月曜日、薫はいつもより早く登校した。
自分が何か手伝えることなどないだろうとは思っても、悠司のことを考えると、じっとしていられなかったのだ。
さすがに1番乗りだろうなーと思いながら、教室に入ると、
「おはよう、薫くん早いね」
礼真が席にいた。
薫が入って来たのを見て、少し驚いた顔をしてから、先週とまったく変わらない調子で声を掛けてくる。
それを嬉しく思いながら、
「おはよう、礼真くんも早いね」
と、自分の席にカバンを降ろす。
礼真は少し笑って、
「先生来るの早いからね、それよりこれマキシから」
と、ポケットから小さい指環のようなものを取り出して、薫の机の上に置いた。
「え?これって!」
つや消しシルバーのそれを手に取った薫は、目を輝かせて、大きな声を上げた。
その反応の良さに、礼真は笑いながら、
「そっこれ」
と、自分の髪を耳にかけて、耳の縁につけているイヤーカフを見せた。
礼真の耳についているものと、薫の手にあるものは全く同じものだった。
「手伝ってもらうなら、薫くんにもつけてもらって、いつでも連絡とれるようにした方がいいだろうってことで。この仕事が終わったら返してもらわないとなんだけど、悠司先生のボディガードしてる間はつけてて」
「連絡?」
礼真の言っている意味がわからずに、薫は首を傾げながらも、初イヤーカフをつけてみようとするが、なかなかうまくいかない。
「貸して。あと、スマホ出して」
礼真は、薫の手からイヤーカフをとると、薫の耳に慣れた手つきで薫の耳にイヤーカフをつけてやる。
「痛くない?」
「大丈夫。ただ…ちょっと、なんかついてる感すごいけど」
つけてもらったイヤーカフにちょっと触ってみる。たしかに礼真と同じ場所についていて、嬉しくなる。けれど、そこになにか大きなものがくっついているような違和感に少し不安になる。
「すぐ慣れるよ」
ふるっと首を振ったり、俯いたりしている薫を見て、落ちないか試している…自分もやったなぁと思いながら、
「スマホ、出して」
と、薫に言って、礼真はポケットから自分のスマホを取り出した。
礼真のスマホは、角をしっかりガードしているような、がっちりしたカバーがつけられていて、待受けはどんな意味があるのか、クマのぬいぐるみの写真だ。その後ろには完全にピントが合ってなくて、ぼやけているマキシらしい人が見切れている。
「クマー」
尻のポケットに入っているスマホを礼真の前に差し出しながら、待受けを指摘すると、礼真は、
「あぁ、まぁ…かわいいから…」
ふわっと微笑んだ。
もっと照れたりするのかなと思っていたが、さらっと流された。礼真にとってはこのクマは子供のときから持っているとか、家族からもらったとか、高校生男子からすると、ちょっと恥ずかしくなるような思い出と絡むものではないらしい。
今度ちゃんと聞いてみようかな…と薫が思っていると、
「薫くんのは…アプリいっぱいで、なんかわかんないね」
薫のスマホを覗き込んだ礼真が言う。
「あーそうなんだよね、だから、もう初期画面のまま」
「ゲームとか?」
「そう、あとはー曲聞くのとかーいろいろ」
お互いのスマホを近づけ合ったまま話していると、なにも触っていないのに、急に薫のスマホの画面がパパっと動き始めた。
「わっ」
「そのままで」
薫が驚いて、スマホを触ろうとしたが、礼真に制された。
すぐに薫のスマホの異常は治まって、それがうつったように礼真のスマホの画面が動いたが、それもすぐに治まる。
「もういいよ」
礼真は言うと、自分のスマホをポケットに入れた。
「あっ…」
何が起こったのかと、スマホを見ると、ラインやインスタその他いろんなアプリが並んでいるアイコンの1番端に黒丸に緑の小さい点が2つの目のようにも見えるアイコンが追加されていた。
礼真にスマホを返されて、薫がそのなぞのアイコンを見つめていると、
「そのアプリがこのイヤーカフのシステムの本体ね。薫くんイヤーカフをトントンって指で軽く叩いてみて」
「こう?」
礼真が自分のイヤーカフを人差し指でタップするのを真似て、自分の耳のモノをトントンとしてみた。
『おはよー薫ちゃん。これは俺と礼真とだけつながってる通信アプリだよー。圏外でも霊からの干渉も受けないからどこでも俺と礼真に連絡できるからねー』
「わ!マキシさん?」
マキシの声が驚くほど鮮明にイヤーカフをつけた耳に聞こえてくる。
「えっ、ってことはこのイヤーカフっておしゃれでつけてたんじゃなかったんだ」
驚きで声が大きくなる。あらためてイヤーカフに触れて、礼真の耳も見る。
この小さなモノにそんな役割があったなんて。
思い出してみたら、礼真はよくイヤーカフに触っていた。今のようにマキシと通信していたのかもしれない。
「そう、インカム?みたいな?」
『私が作りましたーアプリも私が作りました』
礼真の雑な説明に、マキシが冗談交じりの軽い口調でつけ加える。
冗談ぽくは言っているが、本当なのだろう。
薫は、マキシからもらった二人の会社のカードから、ミロクセキュリティのホームページを見に行っていた。
カードに書かれたQRコードを呼び込むとすぐにサイトに飛んだ。
サイトの中で迷子になったりしないような、すっきりした見やすいデザインだった。だだ業務内容の方は少し怪しかったが、その中にはしっかり「企業向けサイバーセキュリティ」「ホワイトハッカー」とあった。
今までの話からすると、マキシがサイバー関係のことを担当しているのだろう。
ちょっと男の子心をくすぐられる「ホワイトハッカー」の言葉に、さっき自分のスマホがマキシに侵入されたんだろうなと思うと、怖いよりはワクワクが勝ってしまう。
高揚した気持ちのまま、さらにテンションが上がるイヤーカフの使い方とアプリの機能の説明を礼真とマキシにされていると、ポツポツと教室に生徒の数が増えてきた。
礼真は周りを見回すと、
「廊下で話そうか」
と席を立った。
薫も後に続く。
さすがに、通信機になっているイヤーカフの使い方を他の生徒に聞かせるわけにはいかない。
廊下に出ると、窓を背にして並んで、話を続ける。
礼真が所属しているミロクセキュリティの話も軽く聞かせてもらって、現実離れした話の中に今、自分もいるんだと、薫はつけてもらったイヤーカフに触れて実感する。
その薫を柔らかく見ていた礼真の表情が変わり、視線が少し動いた。
薫もその視線の方を見た。
廊下の向こうから悠司が歩いて来ていた。
悠司はポケットの中に手を入れて、その中の物を確かめて、口元がゆるむのを感じていた。
それは、昨日の日曜日に、授業で使うための模造紙やマーカーなどをショッピングモールに買いに行ったときに買ったものだった。
文房具店に向かって歩いていると、雑貨屋の中のアクセサリーコーナーが目に付いた。
そのままふらっと近寄ると、ネックレス、ピアスに混ざって、イヤーカフもあった。
すぐに薫の顔が浮かんだ。
薫が、友だちがつけているイヤーカフをうらやましそうに見ていたことを思い出してつい、笑ってしまう。
友だちがつけているアイテムがかっこよく見えて、真似したくなる気持ちは悠司にも覚えがある。
俺はブレスレットだったなぁと思いながら、イヤーカフを手に取った。
細かい細工にキラキラしたものがついていて、悠司は少し首を傾げてから、元に戻した。
「違うな…」
改めて薫が見ていた礼真のイヤーカフを思い出す。
礼真のものはつるっと飾り気がなく、色も黒っぽいシルバーで黒髪の礼真には似合っていた。
「薫なら…」
と、考えかけて、手を止めた。
ほぼ無意識に薫に買おうとしていた自分に気づく。
先生としてはマズいか?と一瞬躊躇したが、すぐに、
「薫は自分じゃ買わないだろうしなー、兄ちゃんがプレゼントしてやるかー」
と、久しぶりの再会だし、とポジティブな言い訳にして、もっとシンプルなデザインの物を探す。
最終的には、シルバーのイヤーカフ全体にツタが絡んでいるような模様が描かれているものと、明るいシルバーに小さな青い人工石が1つ埋め込まれたものが悠司の手にあった。
買おうと選び始めて十数分が経っていた。
「よし、こっち」
薫がつけたときを想像して、青い人工石が入っている方に決めた。
薫には青が似合う。
そう思いながら、レジまで持って行くと、
「プレゼントですか?」
と、笑顔の店員に言われて、迷いなく、はいと答えて、ピンクと青のリボンのどちらかと聞かれて、そこも迷わず青を選ぶ。
「ありがとうございました」
の声を聞きながら、手の中のキレイにラッピングされたイヤーカフを見て、
「どうやって渡すかなー」
そんなことを思いながら、悠司は本来の目的の文房具店に向かった。
その、プレゼントのイヤーカフがスーツのポケットの中にある。
昨日から渡すのを楽しみにしていた。
昔から、薫は、河原で拾った石でも、お菓子でも、修学旅行のお土産でも、悠司がわたすと、そんなに?というほど笑顔を見せてくれる。
今回は、ラッピングを開けてイヤーカフを見た瞬間の薫の顔が見られないのが残念だと思いながら、教室へ向かっていると、廊下で薫と礼真が話していた。
悠司が声をかける前に薫が悠司に気づいて、ぱあと笑顔になる。
自分に向けられる薫の笑顔は変わらない。
悠司も笑顔になる。
たっと薫が小走りで悠司のところまでやって来る。
悠司はポケットの中のイヤーカフを取り出そうとポケットに手を入れた。
「おはよう、悠兄ちゃん!これ見て!」
薫が嬉しそうに、耳を見せてきた。
耳の縁にツヤ消しのシルバーのイヤーカフがつけられていた。
「あ…それ」
「うん、これさ、礼真くんが……えっと、おそろい」
嬉しさがそのまま顔に出ている薫を前に、悠司の胸は言いようのないモヤとしたものが湧き上がる。
言葉が出て来ない。
悠司からの反応が薄いことに薫の顔が少し曇って、
「あーやっぱり、似合わ…ない?」
と聞いてくる。
初めて身に着けたアクセサリーが自分に似合うか、似合わないか、それは不安になるだろう。
心配そうな薫に、悠司は小さく笑みを作って、
「いや、似合ってるよ」
答えてやると、薫がイヤーカフに触れながら照れたように、へへっと笑う。
かわいい…けど…。
(俺が選んだヤツの方が似合うけどな)
悠司はポケットの中のイヤーカフをぎゅっと握った。
くしゃとラッピングにシワがよるのを感じたが、かまわなかった。
「ホームルーム始まるまえに教室に入れよ」
なぜかそれ以上薫を見ていられなくて、普段なら言わないような注意をして悠司は、薫に背を向けてその場を離れた。
「?」
珍しく先生っぽい注意をしてさっと行ってしまった悠司を不思議に思いながら見送って、
「悠兄ちゃんにこのイヤーカフのすごいとこつい話しちゃいそうになったよ」
薫は礼真のそばに戻ると、焦ったーと、へにゃと眉を下げた。
「え…それは…」
今回の依頼は警護対象に知られないということも条件に入っている。礼真が困ったように眉を寄せると、
「大丈夫、おそろいだよーって誤魔化したから」
薫はすぐに笑みを作って、ぐっと親指を立てると、礼真の頬のラインが緩んで、
「おー薫くん、ナイスー」
薫を真似て親指を立てた。
「けど、気をつけるよ。秘密だもんね」
薫が両手をぐっと握って気合を入れている。
「そんなに固くならなくてもいいよ」
「でもさ」
二人でひそひそ言い合いながら、教室に入った。
すると、教室の前の方が騒がしい。
薫と礼真は顔を見合わせた。
「花凜ニャンの席なのー!」
「いや、ここは俺の席だから」
後頭部に大きなリボンをつけたアイドルのような女子、自称花凜ニャンと男子生徒が言い合いをしていて、それをみんなが困惑した表情で見ている。
「えーでも、じゃあ御手洗さんの席って」
「えっと」
「みんな、ひどーい、花凜ニャン、イジメられてるー?」
「イジメてないよー」
「あー御手洗さん泣かないでー」
女子たちが花凜を慰めているが、その顔には困惑がある。
「あれ…あの子…同じクラス?えっと」
困惑しながらも、クラスのみんなが、御手洗花凜という女子生徒をクラスメートだと認識している中、薫には花凜に関する記憶がなかった。
礼真に対してそう感じたときより、さらにはっきりと、花凜は違うと感じる。
あの子は何者?と思っていると、
「雑」
その薫の横で、その騒ぎを眺めていた礼真がくっと笑って呟いた。
「雑?」
この場にそぐわない礼真の言葉に、薫は礼真を見た。礼真が薫と話しているときとは違う少し冷ややかな目で花凜を見ていた。
「薫くんやっぱりすごいね、うちのところの精神操作得意な子の影響をうけなかっただけのことはある。」
礼真は薫の方を見て、微笑むといつもの礼真になっていた。
礼真の表情と言葉から、薫ははっとした。
「え?じゃあ、やっぱりあの子」
人間じゃない?と、続けたかったが、そこは飲み込んだ。
「そう、なんかわからんけど、学校に住んでる怪異。悠司先生、おとついの放課後アレに声かけてた。多分、悠司先生に目つけたんだろうけど、なにしたいのか」
礼真は観察するように花凜を見つめて、ちょっと首を傾げた。
「雑って言ったのは?なに?」
「ん?あぁ記憶、精神操作はけっこうすごいけど、それだけ。このクラスの生徒になりたいんだろうけど、机がない。みんなは困惑して、そういうところから精神操作のひずみが生まれるんだ。」
「あーなるほど、礼真くんは自分の席あったもんね…そういえば、ロッカーも靴箱もあった」
礼真の説明に薫は頷いた。
礼真も花凜と同じような能力を持つ仲間?に、記憶・精神操作をしてもらって、クラスの一員になりきっていたが、今の花凜のような騒動は起きなかった。
礼真はごく自然に、自分の机に座り、ロッカーに鞄を入れ、靴箱を使っていて、そこにはしっかりとみんなと同じように「佐藤礼真」の名前が貼られていた。
「薫くん、見てるね。」
「うん、けっこう、アレで戸惑ったんだよね。俺の記憶には礼真くんはいないのに、ロッカーも靴箱もちゃんとある。それなら、おかしいのは俺かな…とかさ。あれ、どうやったの?」
「どうって、前日にマキシと学校に忍び込んで準備しただけだよ」
薫の質問に礼真は、事もなげに答えた。
「え!いや、なんか思ったと違った。地味だね」
その答えに薫は声を上げた。礼真は苦笑して、教室の後ろにあるロッカーのシールをつっとなぞる。
「念じれば机が出るわけでも、書類が書き換えられる訳でもないからね。こういう仕事は準備が8割だよ」
「へ、へぇーイメージと違ったー。怪異とかバーンとかって戦っているのかと思ってた」
薫からしてみれば、怪異専門の警備会社なんて聞くと、漫画のように、呪術を使ってバーンとか、ドーンとか怪異を吹き飛ばして、かっこよく戦っている姿を想像していた。
とくにマキシはそういう姿が容易に想像がつく。夜中にこっそり机を運んでいる方が想像できない。
「バーンとかも、ほとんどないよ。」
礼真は言うと、教室から出た。
「礼真くん、どこ行くの?」
薫がその後を追う。
「あのなんとかニャンの机取りに行くんだよ」
「えっ机?いいの?そんなことしたら、あいつ、ここの生徒になってしまうんじゃ」
礼真の後を追って、その横に並ぶと薫は眉をひそめた。
「あの手の強引なタイプはなにしでかすかわからないから。目の届くところに置いて、監視する」
普段あまり使わないものや、余っている机をしまっている準備室に入って、机と椅子をずるずると引き出している礼真を見て、
「あっ手伝うよ。俺、机持っていくから、礼真くん椅子頼む」
薫は机の両端に手を掛けて、持ち上げた。
礼真は驚いたようにしていたが、ちょっと俯いて、
「…あぁ…うん、ありがとう…」
その声は、いつもより低く抑えたものだったが、嬉しそうだった。
二人で机を運んでくると、まだ教室で花凜が騒いでいた。
ホームルームも始まっていて、担任の山方と悠司も教室に来ているが、やはり困惑している。
礼真は、自分たちの席から見えやすい場所に、他の机をずらして、花凜の机を置いた。 礼真が、騒ぎの方へ歩いていく。薫も後に続いた。
「先生。御手洗さん、入院が長くなりそうで、戻ってくる時期もわかんないから、私物入ってる机は準備室に入れておこうってなったじゃないですか」
さっき薫に礼を言ったときとは違う、ワントーン明るい口調で礼真が声をかける。
全員が礼真を見た。
「そうだった…かな?」
山方が首をひねっている。
他の生徒たちもざわざわしながら、お互いに顔を見合わせている。
「御手洗さん、元気になってよかったね。今日から登校だったんだ。机、気が付かなくてごめんね」
そこに薫がさらに続けて言いながら、花凜ににっこり笑顔を向けると、ぱっと顔を輝かせて、
「そっそうなの、今日からなの。病気だったのニャ、ごほごほ…でも元気になったのぉ。みんな心配かけちゃって…もう大丈夫ニャン」
その言葉と一緒に、なにかふわんとしたものが花凜を中心に、周囲に広がったように感じて、薫は礼真を見た。
それが教室全体に広がると、
「そう…だった、そうだったねー」
「よかったー本当に心配してたんだよー」
「退院おめでとうー」
礼真と薫の言葉をそのまま設定にして操作に使ったらしく、生徒たちは完全にその状況を受け入れていた。
悠司も、花凜に「よかった」と声をかけている。
「まぢ、雑」
くくっと礼真が笑って自分の席についた。
「礼真くん、俺なんともないけど」
「薫くんは強いから。あとマキシが念のために俺たちには結界はってたから」
と、礼真はイヤーカフを指した。
「ホームルームの時間なくなったな…。今日から御手洗さんが戻ってきてくれた。退院して間がないから、御手洗さん無理はしないように。みんなも気をつけてやってくれ」
完全に、怪異・花凜の術にかかっている山方の言葉を聞きながら、薫と礼真はちらっと顔を見合わせて、肩を竦めた。
けど…と薫は、教室の端に立っている悠司を見て、胃の辺りにモヤっとしたものが込み上げてくる。
礼真の言葉からすると、悠司の方から花凜に声をかけ、そのせいで花凜がやってきた。
(そういえば、昨日、悠兄ちゃんに話しかけていた女子の中に、あいついた…)
昨日は休み時間に話しかけるだけだったのに、今日はクラスの中に入り込もうとしている。
薫は花凜に目を向けた。
花凜はおとなしく席にはついていたが、教壇で話している山方の声など耳に届いていないような顔で、ただじっと悠司を見つめていた。
祈るように両手を胸の前で合わせて、うっとりと、質量のある視線を悠司に向けている。
悠司は気付いていないが、その視線にさっきのような術が込められているような気がして薫は怖くなる。
(絶対、守るよ。悠兄ちゃん)
薫もまた花凜に負けないような強さで悠司を見つめた。
自分が何か手伝えることなどないだろうとは思っても、悠司のことを考えると、じっとしていられなかったのだ。
さすがに1番乗りだろうなーと思いながら、教室に入ると、
「おはよう、薫くん早いね」
礼真が席にいた。
薫が入って来たのを見て、少し驚いた顔をしてから、先週とまったく変わらない調子で声を掛けてくる。
それを嬉しく思いながら、
「おはよう、礼真くんも早いね」
と、自分の席にカバンを降ろす。
礼真は少し笑って、
「先生来るの早いからね、それよりこれマキシから」
と、ポケットから小さい指環のようなものを取り出して、薫の机の上に置いた。
「え?これって!」
つや消しシルバーのそれを手に取った薫は、目を輝かせて、大きな声を上げた。
その反応の良さに、礼真は笑いながら、
「そっこれ」
と、自分の髪を耳にかけて、耳の縁につけているイヤーカフを見せた。
礼真の耳についているものと、薫の手にあるものは全く同じものだった。
「手伝ってもらうなら、薫くんにもつけてもらって、いつでも連絡とれるようにした方がいいだろうってことで。この仕事が終わったら返してもらわないとなんだけど、悠司先生のボディガードしてる間はつけてて」
「連絡?」
礼真の言っている意味がわからずに、薫は首を傾げながらも、初イヤーカフをつけてみようとするが、なかなかうまくいかない。
「貸して。あと、スマホ出して」
礼真は、薫の手からイヤーカフをとると、薫の耳に慣れた手つきで薫の耳にイヤーカフをつけてやる。
「痛くない?」
「大丈夫。ただ…ちょっと、なんかついてる感すごいけど」
つけてもらったイヤーカフにちょっと触ってみる。たしかに礼真と同じ場所についていて、嬉しくなる。けれど、そこになにか大きなものがくっついているような違和感に少し不安になる。
「すぐ慣れるよ」
ふるっと首を振ったり、俯いたりしている薫を見て、落ちないか試している…自分もやったなぁと思いながら、
「スマホ、出して」
と、薫に言って、礼真はポケットから自分のスマホを取り出した。
礼真のスマホは、角をしっかりガードしているような、がっちりしたカバーがつけられていて、待受けはどんな意味があるのか、クマのぬいぐるみの写真だ。その後ろには完全にピントが合ってなくて、ぼやけているマキシらしい人が見切れている。
「クマー」
尻のポケットに入っているスマホを礼真の前に差し出しながら、待受けを指摘すると、礼真は、
「あぁ、まぁ…かわいいから…」
ふわっと微笑んだ。
もっと照れたりするのかなと思っていたが、さらっと流された。礼真にとってはこのクマは子供のときから持っているとか、家族からもらったとか、高校生男子からすると、ちょっと恥ずかしくなるような思い出と絡むものではないらしい。
今度ちゃんと聞いてみようかな…と薫が思っていると、
「薫くんのは…アプリいっぱいで、なんかわかんないね」
薫のスマホを覗き込んだ礼真が言う。
「あーそうなんだよね、だから、もう初期画面のまま」
「ゲームとか?」
「そう、あとはー曲聞くのとかーいろいろ」
お互いのスマホを近づけ合ったまま話していると、なにも触っていないのに、急に薫のスマホの画面がパパっと動き始めた。
「わっ」
「そのままで」
薫が驚いて、スマホを触ろうとしたが、礼真に制された。
すぐに薫のスマホの異常は治まって、それがうつったように礼真のスマホの画面が動いたが、それもすぐに治まる。
「もういいよ」
礼真は言うと、自分のスマホをポケットに入れた。
「あっ…」
何が起こったのかと、スマホを見ると、ラインやインスタその他いろんなアプリが並んでいるアイコンの1番端に黒丸に緑の小さい点が2つの目のようにも見えるアイコンが追加されていた。
礼真にスマホを返されて、薫がそのなぞのアイコンを見つめていると、
「そのアプリがこのイヤーカフのシステムの本体ね。薫くんイヤーカフをトントンって指で軽く叩いてみて」
「こう?」
礼真が自分のイヤーカフを人差し指でタップするのを真似て、自分の耳のモノをトントンとしてみた。
『おはよー薫ちゃん。これは俺と礼真とだけつながってる通信アプリだよー。圏外でも霊からの干渉も受けないからどこでも俺と礼真に連絡できるからねー』
「わ!マキシさん?」
マキシの声が驚くほど鮮明にイヤーカフをつけた耳に聞こえてくる。
「えっ、ってことはこのイヤーカフっておしゃれでつけてたんじゃなかったんだ」
驚きで声が大きくなる。あらためてイヤーカフに触れて、礼真の耳も見る。
この小さなモノにそんな役割があったなんて。
思い出してみたら、礼真はよくイヤーカフに触っていた。今のようにマキシと通信していたのかもしれない。
「そう、インカム?みたいな?」
『私が作りましたーアプリも私が作りました』
礼真の雑な説明に、マキシが冗談交じりの軽い口調でつけ加える。
冗談ぽくは言っているが、本当なのだろう。
薫は、マキシからもらった二人の会社のカードから、ミロクセキュリティのホームページを見に行っていた。
カードに書かれたQRコードを呼び込むとすぐにサイトに飛んだ。
サイトの中で迷子になったりしないような、すっきりした見やすいデザインだった。だだ業務内容の方は少し怪しかったが、その中にはしっかり「企業向けサイバーセキュリティ」「ホワイトハッカー」とあった。
今までの話からすると、マキシがサイバー関係のことを担当しているのだろう。
ちょっと男の子心をくすぐられる「ホワイトハッカー」の言葉に、さっき自分のスマホがマキシに侵入されたんだろうなと思うと、怖いよりはワクワクが勝ってしまう。
高揚した気持ちのまま、さらにテンションが上がるイヤーカフの使い方とアプリの機能の説明を礼真とマキシにされていると、ポツポツと教室に生徒の数が増えてきた。
礼真は周りを見回すと、
「廊下で話そうか」
と席を立った。
薫も後に続く。
さすがに、通信機になっているイヤーカフの使い方を他の生徒に聞かせるわけにはいかない。
廊下に出ると、窓を背にして並んで、話を続ける。
礼真が所属しているミロクセキュリティの話も軽く聞かせてもらって、現実離れした話の中に今、自分もいるんだと、薫はつけてもらったイヤーカフに触れて実感する。
その薫を柔らかく見ていた礼真の表情が変わり、視線が少し動いた。
薫もその視線の方を見た。
廊下の向こうから悠司が歩いて来ていた。
悠司はポケットの中に手を入れて、その中の物を確かめて、口元がゆるむのを感じていた。
それは、昨日の日曜日に、授業で使うための模造紙やマーカーなどをショッピングモールに買いに行ったときに買ったものだった。
文房具店に向かって歩いていると、雑貨屋の中のアクセサリーコーナーが目に付いた。
そのままふらっと近寄ると、ネックレス、ピアスに混ざって、イヤーカフもあった。
すぐに薫の顔が浮かんだ。
薫が、友だちがつけているイヤーカフをうらやましそうに見ていたことを思い出してつい、笑ってしまう。
友だちがつけているアイテムがかっこよく見えて、真似したくなる気持ちは悠司にも覚えがある。
俺はブレスレットだったなぁと思いながら、イヤーカフを手に取った。
細かい細工にキラキラしたものがついていて、悠司は少し首を傾げてから、元に戻した。
「違うな…」
改めて薫が見ていた礼真のイヤーカフを思い出す。
礼真のものはつるっと飾り気がなく、色も黒っぽいシルバーで黒髪の礼真には似合っていた。
「薫なら…」
と、考えかけて、手を止めた。
ほぼ無意識に薫に買おうとしていた自分に気づく。
先生としてはマズいか?と一瞬躊躇したが、すぐに、
「薫は自分じゃ買わないだろうしなー、兄ちゃんがプレゼントしてやるかー」
と、久しぶりの再会だし、とポジティブな言い訳にして、もっとシンプルなデザインの物を探す。
最終的には、シルバーのイヤーカフ全体にツタが絡んでいるような模様が描かれているものと、明るいシルバーに小さな青い人工石が1つ埋め込まれたものが悠司の手にあった。
買おうと選び始めて十数分が経っていた。
「よし、こっち」
薫がつけたときを想像して、青い人工石が入っている方に決めた。
薫には青が似合う。
そう思いながら、レジまで持って行くと、
「プレゼントですか?」
と、笑顔の店員に言われて、迷いなく、はいと答えて、ピンクと青のリボンのどちらかと聞かれて、そこも迷わず青を選ぶ。
「ありがとうございました」
の声を聞きながら、手の中のキレイにラッピングされたイヤーカフを見て、
「どうやって渡すかなー」
そんなことを思いながら、悠司は本来の目的の文房具店に向かった。
その、プレゼントのイヤーカフがスーツのポケットの中にある。
昨日から渡すのを楽しみにしていた。
昔から、薫は、河原で拾った石でも、お菓子でも、修学旅行のお土産でも、悠司がわたすと、そんなに?というほど笑顔を見せてくれる。
今回は、ラッピングを開けてイヤーカフを見た瞬間の薫の顔が見られないのが残念だと思いながら、教室へ向かっていると、廊下で薫と礼真が話していた。
悠司が声をかける前に薫が悠司に気づいて、ぱあと笑顔になる。
自分に向けられる薫の笑顔は変わらない。
悠司も笑顔になる。
たっと薫が小走りで悠司のところまでやって来る。
悠司はポケットの中のイヤーカフを取り出そうとポケットに手を入れた。
「おはよう、悠兄ちゃん!これ見て!」
薫が嬉しそうに、耳を見せてきた。
耳の縁にツヤ消しのシルバーのイヤーカフがつけられていた。
「あ…それ」
「うん、これさ、礼真くんが……えっと、おそろい」
嬉しさがそのまま顔に出ている薫を前に、悠司の胸は言いようのないモヤとしたものが湧き上がる。
言葉が出て来ない。
悠司からの反応が薄いことに薫の顔が少し曇って、
「あーやっぱり、似合わ…ない?」
と聞いてくる。
初めて身に着けたアクセサリーが自分に似合うか、似合わないか、それは不安になるだろう。
心配そうな薫に、悠司は小さく笑みを作って、
「いや、似合ってるよ」
答えてやると、薫がイヤーカフに触れながら照れたように、へへっと笑う。
かわいい…けど…。
(俺が選んだヤツの方が似合うけどな)
悠司はポケットの中のイヤーカフをぎゅっと握った。
くしゃとラッピングにシワがよるのを感じたが、かまわなかった。
「ホームルーム始まるまえに教室に入れよ」
なぜかそれ以上薫を見ていられなくて、普段なら言わないような注意をして悠司は、薫に背を向けてその場を離れた。
「?」
珍しく先生っぽい注意をしてさっと行ってしまった悠司を不思議に思いながら見送って、
「悠兄ちゃんにこのイヤーカフのすごいとこつい話しちゃいそうになったよ」
薫は礼真のそばに戻ると、焦ったーと、へにゃと眉を下げた。
「え…それは…」
今回の依頼は警護対象に知られないということも条件に入っている。礼真が困ったように眉を寄せると、
「大丈夫、おそろいだよーって誤魔化したから」
薫はすぐに笑みを作って、ぐっと親指を立てると、礼真の頬のラインが緩んで、
「おー薫くん、ナイスー」
薫を真似て親指を立てた。
「けど、気をつけるよ。秘密だもんね」
薫が両手をぐっと握って気合を入れている。
「そんなに固くならなくてもいいよ」
「でもさ」
二人でひそひそ言い合いながら、教室に入った。
すると、教室の前の方が騒がしい。
薫と礼真は顔を見合わせた。
「花凜ニャンの席なのー!」
「いや、ここは俺の席だから」
後頭部に大きなリボンをつけたアイドルのような女子、自称花凜ニャンと男子生徒が言い合いをしていて、それをみんなが困惑した表情で見ている。
「えーでも、じゃあ御手洗さんの席って」
「えっと」
「みんな、ひどーい、花凜ニャン、イジメられてるー?」
「イジメてないよー」
「あー御手洗さん泣かないでー」
女子たちが花凜を慰めているが、その顔には困惑がある。
「あれ…あの子…同じクラス?えっと」
困惑しながらも、クラスのみんなが、御手洗花凜という女子生徒をクラスメートだと認識している中、薫には花凜に関する記憶がなかった。
礼真に対してそう感じたときより、さらにはっきりと、花凜は違うと感じる。
あの子は何者?と思っていると、
「雑」
その薫の横で、その騒ぎを眺めていた礼真がくっと笑って呟いた。
「雑?」
この場にそぐわない礼真の言葉に、薫は礼真を見た。礼真が薫と話しているときとは違う少し冷ややかな目で花凜を見ていた。
「薫くんやっぱりすごいね、うちのところの精神操作得意な子の影響をうけなかっただけのことはある。」
礼真は薫の方を見て、微笑むといつもの礼真になっていた。
礼真の表情と言葉から、薫ははっとした。
「え?じゃあ、やっぱりあの子」
人間じゃない?と、続けたかったが、そこは飲み込んだ。
「そう、なんかわからんけど、学校に住んでる怪異。悠司先生、おとついの放課後アレに声かけてた。多分、悠司先生に目つけたんだろうけど、なにしたいのか」
礼真は観察するように花凜を見つめて、ちょっと首を傾げた。
「雑って言ったのは?なに?」
「ん?あぁ記憶、精神操作はけっこうすごいけど、それだけ。このクラスの生徒になりたいんだろうけど、机がない。みんなは困惑して、そういうところから精神操作のひずみが生まれるんだ。」
「あーなるほど、礼真くんは自分の席あったもんね…そういえば、ロッカーも靴箱もあった」
礼真の説明に薫は頷いた。
礼真も花凜と同じような能力を持つ仲間?に、記憶・精神操作をしてもらって、クラスの一員になりきっていたが、今の花凜のような騒動は起きなかった。
礼真はごく自然に、自分の机に座り、ロッカーに鞄を入れ、靴箱を使っていて、そこにはしっかりとみんなと同じように「佐藤礼真」の名前が貼られていた。
「薫くん、見てるね。」
「うん、けっこう、アレで戸惑ったんだよね。俺の記憶には礼真くんはいないのに、ロッカーも靴箱もちゃんとある。それなら、おかしいのは俺かな…とかさ。あれ、どうやったの?」
「どうって、前日にマキシと学校に忍び込んで準備しただけだよ」
薫の質問に礼真は、事もなげに答えた。
「え!いや、なんか思ったと違った。地味だね」
その答えに薫は声を上げた。礼真は苦笑して、教室の後ろにあるロッカーのシールをつっとなぞる。
「念じれば机が出るわけでも、書類が書き換えられる訳でもないからね。こういう仕事は準備が8割だよ」
「へ、へぇーイメージと違ったー。怪異とかバーンとかって戦っているのかと思ってた」
薫からしてみれば、怪異専門の警備会社なんて聞くと、漫画のように、呪術を使ってバーンとか、ドーンとか怪異を吹き飛ばして、かっこよく戦っている姿を想像していた。
とくにマキシはそういう姿が容易に想像がつく。夜中にこっそり机を運んでいる方が想像できない。
「バーンとかも、ほとんどないよ。」
礼真は言うと、教室から出た。
「礼真くん、どこ行くの?」
薫がその後を追う。
「あのなんとかニャンの机取りに行くんだよ」
「えっ机?いいの?そんなことしたら、あいつ、ここの生徒になってしまうんじゃ」
礼真の後を追って、その横に並ぶと薫は眉をひそめた。
「あの手の強引なタイプはなにしでかすかわからないから。目の届くところに置いて、監視する」
普段あまり使わないものや、余っている机をしまっている準備室に入って、机と椅子をずるずると引き出している礼真を見て、
「あっ手伝うよ。俺、机持っていくから、礼真くん椅子頼む」
薫は机の両端に手を掛けて、持ち上げた。
礼真は驚いたようにしていたが、ちょっと俯いて、
「…あぁ…うん、ありがとう…」
その声は、いつもより低く抑えたものだったが、嬉しそうだった。
二人で机を運んでくると、まだ教室で花凜が騒いでいた。
ホームルームも始まっていて、担任の山方と悠司も教室に来ているが、やはり困惑している。
礼真は、自分たちの席から見えやすい場所に、他の机をずらして、花凜の机を置いた。 礼真が、騒ぎの方へ歩いていく。薫も後に続いた。
「先生。御手洗さん、入院が長くなりそうで、戻ってくる時期もわかんないから、私物入ってる机は準備室に入れておこうってなったじゃないですか」
さっき薫に礼を言ったときとは違う、ワントーン明るい口調で礼真が声をかける。
全員が礼真を見た。
「そうだった…かな?」
山方が首をひねっている。
他の生徒たちもざわざわしながら、お互いに顔を見合わせている。
「御手洗さん、元気になってよかったね。今日から登校だったんだ。机、気が付かなくてごめんね」
そこに薫がさらに続けて言いながら、花凜ににっこり笑顔を向けると、ぱっと顔を輝かせて、
「そっそうなの、今日からなの。病気だったのニャ、ごほごほ…でも元気になったのぉ。みんな心配かけちゃって…もう大丈夫ニャン」
その言葉と一緒に、なにかふわんとしたものが花凜を中心に、周囲に広がったように感じて、薫は礼真を見た。
それが教室全体に広がると、
「そう…だった、そうだったねー」
「よかったー本当に心配してたんだよー」
「退院おめでとうー」
礼真と薫の言葉をそのまま設定にして操作に使ったらしく、生徒たちは完全にその状況を受け入れていた。
悠司も、花凜に「よかった」と声をかけている。
「まぢ、雑」
くくっと礼真が笑って自分の席についた。
「礼真くん、俺なんともないけど」
「薫くんは強いから。あとマキシが念のために俺たちには結界はってたから」
と、礼真はイヤーカフを指した。
「ホームルームの時間なくなったな…。今日から御手洗さんが戻ってきてくれた。退院して間がないから、御手洗さん無理はしないように。みんなも気をつけてやってくれ」
完全に、怪異・花凜の術にかかっている山方の言葉を聞きながら、薫と礼真はちらっと顔を見合わせて、肩を竦めた。
けど…と薫は、教室の端に立っている悠司を見て、胃の辺りにモヤっとしたものが込み上げてくる。
礼真の言葉からすると、悠司の方から花凜に声をかけ、そのせいで花凜がやってきた。
(そういえば、昨日、悠兄ちゃんに話しかけていた女子の中に、あいついた…)
昨日は休み時間に話しかけるだけだったのに、今日はクラスの中に入り込もうとしている。
薫は花凜に目を向けた。
花凜はおとなしく席にはついていたが、教壇で話している山方の声など耳に届いていないような顔で、ただじっと悠司を見つめていた。
祈るように両手を胸の前で合わせて、うっとりと、質量のある視線を悠司に向けている。
悠司は気付いていないが、その視線にさっきのような術が込められているような気がして薫は怖くなる。
(絶対、守るよ。悠兄ちゃん)
薫もまた花凜に負けないような強さで悠司を見つめた。



