誰の特別にもなれなかった俺と、愛が重すぎる一軍王子

 校舎の端にある階段前で榊が足を止めてからかれこれ数十秒、いや数分かもしれないが、当の榊は、背中を向けたまま一向に喋る気配がない。

 「……で?」

 重苦しい沈黙に耐えかねて、催促するように声を投げてみると、あいつはようやくこちらを向いた。……と思ったが、何かを言いかけようとしては口をつぐみ、一瞬視線が合っただけで逸らされる。

 ……なんだよ、さっきから。

 もしこれが本当にカツアゲなら、むしろ平和で助かる。
 でも残念ながら、俺の財布はカバンの中だ。今渡せるのは、ポケットの中にあった食べかけのミンティアくらいしかない。
 まあ、いいや。リンチでもなさそうだし、そろそろ教室に戻ろうとくるりと背を向けようとした、瞬間。
 すう、と深く息を吸い込む音がした。
 ゆっくりと顔を上げた榊に、すかさず視線を掠め取られる。

 「……好き、なんだけど」

 ……はい?
 好き? 好きって言ったか、今?

 「な、にが?」

 告白? いやいや、まさかな。
 そうだ、落ち着け俺。最近聴いた曲が好きとか、この場所が好きとか、とにかく俺には一切関係のない何かの話だ。いや、頼むからそうであってくれ。

 「鳴海」

 沈黙を破って紡がれたその音は、紛れもなく俺の名前で。

 え。
 いや、待て待て待て。

 「……ガチ?」
 「ガチ」

 榊は一切笑わず、ただ真っ直ぐに俺を見ていた。瞳の奧が、笑えないくらい真剣だ。
 俺の脳がこのイカれた状況を日常の範疇に押し戻そうと、フル回転で稼働し始める。

 「罰ゲーム?」
 「違う」
 「YouTubeのドッキリ企画? どっかに隠しカメラある?」
 「違う」
 「じゃあなに、新手の宗教? 入信したら幸せになれるとかいうやつ?」

 そこまで、冗談と、半分はそうであってくれ、という切実な願望を重ねると、榊の口角がほんのわずかだけ上がった。呆れたのか、それとも何かを堪えているのか。そんな些細な表情の変化だけでこいつのイケメン度は天井を突き抜けそうだ。メロいの権化か?
 って……いやいや、深入りしたらたぶんろくなことにならない。

 「だから、違うって」

 やばい。
 これ、マジのやつだ。
 スクールカースト最頂点の王子様からガチ告白されるってこと、ありえるか? いや、目の前で今しがた告られたんだけど……。

 窓の外からは「アウトー!」とドッジボールに興じる男子たちの歓声が聞こえてきた。日常はすぐそこにあるはずなのに、この場所だけが、世界から切り離された完全な密室みたいで、全く現実味がない。
 でも、俺にはまだ最後の切り札がある。

 「俺、男だけど」
 「関係ない。付き合ってほしい」

 最後の抵抗も間髪入れず一瞬にして叩き落された。それどころか、一切のブレもなく追い打ちをかけるように距離を詰められる。

 マジか。だったら仕方ない。
 俺は、3秒だけ考えるフリをしてみる。それくらいは間をあけないと、この真剣な告白に対して礼儀に欠ける気がしたから。

 ……いや、正直に言おう。さすがに、ちょっとはビビった。
 男に告白されるなんて、これまでの俺の人生の予定表には一行も書かれていなかったぞ。

 でも、断る理由なんて別にないか。
 どうせそのうち終わる。相手が男に変わったところで、エンディングなんてどれも似たようなものだ。

 「あー、おっけ。じゃ、よろしく」

 榊は俺を見つめたまま、瞬きすら忘れたように一瞬固まった。

 「……え、いいの?」
 「ダメだった?」
 「いや、そうじゃなくて……」

 なんだこいつ、自分から告っておいて。
 信じられないといった顔で俺を見ている榊は目の前にいるはずなのに。もっとずっと遠くから榊のことを眺めている気がしてくる。

 「じゃ、戻る?」
 「……ん」

 少し遅れて返事が返ってきた。それから榊は、ふっと目元を緩める。
 ……うわ。こんなに何かが満たされたような顔をするやつ、俺は初めて見たかもしれない。っていうか、榊ってこんな顔するんだ。

 教室へ戻る廊下。行きのときと同じく俺の少し前を歩くその背中からは、さっきまで感じていた圧迫感が綺麗に消え去っていた。どこか肩の力が抜けていて、心なしか足取りまで軽そうに見える。

 ……こういうの、慣れてそうなのに、さっきは緊張してたのか?
 それに、告られたからオッケーしただけなのに、なんであんな嬉しそうだったんだ?

 まあ、どうせ一週間……早ければ明日には熱も冷めてるだろ。
 熱しやすく冷めやすい。人間関係なんて、みんなそんなものだ。