背後から近づいてきた榊の足音が、俺のすぐ隣でぴたりと揃う。
さっきまでの深刻な気配は無くなっていて、今は爽やかで人当たりのいい、いつもの王子様の顔に戻っていた。
……なんだ、よかった。こいつももう、さっきまでのことなんてなかったことにしてくれてるんだ。お互いに深く踏み込まず、適当な距離感のまま、波風を立てずにやり過ごす。それが一番楽だし、お互いのためだ。
「ねえ、晴。前から思ってたけど」
……待て。
適当な距離感どこ行った。めちゃくちゃ顔覗き込んでくるじゃん。さっきまでこの世の終わりみたいな顔してたやつはどこ蒸発したんだよ。そんな甘ったるい顔で俺を見るな。
「晴ってかわいいよね」
いきなり何を言い出すかと思えばこれだ。冗談……じゃないな。声がガチすぎる。
ってか、なんで俺は他の奴にかわいい、なんて言われても何にも思わなかったのに、榊に言われたらドキッとしちゃってんだよ。
……ああ、分かった。こいつの顔面が無駄に強すぎるのと、声がガチトーンすぎてビビってるだけだ。絶対にそうだ。一瞬ときめいちゃう条件揃いまくってるのが悪い。こんなのただの不可抗力だ。
「どこが」
「全部」
「雑すぎ」
すらすらと言葉が返せる自分に安心する。よし、ちゃんといつも通りだ。
やめろよな。ガチトーンで冗談を言ってくるなんて、普通にビビるだろ。でも、ま、雑な答えしか言ってこないし、この話は終わり。
正直まだ気まずいし、一刻も早く家に帰りたくて歩くスピードを上げようとしたが、隣があまりにも静かすぎる。
気になって見てみたら――榊は、全然笑ってなかった。
え、なんで笑ってねえの? 軽いノリの雑談じゃねえの? 冗談っぽく流すところだろ。また重苦しい空気になるのだけは避けたいんですけど。
やっぱり早く帰ろうと早歩きになったのに、榊は長い足の一歩で当たり前みたいに横に並んで距離を詰めてくる。
待て待て、さっきまで俺の後ろを死にそうな顔でトボトボついてきてただろ。どうなってんだよ、こいつの情緒。
「晴のさ、人に優しいとことか」
距離を詰めてきたと思えば、前にも言われたはずの言葉が飛んで来る。
会話は終わったはずなのに、なんでまだ続けようとしてくるんだよ。だめだ。前にも言われたことあるはずなのに、今日は上手く笑って流せない。
何も言えない俺の隣で、榊の追撃は止まらない。
「でも、それ自分には使わないとことか」
……は?
意味が分からなくて、一瞬息が止まる。
なんでそんなこと言ってくるわけ?
関わっちゃダメだ、これ以上突っ込んだら完全にこいつのペースに乗せられる――そう頭では分かってるのに、テンパって口が勝手に動いていた。
「それ……褒めてんの?」
「褒めてる」
即答かよ。余計なこと聞くんじゃなかった。
即レスで喉の奥がキュッと縮こまって言葉が出てこない。榊の方は絶対に向けない。今あいつの顔を見たら、自分がどんな顔をしてしまうのか分からなくて怖い。
「そういうとこ、いいと思ってる」
一言一言の重みがヤバい。頭がクラクラしてくる。
声がガチすぎるけど、ワンチャン冗談で言ってるのかも。バレないようにちらッと横目でその横顔を盗み見てみる。
「だから好き」
その瞬間、榊と目がバッチリ合ってしまった。
……なんっっっだよ今の。
『好き』なんて今まで何度も言われてきたはずなのに、今の破壊力は何なんだよ。今までで一番声も表情も甘くて、それだけでも十分ヤバいのに。
俺が、こいつにとって本当に『特別な存在』なんじゃないかって、本気で勘違いしそうになる。
俺は慌てて、自分の少し先の地面へと視線を落とした。
……足、止めんな。歩け。
そうやって心の中で必死に命令し続けないと、足が勝手に止まりそうになる。止まったら、もう取り返しがつかなくなる気がする。
「……それ、俺じゃなくてもよくない?」
「よくねえよ」
やっと絞り出した声は、食い気味に被せられて速攻叩き落とされる。いつもより低くて、ややドスの利いた声。でも怒ってるわけじゃない。
ああ、前にも同じ会話をした。
あの時だって適当に受け流したフリをして逃げただけだったのに、今はもう、逃げることすら許されないくらい胸がギュッと締め付けられる。
「俺は晴がいい」
――あ、だめだ。これ以上踏み込んだら、本当に逃げられなくなる。
こんなの、まともに受け取ったらダメだ。勘違いすんな。調子に乗るな。どうせこいつも最後は他のやつらと同じになるんだから。
結局、俺はそれ以上何も言い返せないまま、早足で歩き続けるしかなかった。
……最悪だ。家に帰ってベッドに潜り込んでも、あいつの低い声が頭の中でずーっとリフレインしてて、全然消えてくれない。
さっきまでの深刻な気配は無くなっていて、今は爽やかで人当たりのいい、いつもの王子様の顔に戻っていた。
……なんだ、よかった。こいつももう、さっきまでのことなんてなかったことにしてくれてるんだ。お互いに深く踏み込まず、適当な距離感のまま、波風を立てずにやり過ごす。それが一番楽だし、お互いのためだ。
「ねえ、晴。前から思ってたけど」
……待て。
適当な距離感どこ行った。めちゃくちゃ顔覗き込んでくるじゃん。さっきまでこの世の終わりみたいな顔してたやつはどこ蒸発したんだよ。そんな甘ったるい顔で俺を見るな。
「晴ってかわいいよね」
いきなり何を言い出すかと思えばこれだ。冗談……じゃないな。声がガチすぎる。
ってか、なんで俺は他の奴にかわいい、なんて言われても何にも思わなかったのに、榊に言われたらドキッとしちゃってんだよ。
……ああ、分かった。こいつの顔面が無駄に強すぎるのと、声がガチトーンすぎてビビってるだけだ。絶対にそうだ。一瞬ときめいちゃう条件揃いまくってるのが悪い。こんなのただの不可抗力だ。
「どこが」
「全部」
「雑すぎ」
すらすらと言葉が返せる自分に安心する。よし、ちゃんといつも通りだ。
やめろよな。ガチトーンで冗談を言ってくるなんて、普通にビビるだろ。でも、ま、雑な答えしか言ってこないし、この話は終わり。
正直まだ気まずいし、一刻も早く家に帰りたくて歩くスピードを上げようとしたが、隣があまりにも静かすぎる。
気になって見てみたら――榊は、全然笑ってなかった。
え、なんで笑ってねえの? 軽いノリの雑談じゃねえの? 冗談っぽく流すところだろ。また重苦しい空気になるのだけは避けたいんですけど。
やっぱり早く帰ろうと早歩きになったのに、榊は長い足の一歩で当たり前みたいに横に並んで距離を詰めてくる。
待て待て、さっきまで俺の後ろを死にそうな顔でトボトボついてきてただろ。どうなってんだよ、こいつの情緒。
「晴のさ、人に優しいとことか」
距離を詰めてきたと思えば、前にも言われたはずの言葉が飛んで来る。
会話は終わったはずなのに、なんでまだ続けようとしてくるんだよ。だめだ。前にも言われたことあるはずなのに、今日は上手く笑って流せない。
何も言えない俺の隣で、榊の追撃は止まらない。
「でも、それ自分には使わないとことか」
……は?
意味が分からなくて、一瞬息が止まる。
なんでそんなこと言ってくるわけ?
関わっちゃダメだ、これ以上突っ込んだら完全にこいつのペースに乗せられる――そう頭では分かってるのに、テンパって口が勝手に動いていた。
「それ……褒めてんの?」
「褒めてる」
即答かよ。余計なこと聞くんじゃなかった。
即レスで喉の奥がキュッと縮こまって言葉が出てこない。榊の方は絶対に向けない。今あいつの顔を見たら、自分がどんな顔をしてしまうのか分からなくて怖い。
「そういうとこ、いいと思ってる」
一言一言の重みがヤバい。頭がクラクラしてくる。
声がガチすぎるけど、ワンチャン冗談で言ってるのかも。バレないようにちらッと横目でその横顔を盗み見てみる。
「だから好き」
その瞬間、榊と目がバッチリ合ってしまった。
……なんっっっだよ今の。
『好き』なんて今まで何度も言われてきたはずなのに、今の破壊力は何なんだよ。今までで一番声も表情も甘くて、それだけでも十分ヤバいのに。
俺が、こいつにとって本当に『特別な存在』なんじゃないかって、本気で勘違いしそうになる。
俺は慌てて、自分の少し先の地面へと視線を落とした。
……足、止めんな。歩け。
そうやって心の中で必死に命令し続けないと、足が勝手に止まりそうになる。止まったら、もう取り返しがつかなくなる気がする。
「……それ、俺じゃなくてもよくない?」
「よくねえよ」
やっと絞り出した声は、食い気味に被せられて速攻叩き落とされる。いつもより低くて、ややドスの利いた声。でも怒ってるわけじゃない。
ああ、前にも同じ会話をした。
あの時だって適当に受け流したフリをして逃げただけだったのに、今はもう、逃げることすら許されないくらい胸がギュッと締め付けられる。
「俺は晴がいい」
――あ、だめだ。これ以上踏み込んだら、本当に逃げられなくなる。
こんなの、まともに受け取ったらダメだ。勘違いすんな。調子に乗るな。どうせこいつも最後は他のやつらと同じになるんだから。
結局、俺はそれ以上何も言い返せないまま、早足で歩き続けるしかなかった。
……最悪だ。家に帰ってベッドに潜り込んでも、あいつの低い声が頭の中でずーっとリフレインしてて、全然消えてくれない。



