誰の特別にもなれなかった俺と、愛が重すぎる一軍王子

 それからの俺は、学校の中で自分でも引くくらい気づけばあいつの姿ばかり探していた。
 階段の踊り場、昼休みの購買、廊下の喧騒の中。
 何度か遠くで見かけたり、すれ違ったりはした。
 けれど俺の周りにはいつも小向井たちがいたし、あいつの周りにも、いつだって男女問わず誰かが群がっていた。モテるんだろうな、なんて予感は大当たりだったわけだ。
 結局、声をかけられないまま、お礼一つ言えないまま時間だけが過ぎていく。

 『鳴海』

 ある時、誰かがそう呼ぶ声が聞こえて、ようやくあいつの名字を知った。
 鳴海はノリが良くて明るくて、いつも誰かに囲まれている。

 だけど、周りの奴らは何も分かってない。
 あいつの本当のすごさは、そこじゃないんだ。
 あの日誰にも気づかれなかった、気づかれるはずのなかった俺の限界にただ一人気づいて、何も言わずに寄り添ってくれた、あのとびきり深い優しさ。
 あいつの本当の魅力と本当の顔を知っているのは俺だけなんだって、本気で思っていた。完全に俺の都合のいい思い込みだったわけだけど。

 二年の春、新学期のクラス替え。昇降口の壁に貼り出された名簿の前で、俺は自分の名前より先に『鳴海』の二文字を探していた。
 視界に飛び込んだ二文字。そのすぐ右隣。

 『晴』

 心臓が、どくんと大きく跳ね上がった。
 こんなにぴったりな名前があっていいのか? あの日俺を照らしてくれた、春の陽だまりみたいな奴に付けるための名前そのものじゃないか。
 ……でも、なんて読むんだろう。はる? はれ……?

 『鳴海晴です。よろしく』

 自己紹介でそう言ったあいつの声が、今でも耳から離れない。
 はる。晴。はる。
 心の中で何度も、何度もその名を呼んだ。
 だから席が隣になった時、勢い余って「晴」と呼びかけた時はめちゃくちゃ焦った。いきなり名前呼びしてキモがられて即終了だ。あの時はマジで冷や汗が出た。

 同じ教室にいて、晴の声が聞こえる。同じクラスになったことで、奇跡みたいに距離は縮まった。
 なのに俺は、まだあの日のお礼を言えなかった。言えるわけがなかった。
 だって近くなればなるほど、あの日感じた『お礼を言いたい』なんて綺麗な感情はどこかへ吹き飛んで、ドロドロとした醜い執着に変わっていたからだ。

 ――『そういうの、よくあるし』
 ――『誰でもやるでしょ。あれくらい』

 不意に、さっき晴に突き付けられた声が蘇る。
 胸の奥に、ジクッと鋭い痛みが走った。
 あれは、俺だけの特別じゃなかった。
 それでも――あの優しさに俺は確かに救われたんだ。

 付き合い始めて近くで見るようになった今の晴も、あの頃と何も変わっていない。
 誰にでも優しくて簡単に誰かを気にかけるくせに、自分のことになると途端に雑になる。
 だから、放っておけない。自分の価値をこれっぽっちも分かっていない晴に、どうしても腹が立つ。
 誰にでも向けている優しさなんて本当は嫌だ。
 誰にでも自分の優しさを安売りしないでほしい。俺を救った特別な光を他の奴らにも分け与えないでほしい。俺だけのものにしたい。