Not only かわいい but also…


 昼休み、礼真と連れ立って教室を出たところで、また女子に囲まれている悠司がいた。
「先生ー一緒に食堂いこうー」
「食堂美味しいよー」
女子たちがきゃいきゃいと話しかけるのを、
「また、今度ね」
「知ってる、俺卒業生よー」
と、悠司がひとりひとりに笑顔でこたえている。
 その姿に、薫は、昔から悠司の回りには年齢問わず人が集まっていて、相手が小さい子どもでもちゃんと丁寧に応えてくれたことを思い出す。
 薫も悠司が相手をしてくれるのが嬉しくて、悠司の姿を見つけると、用がなくてもくっつきに行っていた。
 悠司の周りに集まっている女子と悠司を改めて見ると、話しかけたくなるよなぁと納得してしまう。
 少し悠司のことを眺めていると、女子たちにぐいぐい来られているその顔が少しだけ困っているように見えた。
 悠司のそういう顔をするのは珍しい。
 助けた方がいいかな…声かけてみるか…勘違いならそれでもいい…と、薫は思いながら悠司と女子に近づいた。
「悠兄ちゃ…じゃなかった奥村先生。」
声をかけると、悠司と女子たちが一斉に薫を見た。
 薫を見た悠司の目が見開かれて、次の瞬間に、その目がぱぁと光って、嬉しさが前面に出た笑顔が浮かぶ。
 その笑顔に笑顔で返して、ちょっとだけ頷いて見せてから、
「昼飯は俺と食べる約束じゃなかったっけ?」
と言った。
 その言葉に、悠司が少し驚いているように少し眉を上げてから、薫に頷いてきた。薫のとっさの嘘の意図をわかってくれたらしい。
「俺と奥村先生、幼なじみでさ、久しぶりの再会なんだよ。休み時間はずっと女子に独占されてて全然話せてないから、昼休みは、譲ってよ。」
薫は言うと女子たちに、ごめんね、とにっこり笑って見せた。
 ひそかにというか…本人にも聞こえているのだが、王子さまと言われている薫の笑顔に、女子たちの頬がぱあと染まる。
「それならしょうがないなぁ」
「九条くんなら譲ってあげるー」
と、女子たちはまたきゃいきゃいする。
「悠兄ちゃん、行こう!」
薫は悠司の手を取って歩き出した。
「迷惑だった?」 
歩きながら薫が聞くと、悠司は笑って、
「いや、助かった。って、薫、でかくなったなー」
と、上から下まで視線を動かす。
「6年ぶりか?あの、小さくてかわいかった薫がこんなにイケメンのお兄さんになってるなんてなー」
悠司はさらに薫を眺めている。
 その視線にくすぐったいような気分になりながら、
「悠兄ちゃんのお昼、おばさんのキャラ弁だろ?」
と言ってやると、わかりやすく悠司が動揺した。
「なっなんでそれを」
「何日か前にスーパーで母さんがおばさんに会ったんだって。おばさん久しぶりな悠兄ちゃんの弁当作るって気合い入ってたって。」
薫が言うと、悠司は落ち着かなく髪をかき上げている。
「おばさん、気合い入ったときにかわいいキャラ弁にするんだったよねー。職員室で見つからないように、こっそり食べなよ。俺は礼真くんと約束してるから」
悠司が中学のとき母の作る気合いのキャラ弁が恥ずかしいと言っていたのを思い出しながら言って、じゃ!と手を振る。
 そして、少し離れて後ろからついて来ていた礼真に声をかけてその場を離れた。
 そのまま、薫は礼真を連れ立って、屋上へ続く階段を上って行く。
「いいの?」
礼真がぽつっと聞く。
「なにが?」
「いや、奥村先生と話したかったんじゃないの?俺との約束は気にしなくていーよ」
礼真の控えめな言葉に、
「話はしたいけどさ、今日初日だし、ゆっくり話できるチャンスはいくらでもあるよ。それに、昼ごはんくらいゆっくり食べさせてあげたいじゃん…キャラ弁」
穏やかに答えてから、最後のところでニヤリといたずらっぽく笑った。
 礼真はちょっと目を見開いてから、ぷっ吹き出すと、
「どんなキャラ弁かめちゃくちゃ気になる」
と、笑った。
「それなー!けどおばさんのキャラ弁ガチ凄いから!」
「へぇー見てみてぇー」
二人で笑いながら屋上へ出た。
「今日、貸切り!」
薫は嬉しそうに言いながら、フェンスを背もたれにして座ると、持っていたビニール袋からパンとコーヒー牛乳を取り出した。
 礼真も立ったままフェンスにもたれ、薫がパンの袋を開けているのをぼんやり眺めていた。
 カレーパンの袋を開けて、1口食べた薫は、礼真がなにも持っていないことに気がつく。
「礼真くん、お昼は?もしかして、忘れた?俺のパンを食べる?」
薫がパンが入っている袋を差し出すと礼真は、少し困ったように笑って、
「ありがとう。けど、ごめん。俺食えないからさ。誘われたとき言えばよかったな、ごめん」
申し訳なさそうに言う。
 食べられないとは?という礼真の言葉が、薫の頭の中で1周する。

「大変なのはさー外見じゃわからないことかなー。ほら、怪我してギブスとかしてる人ってわかりやすいから、電車で席をゆずってあげたりできるけど、中身は見えないからねーむずいよ、内緒にしておきたい人もいるし」
いつか話した看護師の母の言葉がよみがえってきた。
「そういうときはさーなにもできないけど、察してあげることはできるからさ」 

(察する…)
薫は礼真の顔を見つめてから、差し出したパンをビニール袋に戻した。
「そっか、俺の方こそごめん。なんも考えないで昼飯誘っちゃって…」
細かく聞いてこようとせず、さらに気を使うように言う薫に、礼真はちょっとほっとした表情をゆるめて、
「いーよ、昼休みって飯食うだけの時間じゃないし」
と言いながら、ポケットから電子タバコを取り出してくわえた。
 あまりに自然な動きだったせいで、流しかけた薫だったが、すぐに立ち上がって礼真のまえに立った。
「それ!タバコだろ!?」
怒っている薫に、一瞬、しまったというような顔をした礼真は軽く自分の耳の辺りに触れて、
「あーこれ、ニコチン入ってないから一応セーフ。これで食べられないこと、満たしてるから」
礼真が電子タバコを見せながら言う。
「それって、ちゃんと了承してもらってる?」
「は?」
険しい顔をしたままの薫にそんなことを聞かれて、礼真は意味がわからず聞き返した。
「だから、食事制限してるなら、主治医の先生とか、いるだろ?その先生はそれ吸ってるの知ってる?」
礼真は唖然として、薫の顔を見つめた。
「主治医…」
その言葉から薫が怒っているのは、礼真が未成年でタバコを吸っているってことではなく、何らかの体の不調で食事制限をしているらしい礼真が、体に良くない喫煙をしているということを心配しているからだと気付く。 
 礼真は少しへにゃと眉を下げて、
「主治医は…うん、大丈夫。ストレスもよくないからって。」 
はっきりと答えて、
「ごめん、驚かせたよな。薫くんの前じゃ吸わないから」
ポケットに電子タバコをしまって頭を下げた。
 薫はきつくなっていた目を緩めると、またフェンスを背に座って、カレーパンの続きにかぶりついた。
「それならいいよ。けど、他の人に見られたらいろいろうるさいだろうから吸うときはさ、俺と二人の時にしたらいいよ。なんかあっても二人ならどうにかできるだろうし」
と、薫は二つ目のパンを取り出して、かぶりついた。
 大きな一口。コロッケパンの3分の1が口の中に消えた。
 そんな薫をじっと見つめていた礼真は、自分の耳の辺りに触れてから、
「…うん…そうだね、そうする。ありがとう」
少しはにかむように微笑むと、ゆっくり薫の横に腰を下ろした。
「礼真くん、もう吸わなくていいの?」
もぐもぐしながら薫が聞くと、
「いや、薫くんの食べっぷり見てるだけで腹いっぱいになる」
今度はしっかり笑って礼真が言う。
 薫はあーと口を開けながら、
「…それって一口がでかいって言いたいんだろ。けどさ、悠兄ちゃんなんかもっとでかくてさ、こんなパンだったら一口だから」
「えーすげぇ」
「だろ?」
薫だけがパンを食べていることなど、どちらも気にすることなく、そんな会話が二人の間で続いた。



 悠司はカバンから弁当を取り出すと、フリースペースになっている窓際の端の席に座った。
 弁当箱を包んでいるランチクロスの結び目を解いていく。
 高校生時代に悠司が使っていたもので、懐かしい気持ちになる。
 大学で家を出ている悠司が、実習の間は実家に帰ってきて、さらには母校の高校に通うということに悠司の母のテンションは上がっていた。
「ありがたいんだけどさ」
働きながらも、いつもより早起きをして弁当を作ってくれた母には本当に感謝している。
 感謝しているのだが。
 恐る恐る弁当を開けた悠司は、はぁーとため息をついた。
 見事なクオリティのち○かわと、ハチ○レがかわいく並んでいた。
「俺、大学生なんですけどー」
悠司はがっくりしつつ、ち○かわから目をそらして、窓の外を見た。
 気持ちいい青空を見ていると、向かいの校舎の屋上のフェンス際に男子の姿をみつけた。
「薫?」
さすがに顔まではわからないが、シルエットや立ち姿でわかる。
 6年ぶりに再会した近所の弟分。
 あの頃は小さくて、抱きしめたら薫の頭は悠司の胸にも届かないくらいだった。
 それに、顔も本当にかわいらしくて、いつも女の子に間違われて、
「僕、男です」
と、むくれながら訂正していた姿を思い出す。
 それが、6年ぶりに再会してみれば、驚くべき成長ぶりである。
 母から薫が悠司の母校であるこの高校に通っているということは、家に戻った日に聞いていて、秘かに会うのを楽しみにしていた。最後に会ったのは小学5年生で、今は高校2年生になっているとは、わかっていたが、教室で薫の姿を見たときは、うっかり大きな声が出そうになっていた。
 そこは、さすがに心の中で叫ぶに留めたが。
 けれど、そのくらいの衝撃だった。
 顔はすぐにわかった。
 整った顔そのままだったからだ。けれど女の子みたいにかわいいという要素の良い部分だけをベースにして、男の子らしく、きれいに、さわやかに、大きくなっていた。
 それに、さっきも…と、女子生徒に囲まれていたところをスムーズに助けてくれたことを思い出す。
 女子を嫌な気分にさせず、強引でもなく、それでいて女子たちが譲ってくれる言葉選びに、感心していた。
 そして、さっさと友達と去っていく後姿に、悠司はちょっと寂しさを感じていた。
「昔は、悠兄ちゃん、悠兄ちゃんってずっとついてきて回ってたのになー」
ふぅと軽くため息をついて、担当クラスの席順に作られた名簿を引き寄せる。
 薫と一緒にいた生徒の名前は…と「九条薫」の左隣の名前を見る。
「佐藤礼真か…仲良いんだろうな」
もう一度屋上を見上げると、薫の隣に座っている生徒がいて、礼真だろうと想像はつく。
 なんとなく、モヤとしながら箸をち○かわに刺した。
「あらーかわいい!ち○かわお弁当!」
いつの間にか国語の女性教師清川が悠司の弁当を覗き込んでいた。
「見てー奥村くんのお弁当すごいよー」
「あっ先生やめてください…」
清川は悠司が在校中に教わったことがある教師で当時からサバサバしていて、遠慮がない。
「えーだってすごいクオリティじゃない!」
清川が言っていると、職員室にいた他の教師たちも集まってきた。
「お!すごい!」
「これは食べられないなー」
「かわいー!」
「いや、食べますよ、俺の昼飯っすよ」
このままでは食べることなく昼休みが終わる!と悠司はがばーっとち○かわ部分を全部箸で持ち上げて、一口で口に入れた。
「あー!」
という悲鳴は無視することにする。
 悠司は水筒のお茶を飲みながら、母にキャラ弁禁止をどう伝えようか真剣に考えていた。



「あー疲れたって疲れてることあんまりしてないんだけど」
悠司は放課後の廊下を伸びをしながら歩いていた。
 悠司がやることは、担当教師の山方の授業を見学することと、実習の日誌を書くこと。始まったばかりの教育実習はとにかく見学ばかりで、それが疲れる。
「体育祭の練習なんか見るより、やるもんだよなー」
今日は月末にある体育祭の練習の見学をしていた。見学しつつ用具出しの手伝いをさせられた。
 他の実習生たちもいて、「これは絶対、俺たちは雑用要員だな」と密かに言い合った。
 ぼやきながら、歩いていると旧校舎の続く廊下のところまで来ていた。
 旧校舎は今はほとんど使われていない。暗くてひんやりしていて、悠司は在学時代から近寄らないようにしていた。
 そんな旧校舎に続く廊下の横にあるトイレの前で、肩までのボブの髪に、大きなリボンをひとつつけた女子生徒が一人でぽつんと立っているのを見つけた。
 アクセサリーには比較的寛容な校風なので、ここの女子生徒は頭にいろいろなものをつけている。悠司にはよくわからないが、今日も休み時間に悠司を囲んだ女子生徒たちもそうだった。
 俺たちの頃も女子はなんか頭につけてたよな…自分の在学時代を思い出しながら、悠司はゆっくりと女子生徒に近づいた。
 生徒のほとんどはもう下校している時間である。
「まだ帰らないの?誰か待ってる?」
軽い調子で声をかけた。
 女子生徒は一瞬びくっとしてから、悠司の方を見た。振り返った顔は、現役アイドルと言われても信じてしまいそうなほど整っていた。
「あーもうすぐ下校時間だからね。なるべく早く帰るように」
「あっの…あなたは…」
ちょっと先生らしく言ってみたが、女子生徒は少し首を傾げた。悠司たちを紹介した昨日の朝の学校集会に出ていなかったらしい。
「あっ?あー俺、教育実習に来てるの、奥村悠司って言います。先生っぽくないだろうけど、実習の間は『先生』って呼んでね。えっと君は…」
「えっ…あたし?…花凜ニャンです!」
悠司が自己紹介をすると、最初は警戒しているような表情だった女子生徒はだんだんと笑顔になって、最後はアイドルの自己紹介のように自分の名前を言って、にっこり笑う。
「花凜ニャン…苗字は?」
自分の名前に「ニャン」つけるのか、いろんな生徒がいるよな…と思いながら、あえてそこには突っ込まないことにして、自分が呼ぶときに必要な苗字を聞く。
 途端に花凜はきょろきょろして、女子トイレをじっと見つめてから、
「みょ…苗字…御手洗…そうっ御手洗ですっ!」
と、名乗った。
「御手洗さんね、早く帰るんだよーじゃ、またね」
悠司は頭の中のメモにその名前をしっかり記入して、ひらひらーと手を振ってその場を離れた。悠司たち実習生もそろそろ帰る時間なのだ。
 花凜は悠司の後ろ姿を、うっとりととろけるような表情で見つめて、
「また…ね…って…また会いたいって…」
と、呟いた。


「はぁ…なるほど…」
礼真は小さく呟いた。
 廊下の曲がり角に身を潜めて、悠司と花凜のやりとりを見ていたのだ。
「うん…あれは、たしかに俺たちが必要だよ」
誰かと話しているようにまた呟く。
 もう一度、礼真は角から少し身を乗り出して、女子トイレの前を見た。
 まだ花凜が立っている。
 礼真は溜息をつくと、静かな動きで足音もさせず階段を下りた。
 階段を下りたところで前からやってきた薫に声をかけられた。
「礼真くん!」
「薫くん…まだ残ってたんだ」
礼真が言うと、
「体育祭の実行委員だからさー」
薫が「Say!嶺!魂!体育祭実行委員会」と、炎をモチーフにした文字が躍る表紙のホッチキス止めの冊子をひらひらさせる。
「あっそっか、大変だね」
「まぁ好きだからねー礼真くんも今から帰る?」
「帰るよ」
話しながら二人は連れだって、教室まで戻り鞄を持って、昇降口へ向かう。
 上靴からそれぞれスニーカーに履き替えながら、
「そういえば、礼真くんって何通学?俺はチャリ通」
「俺はちょっと遠いから…基本バスと電車」
「あーそうなんだーじゃあ、また明日ー」
「おーまた明日ー」
お互いに手を振り合って、薫は自転車置き場の方へ、礼真は裏門の方へと別れた。
 自転車に乗った薫が裏門から出ると、礼真が歩いている姿があった。
 礼真は一人ではなかった。
 薫は思わず自転車を止めてその後ろ姿を見つめた。
 礼真の隣には礼真より背が高い、モデルのような金髪の男が歩いていて、流れる動きで礼真の鞄を取って自分の肩に掛けた。
 学校にいるときより礼真の表情が柔らかくなっていて、金髪の男の方を見てなにか話している。
 金髪の方も礼真を優し気に見つめて、礼真がなにか言うとその度にうんうんと頷いている。
 歩いていく二人の肩が触れたり、ぶつかったり。
 あまりにも自然な距離感に薫は、ぼぉ…とその後ろ姿を見送った。