放課後。
薫は礼真の正体を本人に直接聞こうと決めていた。
薫は礼真が昇降口から出てくるのを待って、自転車を押しながらあとをつける。
幸い、打った頭にこぶができることもなく、ひねった足もたいしたことはなく、あれから薫はすぐに教室に戻った。
その後も隣の席の礼真をじっと観察していたが、見れば見るほど、礼真との記憶は悠司の教育実習が始まった日からしかないという結論になる。
佐藤礼真というクラスメートはいない。薫の頭も心もはっきりそれを認識してきた。
他のクラスメートたちも、先生たちも礼真の存在に何も疑問も持っていない。
それでも、自分がおかしくなったとは思わなかった。
薫は子どもの頃、不思議なものを見たり、感じたりしていた。
母はその薫を決して否定することはなかった。
しっかり薫の話を聞いて、
「ママには見えないけど、そういう世界があるんだねー。世界が広いのはいいことだよ。でも、怖いなって思ったら近づかないようにね」
と、言ってくれた。
薫は、前を歩く礼真の後ろ姿を見つめた。
「うん、怖くない」
薫は自分の感覚を信じることにした。
礼真の正体はわからないが、ここ数日、昼休みを過ごし、おしゃべりをして、授業中にわからないところを教えあったことは嘘じゃない。
薫は、自分に言い聞かせるように
「大丈夫だ」
と呟くと、
「礼真くん!」
と声をかけた。
礼真が立ち止まってふり向くと、
「薫くん、なに?もう帰ったと思ってたよ」
ふわっと表情を和らげた。
その顔に、ちょっと決意がぐらつきそうになるが、
「あのさ、礼真くん、ちょっと話があるんだけどいいかな?」
と、自分が揺るがないためにも少し強めに声を出した。
「話?」
礼真はいつもと少し違う薫を感じたのか、ちょっと目を見開いて、首を傾げた。
あっかわいい…その仕草を、心の中の『礼真の仕草を真似る』メモにしっかり刻んで、いや、今はそんなことやってる場合じゃなかった、と思い直す。
「あのさ、礼真くんて、何者?うちの学校の生徒じゃないよね?」
薫がぐっと自転車のハンドルを握って言った。そうしていないと、手も声も震えそうだったからだ。
礼真は薫の目にしっかり視線を合わせて、心配そうに眉をひそめた。
「薫くん、本当は頭けっこう激しく打ったんじゃないの?大丈夫?」
言いながら、薫の目の奥まで覗くように見つめられる。
と、なにかがふわっと被さってきて、頭の中ぐるっとかき回されているような感覚がして、薫はフルフルと首を振った。すぐに頭がすっきりしてくる。
その感覚を不思議に思いながら、薫は保健室から戻ったあとに考えたことを口にする。
「俺の礼真くんとの記憶は悠兄ちゃんの教育実習の初日のホームルームからしかない。礼真くんは、居眠りして、ぼんやりしてた俺に、『初めまして佐藤礼真です』って冗談言ったけど、あれ冗談じゃなくて、本当に初めましてだったんだよね?」
薫の言葉に最初、心配そうだった礼真の表情が少しづつ変わってくるのがわかった。
驚きからだんだんと困惑、諦め、戸惑いが混ざった表情になって、最後ははぁと深くため息をついた。
そして、なにもない、誰もいない自分の右側に顔をむけると、優しく微笑んで、
「大丈夫だよ、薫くんが強かっただけだから、気にしないで」
と声をかけた。
なにをしているのかと、礼真が見ている場所をつられて見ていると一瞬、ふわりと髪の長い女が浮いているのが見えた。
「ひっ!」
典型的な幽霊の姿に薫が息を飲んで後ずさった。
女の霊らしきものは、もう一度、礼真から
「大丈夫だから」
と、優しく言われると頭を下げて消えた。
それを確認した礼真が薫に向きなおる。
礼真の表情はいつも薫に見せるものより、無表情になっていて、
「どうしよう、マキシ」
と、誰か声をかける。その声も表情と同じように、トーンが低く平坦だった。
「どうしようかなー」
礼真への返事は薫のすぐ後ろから返ってきた。真後ろから聞いたことのない声がして薫はふり向いた。気配をまったく感じなかった。
「あっ」
そこには昨日、礼真の鞄を持ってやっていた金髪の男が立っていた。
男は薫の肩に手を置くと、少し屈んで、
「ちょっとお話しようか?薫ちゃん」
と、笑みを見せたが、緑色のその目の奥が笑ってない。
20代前半に見えるが、その目を見ていると、この男がどれほどの時間を生きてきたのかわからなくなる。
圧。
漫画とか、ドラマとかで、よく聞くそれは本当にあるんだと、肌で感じた。
「じゃちょっとつきあってねー」
礼真にマキシと呼ばれた金髪は軽い口調で言いながらも、目つきはそのままで、
「自転車、俺が押していってあげる」
と、薫からすっとハンドルを取って歩き出した。
逃げる気はなかったが、逃げたくなっても逃げられなくなった…と思いながら、薫はマキシと、礼真に続いた。
「いらっしゃいませー何名様ですか?あちらのお席へどうぞー」
連れて来られた場所に薫は拍子抜けしていた。
そこは、薫たちがよく利用する高校の近くのファミリーレストランだった。
マキシの雰囲気から、どこか怪しげなところに連れて行かれるかと思っていたのだ。
3人で店員に言われた4人掛けの席につく。
薫は1人。テーブルをはさんで、窓側にマキシ、その横に礼真が座る。
席につくとすぐに薫にメニューを渡された。
「好きなもの頼んでいーよ!遠慮しないでいいからね!経費だから」
マキシは言いながら、自分もメニューを広げている。
「え…えと、じゃあ、ドリンクバーで」
いくら行きつけのファミレスとはいえ、この状況ではなにも喉を通りそうにない。
「遠慮しないでいいんだよー、期間限定パフェあるよ。フルーツいっぱいのプリンアラモードもきれいだよ!」
マキシは楽しそうにメニューのデザートのページを広げて、薫に見せる。
さっき感じた得体の知れなさは、きれいに消えて、目の前にいるのは、ちょっとこの辺にはいないレベルのイケメンだが、人当たりの良さそうな軽いお兄さんだ。
「え、あ…」
その落差と、さっきとは違う圧に薫が戸惑っていると、
「マキシ、薫くん甘いのあんまり好きじゃないから、ね?」
礼真が助けるように横から口を挟んで、薫の方に向けられていたメニューをマキシへ戻した。
「うん…すみません」
せっかく勧めてもらったのに…と首を竦めて謝りながら、なにげない休み時間の会話を礼真が覚えていてくれたことを嬉しく思っていた。
「ま?礼真、高校生のときパフェ食べてたじゃん」
マキシが少し目を丸くして礼真の方を見ると、
「マキシ、高校生が全員パフェを食べるわけじゃないの」
すぐに礼真が答える。
「あーそうなんだー」
冗談なのか、本気なのか、なに基準なのかわからないような変なやりとりは、二人の間では成立しているらしい。
ついていけない薫がただ見ていると、
「薫くん、気にしないで良いから。マキシ、ドリンクバー頼んで」
礼真が言って立ち上がった。薫へは優しく、マキシへは少し雑な言い方だ。
「はーい」
多分、マキシへの言い方がいつもの礼真なのだろう、言われたマキシは注文用のタブレットを操作して、ドリンクバーを3つ注文した。
「薫くん、取りに行こうか?」
「うん」
礼真に言われて少しほっとしながら、薫は礼真と席を離れた。
二人でドリンクバーの前に並ぶ。
礼真は迷うことなく、カップを2つ取って1つにホットコーヒーを入れ、もう1つにアールグレイと書かれたティーパックを入れてお湯を注いだ。
薫はコップに氷を入れて、ジュースの方でコーラを入れた。
「温かいのなんだ」
友達と一緒にファミレスに来て、ドリンクバーでホットのものを選ぶのを見たことがなかった薫は思わず言っていた。薫の友達の男子高校生は冬でも冷たいジュースで、だんだんジュースを混ぜて自分だけの味を追求したりする。
「うん、じゃないと香りしないから」
礼真はそんな男子たちとは違って、静かにそう言うとスンとカップから、立ち上がっている香りをかいで少し嬉しそうだ。
「へぇー?」
ちょっと大人っぽく見えたその仕草に、薫は自分のコーラを見下ろして、次は温かいものにしてみようか…と思いながら礼真と席に戻る。
礼真はコーヒーをマキシの前に置いて、紅茶は自分席において、座った。
マキシはカップを持ち上げて、顔に近づけて、その匂いを味わうようにすぅーと息を吸っている。カップに口はつけない。
「ありがと、礼真が入れてくれると香りが違うよねー」
「ドリンクバーは誰がいれても同じ」
マキシが礼真の方に少し首を傾けて嬉しそうにいうと、礼真がペシっと叩くように返す。
ちょっとしたボケとツッコミのやりとりのようだ。
が、このままでは話が進まないのではないかと薫は心配になってきて、
「あ…の、それで、お話は?」
と、マキシに言った。
「ま?」
「あ!」
マキシと礼真はその言葉に、同じように目を丸くした。忘れていたらしい。
「あーごめん、ごめん、そうだったー。まずは自己紹介だねーこういうものです。俺はマキシです。」
マキシは言うと、名刺を差し出した。
名刺にマキシの名前はなく、会社そのものの名刺のようなカードだった。
『どんなものからでもあなたを守ります。ミロクセキュリティ』という文字が真ん中にあって、その下に電話番号とメールアドレスとQRコードがある。
裏返すと、「身辺警護、企業向けサイバーセキュリティ、特殊清掃後の特殊清掃」など請け負うことができる業務が書かれている。
(特殊清掃後の特殊清掃?)
なにこれ?と思って見ていると、
「薫くんが言ったとおり、俺は生徒じゃない。」
礼真が抑えめの口調ではっきり言った。
薫はカードから顔を上げて礼真を見ると、礼真は少しだけ、視線を下げた。
やっぱりそうだったんだ…確信はしていたが、本人の口から聞くと、やはりショックだった。
薫が黙っていると、マキシが続ける。
「俺たちはある人の警護を頼まれて、学校に潜入してたの。あっ実際に潜入してるのはレイマだけど、俺は指示出したり、礼真の周辺の音も聞いて、モニターして解析したり。だから、薫ちゃんが礼真と仲良くしてくれたのも知ってる。もーさー友だちできなかったらどうしようとか、めちゃくちゃ心配してたのーしたらさ。」
「マキシ…今のその話は」
説明するマキシの話の流れが変わっていて、礼真が声を上げる。
「薫ちゃんみたいなやさしくて、いい子が友だちになってくれて、本当に良かったーって。」
「マキシ!いいから!」
「レイマもさー帰ってきたら警備対象の報告じゃなくて薫ちゃんの話ばっかりで。」
「マキシ!仕事の話しろ!」
「ま?仕事の話じゃん」
本当に礼真を心配してたのがわかるマキシと、焦って止めようとしている礼真の様子は、見ているとこの二人はいつもこうなんだと感じて、微笑ましくて、薫は思わず笑いだしていた。
「薫くん?」
「あ、ごめん、なんか面白くて。礼真くん、俺のこと家でも話してくれてるの?」
笑いながら薫が言うと、礼真の頬に赤みがさしてきて、むぅと眉根が寄る。
「それは、その報告もあったし。マキシが聞いてくるから」
もごもご言っているが、かなり恥ずかしいらしい。
薫も、家族に家で友達の話ばかりしていることを、その友達本人に、目の前でバラされたらかなり恥ずかしいというのは理解できる。実際、薫の母はマキシと同じようにバラすタイプだ。
が、友達の立場だと、かなりうれしい。
「もう、それはいいから薫くんに説明」
礼真は怒ったようにマキシを言う。
マキシは特に気にすることなく、へらっとしたままで、
「ある人のボディーガードしてるって言ったけど、普通のボディーガードじゃなくて、怪異っていうか、霊とかそんなものから守るのが仕事なの」
「は?え?」
いきなり怪異とか霊とかの言葉が出てきて、薫はついていけないが、マキシの説明は続く。
「その人ってすごく見えるタイプの上に、霊と人の区別ができないの。で、霊って見られたり、話しかけられたりすると、『わーいっ認めてもらったー』ってなって、ちょっかいかけてくるのよ」
「ずっとついてきたり、憑依したり、連れていかれる」
マキシの軽い説明に、礼真が怖い補足をしてきて、薫はぞくっとしながらコーラを一口飲んだ。口の中が乾いていた。
「学校みたいな場所って人が多い分、怪異とかも溜まって来ちゃうから、その手のタイプの人はやばいの。一番危ない校内で守るためにどうしようかーってなって、レイマが高校生になって潜入することになったわけ」
ね、とマキシが、横にいる礼真を見る。礼真もこくこくと頷いている。
高校生になって…というマキシの言葉に、薫は礼真をじっと見つめた。その言葉をそのまま受け取ると、礼真は高校生ではないということなる。
「礼真くんは高校生じゃないってこと?何歳なんですか?」
「ま?」
「あー気になるのそこ?」
説明後の最初の質問がそれ?と、もっと他の質問が来ると思っていた二人は目を丸くして、礼真の方は苦笑いしている。
「いや、だって年上だったら、タメ口失礼だし。礼真くんって呼ぶのも…悪いかなって」
「ふっ…ははっ薫ちゃん、最高ー。礼真、よかったねーいい友達できたねー」
薫が真剣に考えて言うと、マキシが笑い出して、礼真の顔を覗き込んでいる。
「マキシ、その友達って言うの、薫くん迷惑に思うかもだから」
礼真は、マキシの言葉に顔をしかめて、俯く。
「えっ?礼真くん、俺と友達、迷惑?」
その礼真の言葉に薫が半分腰を浮かせた。
礼真と薫がほぼ同じような表情になっていて、横にいるマキシは「いい友達」と思いながら、こっそり笑っていた。
マキシにそんなことを思われているとは知らない礼真は、薫の悲しそうな顔を見て焦る。
「えっ違うっそっちじゃなくて、薫くんが迷惑ってこと。だって俺、高校生じゃないし、仕事とはいえみんな騙して生徒にふりしてたし、それに…怪しいし…」
「ぷっ…怪しいって自分で言うんだー。」
しょもっとなっている礼真に薫は思わず吹き出していた。やっぱりこの人かわいい、高校生とか関係なく絶対お手本にしようと思う。
「で、本当に何歳?」
改めて薫に聞かれた礼真はマキシと顔を見合わせた。
「何歳って…なに基準?」
「なに基準って…どこからってこと?薫ちゃんが言ってるのって、見た目とかでいいんじゃないの?」
「見た目はないだろ。だから、どこから数えるかで」
礼真とマキシが真剣な顔で言い合っている。
少しでも礼真のことを知ろうと思ってした質問は、二人にとってはかなり難しい質問だったらしい。
年齢が秘密というよりは、本当にわからないらしくまだ話し合ってる二人に、
「あの、そんなに難しい話なら、年齢はもういいです」
この人たちなんなんだ…面白いけど、話進まないなぁとちょっと思いながら、ストップをかけた。
「あっごめん、その、タメ口とか気にないから、むしろ今まで通り話してくれた方がうれしいから、それでお願いします」
薫にもういいと言われて、ほっとしたのか、それでも申し訳なさそうに礼真が頭を下げる。
「はは、礼真くんの方が丁寧語になってるよ。それより、二人が守ってる人って誰か聞いてもいい?」
タメ口で良いと言った方が丁寧語になっていて、下がっている眉が本当にかわいいと思いながらここまでの話で一番気になっていたことを聞いた。
「ま?」
「誰って…そうか、気になるよね。けどこれ言っていいヤツ?」
「うーん、どうだろう、ここまで話して言わないっていうのも」
「マキシ、所長に確認しろよ」
二人はまた顔を見合わせて言い合っていたが、最後の礼真の一言に、
「えーーーっ所長にー?!聞くのぉ嫌だー」
マキシが声を上げて、露骨に顔をしかめた。
「聞かないと俺たちで判断できないだろ」
「…そうだけど…聞くのかーそうかー。…嫌だけど、聞くかー」
マキシはスマホを取り出して、のろのろとタップをして耳に当てた。
嫌って二回言った。本当に嫌なんだ…と薫は思いながら、どこかに電話するんだろう…とマキシを見つめた。
相手が出たのか、マキシの姿勢がぴしっと真っすぐになった。
「マキシです。報告と相談が。はい。操作効きにくい子いたじゃないですか?レイマのお友達の薫ちゃん…その操作完全に解けちゃって、今そのいろいろ説明をしてるところで。は?ミス?いや、ミスというか薫ちゃんが予想外に強くて………対策…、あーはい、そうですね、ミスです。すみませんでした。」
今まで軽く緩い感じで話ていたマキシが少し早口になっていて、電話なのに頭まで下げている。
「誰?怖い人?」
薫は好奇心が抑えられずに、身を乗り出すようにして小声で、礼真に聞いた。
「俺たちの会社の所長。怖いのもあるけど、ちょっと面倒くさい」
会話を続けているマキシをちらっと見て、礼真も薫に顔を近づけて、同じ音量で答えて、最後はさらに小声で付け加えた。礼真も怖いと思っているのだろう。
「あーそうなんだ…なんか俺のせいで、マキシさん怒られてて…ごめんね」
マキシがただの軽そうなお兄さんではないことは、最初の圧でわかっている。そのマキシが恐れているのはどんな人なんだろうと、薫はまだ頭を下げているマキシに気の毒になってくる。
「いつものことだからいいよ。あっいつもミスしてるってことじゃないよ。マキシがしょーもないことでも所長に怒られてるのいつものことだから」
礼真はまたちらっとマキシを見て、なにを思い出したのかくくっと笑っている。
「それで、その薫ちゃんどこまで話をするかっていう…は?はい、はい、わかりました。ま?…はぁい、いつもの2カートンですねー買って帰ります。」
マキシの電話が終わった。明らかに消耗しているようで、ずるーと椅子にもたれかかっている。
「なんて?」
そのマキシを労うこともなく、礼真が聞く。
「現場においては臨機応変。好きにしろと。帰りにタバコ買って来いって」
はぁ…と息をついて、座りなおしたマキシが言うと、礼真も溜息をついて、やっぱりーと言ってから、
「俺たちの判断でいいなら、俺的にはむしろ薫くんには話した方がいいと思う。近い人だから」
薫に視線を向けた。マキシも薫を見る。
二人の視線をうけた薫は、礼真の言った「近い人」という言葉と、礼真が学校に来た時期を思い出してはっとした。
「近い人…ってもしかして、悠兄ちゃん?」
「すぐ名前出たー薫ちゃんも近い人って思ってるんだ。話早いわー。そうそう、先生がね」
薫が言うと、ぐったりしていたマキシがおっと目を輝かせて、身を乗り出してきた。
「?悠兄ちゃんが?」
マキシのいう「先生」という単語は、当然、教育実習をしている悠司のことだと思って聞き返せば、
「あっ違う違う、奥村先生…悠司先生の方じゃなくって、お父さんの弁護士の奥村先生から頼まれたんだよ。教育実習に集中させてあげたいからって」
礼真が補足するように言った。
「悠兄ちゃんのお父さん」
薫にとっては、隣の隣に住んでいたおじさんであり、悠司のお父さん。弁護士という職業があることは、この人から知った。
悠司の父は目つきが鋭くて怖そうだな容姿をしているが、話すと優しい人だとわかる。 それを思い出していると、
「そうそう、似てないよねー」
マキシがヘラっと言った。
その言葉と、さっき礼真の「悠司のお父さんは弁護士」という言葉で、薫の中で二人の話すことに嘘がないという材料が増えていく。
「マキシ今、それ関係ないから。悠司先生はすごく見える人なんだけど、自分の都合のいいように見えるものを変換しちゃうんだ。だから、霊でも怪異でも見えれば普通の人を相手するように対応するらしい。まぁ昨日も早速やってたけどね」
礼真がさらに説明を続ける。
「それって危ないって言ってましたよね」
薫の顔色が変わった。最初の二人の話では、そういう人間は、霊からずっとついてきたり、憑依したり、連れていかれると。
「そうだから、ボディガード」
マキシは頷きながら、カップを持ち上げて、飲むことなくすぐに置いた。
「そうなんだ……」
その動作も気にはなったが、それより悠司だった。薫の頭の中はぐるぐるしていた。
近所の憧れのお兄さん、優しくて、楽しくて、薫が困ったときにはいつの間にか傍にいて、我慢しがちな薫に無理はしなくていいと、言ってくれる大好きな人。
その人が、いつもそんな危険にさらされているなんて知らなかった。いつも守ってくれていた悠司を今度は自分が助けたいと薫は思った。
自分にできることなどないかもしれないけれど、せめて、教育実習で悠司が学校にいる間は…。
薫はぐっと手を握って、顔を上げると、真っすぐにマキシと礼真を見据えた。
「あのっ俺も悠兄ちゃんを守るの手伝わせてください。俺、こう見えて少林寺拳法3段。うちの道場って組み手もけっこうやるから普通の人よりは、役に立てると思う…あっ霊相手にはわかんないけど」
しっかりと決意を込めて言ったが、最後の方はちょっと締まらない感じになってしまった。
マキシと礼真は同じように目を丸くして薫の言葉を聞いていたが、すぐに口を開いたのはマキシだった。
「ありがとう。じゃあ、俺たちが困ったときに手を貸してもらおうかな」
「マキシっ」
にっこり笑って言うマキシに、礼真が鋭く制するように名前を呼ぶが、
「いいから、いいから。じゃあ、薫ちゃん教育実習が終わるまでは、レイマを今までどおりクラスメートってことでお願いします」
マキシは気にすることなく続けて、軽く頭を下げた。
「はい、こちらこそ」
マキシに許可をもらって、礼真のことを頼まれて、薫の顔も笑顔になる。
その二人を見ていた礼真は、はぁ…と息をついてから、薫に向きなおった。
「あの、薫くん…そのありがとう、俺たちこんなに怪しいのに、突拍子もない話も、俺たちも信じてくれて」
真剣なのだろう、マキシとは違ってトーンを抑えた真剣な声、表情で礼真が言う。
「えっだって、友達だろ?」
薫からすれば、今までのやりとりで、そこだけは変わることはなかった。
その言葉に一瞬、礼真がなにかを堪えるようにきゅっと唇を噛んだ。それから、すぐにふわっと目を細めて嬉しそうに微笑むと、
「うん、ありがとう」
頷いた。礼真の笑顔は何度も見てはいたが、この顔は初めて見た。
ちょっと泣きそうで、ぱぁと明るくはないが、心からの笑み。この笑みを真似するは難しいな…と思いながら、薫は立ち上がった。今日は、少林寺拳法の道場に練習に行く日なのだ。
「じゃ、俺、今日、少林寺の日だからもう帰らないと。また来週ねー」
「うん、来週」
薫が言うと、礼真も答えて、お互いにバイバイと手を振り合う。
薫が店を出て行った。
薫を見送った礼真は、その姿が見えなくなると、笑みを消して、マキシを睨んで、
「マキシ!どういうつもりだ。薫くんに手伝ってもらうなんて。危ないだろ」
きつい口調でつめる。
「俺、なんて言った?『俺たちが困ったときは』って言ったよね。俺たちに困ることあると思う?」
ニヤと笑って、くしゃくしゃと礼真の頭を撫でてくるマキシを唖然と見つめて、礼真はこつんと肩をマキシの肩に当てて、
「マキシってたまにすごく悪いヤツになるよな」
さっきとは違って少し拗ねたように睨む。
「嫌い?」
「…いや、そういうところで悪くなるのは…好き」
顔を覗き込むように聞かれた礼真は、ふいっと横を向いてから、ぽつっと答えた。
めったに聞けないその言葉に、マキシが声を上げる。
「ま?もう一回言ってーもう一回ー」
「言わない」
「レイマ、お願いー」
「言わないよ」
自分が去ったあとにそんな会話がされているとは知らない薫は、月曜日からどんなことになるのだろうと、悠司のことも心配だったが、それにも増してなにかが始まるような、そんな思いに、ワクワクしながら家路についた。
薫は礼真の正体を本人に直接聞こうと決めていた。
薫は礼真が昇降口から出てくるのを待って、自転車を押しながらあとをつける。
幸い、打った頭にこぶができることもなく、ひねった足もたいしたことはなく、あれから薫はすぐに教室に戻った。
その後も隣の席の礼真をじっと観察していたが、見れば見るほど、礼真との記憶は悠司の教育実習が始まった日からしかないという結論になる。
佐藤礼真というクラスメートはいない。薫の頭も心もはっきりそれを認識してきた。
他のクラスメートたちも、先生たちも礼真の存在に何も疑問も持っていない。
それでも、自分がおかしくなったとは思わなかった。
薫は子どもの頃、不思議なものを見たり、感じたりしていた。
母はその薫を決して否定することはなかった。
しっかり薫の話を聞いて、
「ママには見えないけど、そういう世界があるんだねー。世界が広いのはいいことだよ。でも、怖いなって思ったら近づかないようにね」
と、言ってくれた。
薫は、前を歩く礼真の後ろ姿を見つめた。
「うん、怖くない」
薫は自分の感覚を信じることにした。
礼真の正体はわからないが、ここ数日、昼休みを過ごし、おしゃべりをして、授業中にわからないところを教えあったことは嘘じゃない。
薫は、自分に言い聞かせるように
「大丈夫だ」
と呟くと、
「礼真くん!」
と声をかけた。
礼真が立ち止まってふり向くと、
「薫くん、なに?もう帰ったと思ってたよ」
ふわっと表情を和らげた。
その顔に、ちょっと決意がぐらつきそうになるが、
「あのさ、礼真くん、ちょっと話があるんだけどいいかな?」
と、自分が揺るがないためにも少し強めに声を出した。
「話?」
礼真はいつもと少し違う薫を感じたのか、ちょっと目を見開いて、首を傾げた。
あっかわいい…その仕草を、心の中の『礼真の仕草を真似る』メモにしっかり刻んで、いや、今はそんなことやってる場合じゃなかった、と思い直す。
「あのさ、礼真くんて、何者?うちの学校の生徒じゃないよね?」
薫がぐっと自転車のハンドルを握って言った。そうしていないと、手も声も震えそうだったからだ。
礼真は薫の目にしっかり視線を合わせて、心配そうに眉をひそめた。
「薫くん、本当は頭けっこう激しく打ったんじゃないの?大丈夫?」
言いながら、薫の目の奥まで覗くように見つめられる。
と、なにかがふわっと被さってきて、頭の中ぐるっとかき回されているような感覚がして、薫はフルフルと首を振った。すぐに頭がすっきりしてくる。
その感覚を不思議に思いながら、薫は保健室から戻ったあとに考えたことを口にする。
「俺の礼真くんとの記憶は悠兄ちゃんの教育実習の初日のホームルームからしかない。礼真くんは、居眠りして、ぼんやりしてた俺に、『初めまして佐藤礼真です』って冗談言ったけど、あれ冗談じゃなくて、本当に初めましてだったんだよね?」
薫の言葉に最初、心配そうだった礼真の表情が少しづつ変わってくるのがわかった。
驚きからだんだんと困惑、諦め、戸惑いが混ざった表情になって、最後ははぁと深くため息をついた。
そして、なにもない、誰もいない自分の右側に顔をむけると、優しく微笑んで、
「大丈夫だよ、薫くんが強かっただけだから、気にしないで」
と声をかけた。
なにをしているのかと、礼真が見ている場所をつられて見ていると一瞬、ふわりと髪の長い女が浮いているのが見えた。
「ひっ!」
典型的な幽霊の姿に薫が息を飲んで後ずさった。
女の霊らしきものは、もう一度、礼真から
「大丈夫だから」
と、優しく言われると頭を下げて消えた。
それを確認した礼真が薫に向きなおる。
礼真の表情はいつも薫に見せるものより、無表情になっていて、
「どうしよう、マキシ」
と、誰か声をかける。その声も表情と同じように、トーンが低く平坦だった。
「どうしようかなー」
礼真への返事は薫のすぐ後ろから返ってきた。真後ろから聞いたことのない声がして薫はふり向いた。気配をまったく感じなかった。
「あっ」
そこには昨日、礼真の鞄を持ってやっていた金髪の男が立っていた。
男は薫の肩に手を置くと、少し屈んで、
「ちょっとお話しようか?薫ちゃん」
と、笑みを見せたが、緑色のその目の奥が笑ってない。
20代前半に見えるが、その目を見ていると、この男がどれほどの時間を生きてきたのかわからなくなる。
圧。
漫画とか、ドラマとかで、よく聞くそれは本当にあるんだと、肌で感じた。
「じゃちょっとつきあってねー」
礼真にマキシと呼ばれた金髪は軽い口調で言いながらも、目つきはそのままで、
「自転車、俺が押していってあげる」
と、薫からすっとハンドルを取って歩き出した。
逃げる気はなかったが、逃げたくなっても逃げられなくなった…と思いながら、薫はマキシと、礼真に続いた。
「いらっしゃいませー何名様ですか?あちらのお席へどうぞー」
連れて来られた場所に薫は拍子抜けしていた。
そこは、薫たちがよく利用する高校の近くのファミリーレストランだった。
マキシの雰囲気から、どこか怪しげなところに連れて行かれるかと思っていたのだ。
3人で店員に言われた4人掛けの席につく。
薫は1人。テーブルをはさんで、窓側にマキシ、その横に礼真が座る。
席につくとすぐに薫にメニューを渡された。
「好きなもの頼んでいーよ!遠慮しないでいいからね!経費だから」
マキシは言いながら、自分もメニューを広げている。
「え…えと、じゃあ、ドリンクバーで」
いくら行きつけのファミレスとはいえ、この状況ではなにも喉を通りそうにない。
「遠慮しないでいいんだよー、期間限定パフェあるよ。フルーツいっぱいのプリンアラモードもきれいだよ!」
マキシは楽しそうにメニューのデザートのページを広げて、薫に見せる。
さっき感じた得体の知れなさは、きれいに消えて、目の前にいるのは、ちょっとこの辺にはいないレベルのイケメンだが、人当たりの良さそうな軽いお兄さんだ。
「え、あ…」
その落差と、さっきとは違う圧に薫が戸惑っていると、
「マキシ、薫くん甘いのあんまり好きじゃないから、ね?」
礼真が助けるように横から口を挟んで、薫の方に向けられていたメニューをマキシへ戻した。
「うん…すみません」
せっかく勧めてもらったのに…と首を竦めて謝りながら、なにげない休み時間の会話を礼真が覚えていてくれたことを嬉しく思っていた。
「ま?礼真、高校生のときパフェ食べてたじゃん」
マキシが少し目を丸くして礼真の方を見ると、
「マキシ、高校生が全員パフェを食べるわけじゃないの」
すぐに礼真が答える。
「あーそうなんだー」
冗談なのか、本気なのか、なに基準なのかわからないような変なやりとりは、二人の間では成立しているらしい。
ついていけない薫がただ見ていると、
「薫くん、気にしないで良いから。マキシ、ドリンクバー頼んで」
礼真が言って立ち上がった。薫へは優しく、マキシへは少し雑な言い方だ。
「はーい」
多分、マキシへの言い方がいつもの礼真なのだろう、言われたマキシは注文用のタブレットを操作して、ドリンクバーを3つ注文した。
「薫くん、取りに行こうか?」
「うん」
礼真に言われて少しほっとしながら、薫は礼真と席を離れた。
二人でドリンクバーの前に並ぶ。
礼真は迷うことなく、カップを2つ取って1つにホットコーヒーを入れ、もう1つにアールグレイと書かれたティーパックを入れてお湯を注いだ。
薫はコップに氷を入れて、ジュースの方でコーラを入れた。
「温かいのなんだ」
友達と一緒にファミレスに来て、ドリンクバーでホットのものを選ぶのを見たことがなかった薫は思わず言っていた。薫の友達の男子高校生は冬でも冷たいジュースで、だんだんジュースを混ぜて自分だけの味を追求したりする。
「うん、じゃないと香りしないから」
礼真はそんな男子たちとは違って、静かにそう言うとスンとカップから、立ち上がっている香りをかいで少し嬉しそうだ。
「へぇー?」
ちょっと大人っぽく見えたその仕草に、薫は自分のコーラを見下ろして、次は温かいものにしてみようか…と思いながら礼真と席に戻る。
礼真はコーヒーをマキシの前に置いて、紅茶は自分席において、座った。
マキシはカップを持ち上げて、顔に近づけて、その匂いを味わうようにすぅーと息を吸っている。カップに口はつけない。
「ありがと、礼真が入れてくれると香りが違うよねー」
「ドリンクバーは誰がいれても同じ」
マキシが礼真の方に少し首を傾けて嬉しそうにいうと、礼真がペシっと叩くように返す。
ちょっとしたボケとツッコミのやりとりのようだ。
が、このままでは話が進まないのではないかと薫は心配になってきて、
「あ…の、それで、お話は?」
と、マキシに言った。
「ま?」
「あ!」
マキシと礼真はその言葉に、同じように目を丸くした。忘れていたらしい。
「あーごめん、ごめん、そうだったー。まずは自己紹介だねーこういうものです。俺はマキシです。」
マキシは言うと、名刺を差し出した。
名刺にマキシの名前はなく、会社そのものの名刺のようなカードだった。
『どんなものからでもあなたを守ります。ミロクセキュリティ』という文字が真ん中にあって、その下に電話番号とメールアドレスとQRコードがある。
裏返すと、「身辺警護、企業向けサイバーセキュリティ、特殊清掃後の特殊清掃」など請け負うことができる業務が書かれている。
(特殊清掃後の特殊清掃?)
なにこれ?と思って見ていると、
「薫くんが言ったとおり、俺は生徒じゃない。」
礼真が抑えめの口調ではっきり言った。
薫はカードから顔を上げて礼真を見ると、礼真は少しだけ、視線を下げた。
やっぱりそうだったんだ…確信はしていたが、本人の口から聞くと、やはりショックだった。
薫が黙っていると、マキシが続ける。
「俺たちはある人の警護を頼まれて、学校に潜入してたの。あっ実際に潜入してるのはレイマだけど、俺は指示出したり、礼真の周辺の音も聞いて、モニターして解析したり。だから、薫ちゃんが礼真と仲良くしてくれたのも知ってる。もーさー友だちできなかったらどうしようとか、めちゃくちゃ心配してたのーしたらさ。」
「マキシ…今のその話は」
説明するマキシの話の流れが変わっていて、礼真が声を上げる。
「薫ちゃんみたいなやさしくて、いい子が友だちになってくれて、本当に良かったーって。」
「マキシ!いいから!」
「レイマもさー帰ってきたら警備対象の報告じゃなくて薫ちゃんの話ばっかりで。」
「マキシ!仕事の話しろ!」
「ま?仕事の話じゃん」
本当に礼真を心配してたのがわかるマキシと、焦って止めようとしている礼真の様子は、見ているとこの二人はいつもこうなんだと感じて、微笑ましくて、薫は思わず笑いだしていた。
「薫くん?」
「あ、ごめん、なんか面白くて。礼真くん、俺のこと家でも話してくれてるの?」
笑いながら薫が言うと、礼真の頬に赤みがさしてきて、むぅと眉根が寄る。
「それは、その報告もあったし。マキシが聞いてくるから」
もごもご言っているが、かなり恥ずかしいらしい。
薫も、家族に家で友達の話ばかりしていることを、その友達本人に、目の前でバラされたらかなり恥ずかしいというのは理解できる。実際、薫の母はマキシと同じようにバラすタイプだ。
が、友達の立場だと、かなりうれしい。
「もう、それはいいから薫くんに説明」
礼真は怒ったようにマキシを言う。
マキシは特に気にすることなく、へらっとしたままで、
「ある人のボディーガードしてるって言ったけど、普通のボディーガードじゃなくて、怪異っていうか、霊とかそんなものから守るのが仕事なの」
「は?え?」
いきなり怪異とか霊とかの言葉が出てきて、薫はついていけないが、マキシの説明は続く。
「その人ってすごく見えるタイプの上に、霊と人の区別ができないの。で、霊って見られたり、話しかけられたりすると、『わーいっ認めてもらったー』ってなって、ちょっかいかけてくるのよ」
「ずっとついてきたり、憑依したり、連れていかれる」
マキシの軽い説明に、礼真が怖い補足をしてきて、薫はぞくっとしながらコーラを一口飲んだ。口の中が乾いていた。
「学校みたいな場所って人が多い分、怪異とかも溜まって来ちゃうから、その手のタイプの人はやばいの。一番危ない校内で守るためにどうしようかーってなって、レイマが高校生になって潜入することになったわけ」
ね、とマキシが、横にいる礼真を見る。礼真もこくこくと頷いている。
高校生になって…というマキシの言葉に、薫は礼真をじっと見つめた。その言葉をそのまま受け取ると、礼真は高校生ではないということなる。
「礼真くんは高校生じゃないってこと?何歳なんですか?」
「ま?」
「あー気になるのそこ?」
説明後の最初の質問がそれ?と、もっと他の質問が来ると思っていた二人は目を丸くして、礼真の方は苦笑いしている。
「いや、だって年上だったら、タメ口失礼だし。礼真くんって呼ぶのも…悪いかなって」
「ふっ…ははっ薫ちゃん、最高ー。礼真、よかったねーいい友達できたねー」
薫が真剣に考えて言うと、マキシが笑い出して、礼真の顔を覗き込んでいる。
「マキシ、その友達って言うの、薫くん迷惑に思うかもだから」
礼真は、マキシの言葉に顔をしかめて、俯く。
「えっ?礼真くん、俺と友達、迷惑?」
その礼真の言葉に薫が半分腰を浮かせた。
礼真と薫がほぼ同じような表情になっていて、横にいるマキシは「いい友達」と思いながら、こっそり笑っていた。
マキシにそんなことを思われているとは知らない礼真は、薫の悲しそうな顔を見て焦る。
「えっ違うっそっちじゃなくて、薫くんが迷惑ってこと。だって俺、高校生じゃないし、仕事とはいえみんな騙して生徒にふりしてたし、それに…怪しいし…」
「ぷっ…怪しいって自分で言うんだー。」
しょもっとなっている礼真に薫は思わず吹き出していた。やっぱりこの人かわいい、高校生とか関係なく絶対お手本にしようと思う。
「で、本当に何歳?」
改めて薫に聞かれた礼真はマキシと顔を見合わせた。
「何歳って…なに基準?」
「なに基準って…どこからってこと?薫ちゃんが言ってるのって、見た目とかでいいんじゃないの?」
「見た目はないだろ。だから、どこから数えるかで」
礼真とマキシが真剣な顔で言い合っている。
少しでも礼真のことを知ろうと思ってした質問は、二人にとってはかなり難しい質問だったらしい。
年齢が秘密というよりは、本当にわからないらしくまだ話し合ってる二人に、
「あの、そんなに難しい話なら、年齢はもういいです」
この人たちなんなんだ…面白いけど、話進まないなぁとちょっと思いながら、ストップをかけた。
「あっごめん、その、タメ口とか気にないから、むしろ今まで通り話してくれた方がうれしいから、それでお願いします」
薫にもういいと言われて、ほっとしたのか、それでも申し訳なさそうに礼真が頭を下げる。
「はは、礼真くんの方が丁寧語になってるよ。それより、二人が守ってる人って誰か聞いてもいい?」
タメ口で良いと言った方が丁寧語になっていて、下がっている眉が本当にかわいいと思いながらここまでの話で一番気になっていたことを聞いた。
「ま?」
「誰って…そうか、気になるよね。けどこれ言っていいヤツ?」
「うーん、どうだろう、ここまで話して言わないっていうのも」
「マキシ、所長に確認しろよ」
二人はまた顔を見合わせて言い合っていたが、最後の礼真の一言に、
「えーーーっ所長にー?!聞くのぉ嫌だー」
マキシが声を上げて、露骨に顔をしかめた。
「聞かないと俺たちで判断できないだろ」
「…そうだけど…聞くのかーそうかー。…嫌だけど、聞くかー」
マキシはスマホを取り出して、のろのろとタップをして耳に当てた。
嫌って二回言った。本当に嫌なんだ…と薫は思いながら、どこかに電話するんだろう…とマキシを見つめた。
相手が出たのか、マキシの姿勢がぴしっと真っすぐになった。
「マキシです。報告と相談が。はい。操作効きにくい子いたじゃないですか?レイマのお友達の薫ちゃん…その操作完全に解けちゃって、今そのいろいろ説明をしてるところで。は?ミス?いや、ミスというか薫ちゃんが予想外に強くて………対策…、あーはい、そうですね、ミスです。すみませんでした。」
今まで軽く緩い感じで話ていたマキシが少し早口になっていて、電話なのに頭まで下げている。
「誰?怖い人?」
薫は好奇心が抑えられずに、身を乗り出すようにして小声で、礼真に聞いた。
「俺たちの会社の所長。怖いのもあるけど、ちょっと面倒くさい」
会話を続けているマキシをちらっと見て、礼真も薫に顔を近づけて、同じ音量で答えて、最後はさらに小声で付け加えた。礼真も怖いと思っているのだろう。
「あーそうなんだ…なんか俺のせいで、マキシさん怒られてて…ごめんね」
マキシがただの軽そうなお兄さんではないことは、最初の圧でわかっている。そのマキシが恐れているのはどんな人なんだろうと、薫はまだ頭を下げているマキシに気の毒になってくる。
「いつものことだからいいよ。あっいつもミスしてるってことじゃないよ。マキシがしょーもないことでも所長に怒られてるのいつものことだから」
礼真はまたちらっとマキシを見て、なにを思い出したのかくくっと笑っている。
「それで、その薫ちゃんどこまで話をするかっていう…は?はい、はい、わかりました。ま?…はぁい、いつもの2カートンですねー買って帰ります。」
マキシの電話が終わった。明らかに消耗しているようで、ずるーと椅子にもたれかかっている。
「なんて?」
そのマキシを労うこともなく、礼真が聞く。
「現場においては臨機応変。好きにしろと。帰りにタバコ買って来いって」
はぁ…と息をついて、座りなおしたマキシが言うと、礼真も溜息をついて、やっぱりーと言ってから、
「俺たちの判断でいいなら、俺的にはむしろ薫くんには話した方がいいと思う。近い人だから」
薫に視線を向けた。マキシも薫を見る。
二人の視線をうけた薫は、礼真の言った「近い人」という言葉と、礼真が学校に来た時期を思い出してはっとした。
「近い人…ってもしかして、悠兄ちゃん?」
「すぐ名前出たー薫ちゃんも近い人って思ってるんだ。話早いわー。そうそう、先生がね」
薫が言うと、ぐったりしていたマキシがおっと目を輝かせて、身を乗り出してきた。
「?悠兄ちゃんが?」
マキシのいう「先生」という単語は、当然、教育実習をしている悠司のことだと思って聞き返せば、
「あっ違う違う、奥村先生…悠司先生の方じゃなくって、お父さんの弁護士の奥村先生から頼まれたんだよ。教育実習に集中させてあげたいからって」
礼真が補足するように言った。
「悠兄ちゃんのお父さん」
薫にとっては、隣の隣に住んでいたおじさんであり、悠司のお父さん。弁護士という職業があることは、この人から知った。
悠司の父は目つきが鋭くて怖そうだな容姿をしているが、話すと優しい人だとわかる。 それを思い出していると、
「そうそう、似てないよねー」
マキシがヘラっと言った。
その言葉と、さっき礼真の「悠司のお父さんは弁護士」という言葉で、薫の中で二人の話すことに嘘がないという材料が増えていく。
「マキシ今、それ関係ないから。悠司先生はすごく見える人なんだけど、自分の都合のいいように見えるものを変換しちゃうんだ。だから、霊でも怪異でも見えれば普通の人を相手するように対応するらしい。まぁ昨日も早速やってたけどね」
礼真がさらに説明を続ける。
「それって危ないって言ってましたよね」
薫の顔色が変わった。最初の二人の話では、そういう人間は、霊からずっとついてきたり、憑依したり、連れていかれると。
「そうだから、ボディガード」
マキシは頷きながら、カップを持ち上げて、飲むことなくすぐに置いた。
「そうなんだ……」
その動作も気にはなったが、それより悠司だった。薫の頭の中はぐるぐるしていた。
近所の憧れのお兄さん、優しくて、楽しくて、薫が困ったときにはいつの間にか傍にいて、我慢しがちな薫に無理はしなくていいと、言ってくれる大好きな人。
その人が、いつもそんな危険にさらされているなんて知らなかった。いつも守ってくれていた悠司を今度は自分が助けたいと薫は思った。
自分にできることなどないかもしれないけれど、せめて、教育実習で悠司が学校にいる間は…。
薫はぐっと手を握って、顔を上げると、真っすぐにマキシと礼真を見据えた。
「あのっ俺も悠兄ちゃんを守るの手伝わせてください。俺、こう見えて少林寺拳法3段。うちの道場って組み手もけっこうやるから普通の人よりは、役に立てると思う…あっ霊相手にはわかんないけど」
しっかりと決意を込めて言ったが、最後の方はちょっと締まらない感じになってしまった。
マキシと礼真は同じように目を丸くして薫の言葉を聞いていたが、すぐに口を開いたのはマキシだった。
「ありがとう。じゃあ、俺たちが困ったときに手を貸してもらおうかな」
「マキシっ」
にっこり笑って言うマキシに、礼真が鋭く制するように名前を呼ぶが、
「いいから、いいから。じゃあ、薫ちゃん教育実習が終わるまでは、レイマを今までどおりクラスメートってことでお願いします」
マキシは気にすることなく続けて、軽く頭を下げた。
「はい、こちらこそ」
マキシに許可をもらって、礼真のことを頼まれて、薫の顔も笑顔になる。
その二人を見ていた礼真は、はぁ…と息をついてから、薫に向きなおった。
「あの、薫くん…そのありがとう、俺たちこんなに怪しいのに、突拍子もない話も、俺たちも信じてくれて」
真剣なのだろう、マキシとは違ってトーンを抑えた真剣な声、表情で礼真が言う。
「えっだって、友達だろ?」
薫からすれば、今までのやりとりで、そこだけは変わることはなかった。
その言葉に一瞬、礼真がなにかを堪えるようにきゅっと唇を噛んだ。それから、すぐにふわっと目を細めて嬉しそうに微笑むと、
「うん、ありがとう」
頷いた。礼真の笑顔は何度も見てはいたが、この顔は初めて見た。
ちょっと泣きそうで、ぱぁと明るくはないが、心からの笑み。この笑みを真似するは難しいな…と思いながら、薫は立ち上がった。今日は、少林寺拳法の道場に練習に行く日なのだ。
「じゃ、俺、今日、少林寺の日だからもう帰らないと。また来週ねー」
「うん、来週」
薫が言うと、礼真も答えて、お互いにバイバイと手を振り合う。
薫が店を出て行った。
薫を見送った礼真は、その姿が見えなくなると、笑みを消して、マキシを睨んで、
「マキシ!どういうつもりだ。薫くんに手伝ってもらうなんて。危ないだろ」
きつい口調でつめる。
「俺、なんて言った?『俺たちが困ったときは』って言ったよね。俺たちに困ることあると思う?」
ニヤと笑って、くしゃくしゃと礼真の頭を撫でてくるマキシを唖然と見つめて、礼真はこつんと肩をマキシの肩に当てて、
「マキシってたまにすごく悪いヤツになるよな」
さっきとは違って少し拗ねたように睨む。
「嫌い?」
「…いや、そういうところで悪くなるのは…好き」
顔を覗き込むように聞かれた礼真は、ふいっと横を向いてから、ぽつっと答えた。
めったに聞けないその言葉に、マキシが声を上げる。
「ま?もう一回言ってーもう一回ー」
「言わない」
「レイマ、お願いー」
「言わないよ」
自分が去ったあとにそんな会話がされているとは知らない薫は、月曜日からどんなことになるのだろうと、悠司のことも心配だったが、それにも増してなにかが始まるような、そんな思いに、ワクワクしながら家路についた。



