる。
「そっか……。わざわざありがとう」
今村さんは切なそうに笑って、教室の中へと戻っていった。
昨日は期待を持たせるような生返事をしてすみません、と去っていく今村さんの背中に向かって心の中でもう一度謝罪する。
よし、これで終わりだ。終わったんだから、この耳の熱さもさっさと引いてくれ。
「おい、佐々木! 鳴海が振ったぞ! 話がちげーんだけど!!」
「え、告れば絶対いけるって有名なのに……」
佐々木が「鳴海が告りに来た!」なんて大騒ぎしたせいで集まってきた一年の時のクラスメイトたちが、ヒソヒソ噂し始めている。最悪だ、早く教室に戻ろう。
そう思って、くるりと踵を返した。
「みーちゃった」
「ふぁっ!?」
すぐ近くで聞こえた声に心臓が口から飛び出そうになった。
壁に背中を預けて立っていたのは、榊。
満面の笑みを浮かべるあいつの後ろに、そこにはないはずの尻尾がちぎれんばかりに振られているのが見える。
くそ、いつからそこにいたんだ。死ぬほど間抜けな声まで出ちゃっただろ。ふぁってなんだ、ふぁって。
「おまっ……お前! 先行けって言っただろ! 盗み聞きかよ!?」
「違うよ」
「は!? じゃあなに!? 覗き見!? 趣味悪っ……!」
「堂々と見てたから覗き見じゃないもん。用事って、これのことだったんだ」
だからその、もん、ってやつやめろ。かわいいって思っちゃうだろ。
っていうか、なんで「褒めて」って顔してんの!?
榊は一歩、誇らしげなドヤ顔で俺との距離を詰めてくる。嬉しいオーラが全開すぎて直視できない。
「断ってくれたんだ。俺のために?」
「うっせ! 自分のために決まってんだろ!」
プイっと顔を背けて、早足で自分の教室へと向かった。
背後から、弾んだ足音と嬉しそうな笑い声が俺を追いかけてついてくる。
他の奴の前では、いつも当たり障りのない笑顔で適当な壁を作っているくせに。
俺の前でだけ、榊はそういう器用な真似を一切しない。
俺が何も返せなくても、変わらない熱量で「好きだ」と真っ直ぐぶつけてくる。
榊の増えていく底知れない熱量が、ただただ怖かったはずなのに。今は不思議と、怖くない。
「……たく、調子乗んなよな」



