「晴、それ一口ちょうだい」
昼休み。榊が当たり前のような顔をして、俺の席に腰を下ろしていた。
厳密に言えば、あいつは自分の席に座っているのだが、椅子の脚同士がカチッと噛み合うほどの超密着スタイルだ。上半身に至っては完全に俺の領域にガッツリ侵入している。
「甘いぞ」
「いいよ」
差し出した紙パックのいちごオレを、榊は躊躇いもなく受け取り、俺が口をつけたのと同じストローで喉を鳴らした。
……おかしいだろ、どう考えても。
手すら繋がないくせに、なんで間接キスはノータイムで解禁されてんだよ。榊の距離感の基準が本気で分からない。
周りに目を向けると、女子たちが「またやってる……」とひそひそ耳打ちを交わしていた。たけぴーたちは「ついに榊に鳴海を取られた」と、最近じゃ昼休みすら一緒に過ごすこともなくなった。
榊壱星が、鳴海晴の隣にいる。
事故のかすり傷が治る頃には、それがこのクラスの日常風景として処理され始めていた。
「……なんか今日、いつもより視線多くないか?」
榊から返ってきた紙パックを弄くりながら零すと、あいつは長い睫毛を揺らして「気のせいじゃない?」と微笑んだ。
絶対気のせいじゃないって分かってて言ってる顔だ、それ。
「お前が目立つから俺までとばっちり受けてんだよ。キラキラした方戻れって」
「やだ。晴といたいもん」
もん、ってなんだよ……。不覚にもかわいいとか思っちゃうだろ。こいつじゃなくて、言い方の方が、だけど。
小向井たちなんて毎回すげえこっち見てんだよ。ニヤニヤしてないで早くこの大型犬を回収しに来てくれ。
だが榊は周囲の視線なんて一ミリも気にする様子もなく、俺の机の上に自分の腕を投げ出してきた。侵入どころか完全な領土侵略だ。
「それに、目立つのは晴の方だよ」
そんなわけあるか。「悪目立ちだろ」と言い返そうとした、その時だった。
教室の入り口から、一人の他クラスの女子が張り詰めた表情で真っ直ぐこっちへ歩いてきた。
──あ、これ、絶対にここにいちゃダメなやつ。
「俺、ちょっとトイレ」
告白という、人生における最も純度の高い儀式に、俺みたいな不純物が混ざるべきじゃない。ソッコーで逃亡を図ろうとしたのに――。
「いて」
俺が立ち上がるより早く、低い声がした。聞き間違いかと思って腰を浮かせたまま振り返ると、榊が俺を見上げていた。頼むからそんな縋るような目で見ないでくれ。
「いいから、いて」
念押しされたその言葉に俺が狼狽えている間に、女子は俺たちの目の前まで辿り着いてしまった。
気まずすぎる。
女子も一瞬俺の存在に戸惑っていたが、意を決したように榊に向き直った。
最悪だ。こんな至近距離で、他人の告白現場を鑑賞する趣味はない。
「榊くんのこと……ずっと前から好きでした! もしよかったら、私と付き合ってくださいっ!」
震える声で言い切った言葉が、教室の喧騒を切り裂く。
この大ギャラリーの中で告白する度胸はすごすぎる。せめて場所を変えるなりしてほしかった。……俺のためにも。
教室はしん、と静まり返って、誰もがこの学校の王子の答えを固唾をのんで見守っている。
こういう時、視線のやり場に非常に困る。
榊たちの方なんて絶対に向けないし、とりあえずいちごオレのパッケージに視線を向けてやり過ごすことにする。
「ごめん。付き合ってる人いるから」
その声があまりにも冷たくて、普段の榊からは想像も出来なくて。思わず榊の方を見てしまった。
「……彼女さん、いるんだ。……そっか、そうだよね」
泣き出しそうな顔で小さく頷く女子に、榊は一切のフォローを入れなかった。「だから、無理」と、氷のようにきっぱりと断ち切る。
……こいつ、いつもこんな容赦なく断ってんのか? 普段の営業スマイルはどこへ行ったんだよ。
去っていく女子の背中を見送りながら、俺はぞくっとしたものを感じていた。
榊には、他人を瞬時に切り捨てる権利がある。一軍の頂点で、誰を選ぶことも捨てることも自由なはずだ。なのに、どうして当たり前のように俺の隣に収まり、いちごオレに手を伸ばしているんだ。
「ん?」
俺の視線に気づいた榊が、首を傾げた。
「……別に」
「これ、美味しいね」
紙パックを撫でながら笑う笑顔は、さっき一人の心をへし折った奴と同一人物とは思えないほど柔らかい。
今まで付き合ってきた奴らだって、俺に甘い笑みを向けてくることはあった。でも、榊のは次元が違う。熱量がおかしいし、何より──長すぎる。
普通は、俺が同じものを返せないと分かれば、みんなすぐに他へ行く。なのに榊は他に行くどころか、どんどん温度を上げてくる。
「……あ、ごめん。晴のなのに俺の方がたくさん飲んじゃった……」
さっきまで微笑んでいたかと思えば、今度は捨てられた犬みたいな顔で見つめてくる。そんな顔しなくても怒ってないのに。
「別にいいよ」
「だめ。今度は俺が買ってくる」
待ってて、とあいつは空になった紙パックを持って急ぎ足で席を立った。
告白現場を目の前で見せられたさっきより、無性に居心地が悪いのはなんでだ。
昼休み。榊が当たり前のような顔をして、俺の席に腰を下ろしていた。
厳密に言えば、あいつは自分の席に座っているのだが、椅子の脚同士がカチッと噛み合うほどの超密着スタイルだ。上半身に至っては完全に俺の領域にガッツリ侵入している。
「甘いぞ」
「いいよ」
差し出した紙パックのいちごオレを、榊は躊躇いもなく受け取り、俺が口をつけたのと同じストローで喉を鳴らした。
……おかしいだろ、どう考えても。
手すら繋がないくせに、なんで間接キスはノータイムで解禁されてんだよ。榊の距離感の基準が本気で分からない。
周りに目を向けると、女子たちが「またやってる……」とひそひそ耳打ちを交わしていた。たけぴーたちは「ついに榊に鳴海を取られた」と、最近じゃ昼休みすら一緒に過ごすこともなくなった。
榊壱星が、鳴海晴の隣にいる。
事故のかすり傷が治る頃には、それがこのクラスの日常風景として処理され始めていた。
「……なんか今日、いつもより視線多くないか?」
榊から返ってきた紙パックを弄くりながら零すと、あいつは長い睫毛を揺らして「気のせいじゃない?」と微笑んだ。
絶対気のせいじゃないって分かってて言ってる顔だ、それ。
「お前が目立つから俺までとばっちり受けてんだよ。キラキラした方戻れって」
「やだ。晴といたいもん」
もん、ってなんだよ……。不覚にもかわいいとか思っちゃうだろ。こいつじゃなくて、言い方の方が、だけど。
小向井たちなんて毎回すげえこっち見てんだよ。ニヤニヤしてないで早くこの大型犬を回収しに来てくれ。
だが榊は周囲の視線なんて一ミリも気にする様子もなく、俺の机の上に自分の腕を投げ出してきた。侵入どころか完全な領土侵略だ。
「それに、目立つのは晴の方だよ」
そんなわけあるか。「悪目立ちだろ」と言い返そうとした、その時だった。
教室の入り口から、一人の他クラスの女子が張り詰めた表情で真っ直ぐこっちへ歩いてきた。
──あ、これ、絶対にここにいちゃダメなやつ。
「俺、ちょっとトイレ」
告白という、人生における最も純度の高い儀式に、俺みたいな不純物が混ざるべきじゃない。ソッコーで逃亡を図ろうとしたのに――。
「いて」
俺が立ち上がるより早く、低い声がした。聞き間違いかと思って腰を浮かせたまま振り返ると、榊が俺を見上げていた。頼むからそんな縋るような目で見ないでくれ。
「いいから、いて」
念押しされたその言葉に俺が狼狽えている間に、女子は俺たちの目の前まで辿り着いてしまった。
気まずすぎる。
女子も一瞬俺の存在に戸惑っていたが、意を決したように榊に向き直った。
最悪だ。こんな至近距離で、他人の告白現場を鑑賞する趣味はない。
「榊くんのこと……ずっと前から好きでした! もしよかったら、私と付き合ってくださいっ!」
震える声で言い切った言葉が、教室の喧騒を切り裂く。
この大ギャラリーの中で告白する度胸はすごすぎる。せめて場所を変えるなりしてほしかった。……俺のためにも。
教室はしん、と静まり返って、誰もがこの学校の王子の答えを固唾をのんで見守っている。
こういう時、視線のやり場に非常に困る。
榊たちの方なんて絶対に向けないし、とりあえずいちごオレのパッケージに視線を向けてやり過ごすことにする。
「ごめん。付き合ってる人いるから」
その声があまりにも冷たくて、普段の榊からは想像も出来なくて。思わず榊の方を見てしまった。
「……彼女さん、いるんだ。……そっか、そうだよね」
泣き出しそうな顔で小さく頷く女子に、榊は一切のフォローを入れなかった。「だから、無理」と、氷のようにきっぱりと断ち切る。
……こいつ、いつもこんな容赦なく断ってんのか? 普段の営業スマイルはどこへ行ったんだよ。
去っていく女子の背中を見送りながら、俺はぞくっとしたものを感じていた。
榊には、他人を瞬時に切り捨てる権利がある。一軍の頂点で、誰を選ぶことも捨てることも自由なはずだ。なのに、どうして当たり前のように俺の隣に収まり、いちごオレに手を伸ばしているんだ。
「ん?」
俺の視線に気づいた榊が、首を傾げた。
「……別に」
「これ、美味しいね」
紙パックを撫でながら笑う笑顔は、さっき一人の心をへし折った奴と同一人物とは思えないほど柔らかい。
今まで付き合ってきた奴らだって、俺に甘い笑みを向けてくることはあった。でも、榊のは次元が違う。熱量がおかしいし、何より──長すぎる。
普通は、俺が同じものを返せないと分かれば、みんなすぐに他へ行く。なのに榊は他に行くどころか、どんどん温度を上げてくる。
「……あ、ごめん。晴のなのに俺の方がたくさん飲んじゃった……」
さっきまで微笑んでいたかと思えば、今度は捨てられた犬みたいな顔で見つめてくる。そんな顔しなくても怒ってないのに。
「別にいいよ」
「だめ。今度は俺が買ってくる」
待ってて、とあいつは空になった紙パックを持って急ぎ足で席を立った。
告白現場を目の前で見せられたさっきより、無性に居心地が悪いのはなんでだ。



