誰の特別にもなれなかった俺と、愛が重すぎる一軍王子

 昼時のラーメン屋は、平日でもそこそこ混んでいて、二人掛けの席に向かい合って座った。
 向かい側に座る晴は、制服を少し着崩し、スマホをいじりながら、頭に包帯を巻いていることを除いては、普段通りの顔でラーメンを待っている。

 目の前に、晴がいる。
 いつもは学校でも一緒に帰る時も隣同士だから、見るとしても横顔ばかりだ。こうやって正面から晴の顔を見つめる機会なんて、滅多にない。
 伏せられた長い睫毛とか、正面からも分かるすっと通った綺麗な鼻筋とか、きゅっと結ばれた薄い唇とか。
 じっと見つめていると、それだけで胸の奥がじんわりと満たされていく。
 やばいな。全方位から、かわいいとかっこいいが溢れている。顔の造形綺麗すぎるだろ。天使か? この世に晴を産み落としてくれたことだけは、晴の母親に感謝したい。
 このままラーメンなんて来なければいいのに。そうすれば、ずっとこうして晴を独占して見ていられるのに。
 なんて、あまりに都合のいい思考に浸っていたら――。

 「お待たせしましたっ! 醤油ラーメン二つですっ!!」

 威勢のいい声と共に、湯気を立てる丼が二人の間に置かれた。

 ……早すぎるだろ。
 もう少しだけ、正面からの晴を噛み締めていたかった。……いや、でも、そうなったら晴がお腹を空かせて困るか。

 「どうした?」

 ラーメンを見て固まる俺に、晴が不思議そうな顔で俺を見た。
 いけない、がっかりしているのが顔に出すぎたかも。

 「なんでもない。食べよ」

 俺は慌てて笑顔を取り繕い、箸を取った。
 晴は小さく首を傾げつつも、手を合わせて「いただきます」と呟く。
 こういうところも、好きだなと思ってしまう。
 そして少量の麺を掬い、ふー、ふー、と息を吹きかけ始めた。
 もう一回。ふー。

 ……ん? 全然食べない。何してんだろ。

 あまりにも真剣な顔をしているので、目が離せなくなる。

 「…………なに」

 ようやく視線に気づいた晴が顔を上げる。その怪訝そうな顔を見たら、愛しさが限界突破して口元がさらに緩んでしまう。

 「それ、いつまでやってんのかなって」
 「熱い」
 「猫舌?」
 「かなり」

 また真剣にふーふーを再開する晴。

 ――反則だろ、そんなの。

 容姿も頭の良さも、周囲が羨むほどのものをたくさん持っているのに、本人はその価値に全く気づいていない。何でも器用にこなすくせに、自分のことだけを極限まで雑に扱い、誰に対しても自分を削って差し出してしまう。
 それなのに、こんな風にどうしようもなくかわいくて無防備な部分があるなんて、ズルすぎる。

 麺をすすることすらできず、小さく口を動かして少しずつ食べている姿。
 もっと知りたい。
 何が好きで、何が嫌いで。どんな時に本当の意味で笑い、どこまで我慢をして、どんな顔で泣くのか。
 「好き」という言葉なんかじゃ到底足りないくらいの、もっと泥臭くて根深い場所にある感情。
 晴のすべてを、俺で埋め尽くしてしまいたい。

 結局、晴が熱々のラーメンを平らげるのを見守り、二人で店を後にした。
 店を出ると外はカラリと乾いた空気が広がっていて、晴にジャージを返してもらった日のことを思い出す。
 丁寧すぎるほどきちんと畳んで紙袋にまで入れられていたそれは、晴の柔らかな香りに包まれていて。俺がどんな気持ちで受け取ったか、たぶん晴は分かってない。
 俺にはあんなに丁寧で優しいくせに――どうして自分のことだけは、雑に扱うんだよ。

 少し前を歩く華奢な背中。それを見ていると、なぜか腹立たしくて、愛おしくて、たまらなくなった。

 「……もっと、自分のこと大事にしろよ」

 歩きながら、勝手に言葉がこぼれ落ちていた。

 晴は足を止めず、どこか遠くを見つめたまま「ああ」と呟いただけ。
 それは、病院で見た『無』に限りなく近い、放っておけば街の喧騒にかき消されてしまいそうなほど、平坦で、希薄な声だった。

 その瞬間俺の中の何かが、パチンと弾けた。

 「じゃあ、俺が大事にする」

 その言葉に晴が、驚いたように目を丸くして足を止めた。

 優しくしたいなんて、そんな綺麗なものだけじゃ足りない。大切にしたい。世界中の誰よりも。
 自分を大切にできないなら、俺のすべてをかけてでも、死ぬまで守ってやる。
 ……たとえそれが、俺のエゴだと言われたとしても。

 俺の言葉に息を呑んだのか、それとも、何もかもがどうでもいいのか。
 晴はただ、午後の光の中でぼんやりと立ち尽くしていた。