誰の特別にもなれなかった俺と、愛が重すぎる一軍王子

 翌朝、教室に入るなり「お、事故男生きてるー」と、さっそく揶揄う声が飛んできた。

 「昨日なんだったんだよ。サボり?」

 一晩経てば、事故ったことなんて半分くらい鮮度が落ちた都合のいいエンタメでしかない。

 「ちょっと車と仲悪かった」
 「え、マジで事故? 大丈夫なん?」

 その「大丈夫」には、昨日の榊みたいな切実な心配は一切ない。
 でも、これが普通の反応なわけで、榊が心配しすぎなだけだ。
 「たぶん」と適当に笑って返せば、もうそれでこの話は終わり。いちいち心配される方が面倒だから、これでいい。

 「あ、鳴海ちょうどいいところに! 数学の教科書貸して!」

 自分の席へ行こうとしたら、他クラスの男子に引き留められる。
 カバンから教科書を引っ張り出して手渡すと、そいつは「さっすが鳴海! サンキューな」と軽やかな足取りで自分のクラスへ戻っていった。

 「鳴海は今日も優しいねえ。コミュ英の教科書無くなったってのに、懲りずに貸してあげるなんて」

 自分の席へ行くと、うんうんと頷きながら、たけぴーが寄ってきた。

 「別に普通じゃね」

 優しいことなんて何もしていない。曖昧に笑ってカバンを置こうとした時だった。

 「晴、包帯は」

 空気を一瞬で凍らせるような、低い声がした方を見れば、隣の席で榊がまっすぐに俺を見つめていた。一ミリも笑っていない。また怒ってんの?

 「捨てた。風呂ん時邪魔で」
 「は?」

 「え、包帯巻くほどだったの!?」と横からたけぴーが食いついてくる。

 「いや、病院が大げさなだけ」
 「んだよ、ビビらせんなよな! ミイラ鳴海とかウケるんだけど!」

 たけぴーの大声にクラス中が爆笑に包まれる。
 周りも、俺自身ですらこの傷を笑い話にしているのに。
 榊だけが、昨日の病院のピンと張り詰めた空気を纏ったまま、どこか暗い場所に取り残されているみたいだ。いくらなんでも気にしすぎだろ。