Not only かわいい but also…

「Say!嶺!魂!」と炎をモチーフにした派手な色で描かれた美術部員たちの力作の看板が掲げられている正門を悠司はくぐった。
 今日は体育祭だ。
 教育実習が終わって1週間と少し経っていた。
 あのとんでもない恐ろしい出来事のあと、薫を取り戻して、怪異たちに囲まれて、気を失ってしまった悠司が目を覚ますと、保健室のベッドの上だった。
 横を見ると隣のベッドに薫が眠っていた。
 慌てて起きて薫のそばに行って、額に触れるとやはり熱い。
「魂を無理矢理変えられそうになったから体の方も消耗しているからー」
というマキシの言葉を思い出して改めて、あれが夢ではなかったと実感する。
 眠っている薫の髪をすくように撫でていた悠司は薫の耳を見て動きを止めた。
 礼真から借りたと言っていたイヤーカフがなくなっていた。
 その後、眠っている薫を保健医に任せて、教室に戻ると、ホームルームは終わっていて、生徒たちは帰り支度をしていた。
 その中に、どれだけ探しても礼真の姿はなく、それどころか誰に聞いても『佐藤礼真』という生徒のことを知る者はなかった。
 そのことを目を覚ました薫に話すと、薫はしばらく寂しそうに落ち込んでいた。スマホに入っていた「マキシホットライン」というアプリも消えていたらしい。
 あまり、薫が寂しそうにしているので、礼真とマキシにボディガードを依頼した父に、二人のことを聞いてみたが、
「会えるときには、会える」
となんかいい感じ風に言われて、それ以上はなにも聞き出せなかった。
(クソおやじ)
何度聞いても変わらない答えしか返ってこなかった昨日の夜の会話を思い出して、悠司はため息をついた。
 礼真の近況が聞ければ、今日、薫を喜ばせることができると、思ったのに悠司はため息をつく。
 悠司は、ゆっくりとグラウンドに向けて歩く。
 グラウンドに近づくにつれて、わーと、賑やかな歓声が聞こえてくる。
「あー奥村先生だー!」
「わー先生ー!見に来てくれたのー?」
悠司を目ざとくみつけた女子生徒たちに囲まれてしまう。
「もう、先生じゃねーから、先輩な」
悠司にとって、今日はそこが重要なのだ。ここで笑いながらもしっかり、否定しておく。
 女子生徒たちは、
「えーでもさー私らには先生だよ!」
「ねー!」
きゃきゃしながら言う。
 悠司は笑いながら、2週間だけだったのに、この子たちには俺は先生だったんだなと、実感する。
 最後の授業、頑張ってよかったなと噛みしめた。
「あっそろそろリレーだよー」
「先生!行こう!」
女子生徒たちに引っ張られる。
 生徒席には入ることはできないので、女子生徒たちとは別れて、保護者席の隅っこでみることにする。
 見ると、グラウンドの中に薫の姿があった。
 あのあと、薫は一日熱を出して寝込んでいたが次の日には回復して、昨日、連絡をとったときはすっかりいつも通りだった。
 リレーに出る生徒たちが並ぶ中で、青いハチマキを巻いて、すっと立つ薫の姿は、悠司の目からは際立ってみえた。
 細すぎないがすらっと均整のとれた体。
 サラサラの茶色っぽい髪。
 柔らかな印象の整った顔。
 女子生徒たちが、イケメン。かっこいい。王子さまと騒ぐのを納得するしかない姿だ。
 けれど、その王子さまが悠司と目が会うと、たまらなくかわいい笑顔を見せてくれる。
 それを知っているのは、自分だけだと、悠司は思っている。
 グラウンドではリレーがはじまっていた。
 1年から3年が赤、白、青の3つのチームに分かれて競われる体育祭。
 大量得点がはいるチーム対抗リレーは1番盛り上がる。
 薫は、3年のアンカーの前に走るらしく、まだ、グラウンドの中で出番を待っている。
 赤、白、青それぞれから2人、計6人が出ているリレー。
 薫のチームは、二人目の走者の時点で3位だった。
 そのまま、順位は変わりそうになかった。が、薫のチームの四人目がバトンを受け損なって落としてしまった。
 わぁーと悲鳴ような声が青組から上がる。
 四人目は落として転がったバトンを必死で拾って走りだしたが、最下位と5位との差は大きく開いていた。
 悠司は息をつめて、スタートラインに立った薫を見つめた。
 他の走者がバトンを受け取って走り出す中、まだ薫のチームの走者はこない。1位と半周差が付いたところで、薫にバトンが渡った。
 きれいなフォームで薫が駆け出した。
 速い。
 あっと言う間に前を走る5位、4位を抜き去る。
「薫ー!いけー!」
思わず悠司は身を乗り出して、叫んでいた。
 その声が届いたかのようにそこから、薫のギアが一段上がる。
 薫は、さらに速度を上げて、最後のコーナーで2位に上がる。
 そしてラストの直線。
 青組からものすごい応援の声が上がる。赤組も白組もみんな薫を見ている。
 1位の赤組と薫が並んだ。
「薫ーーー!」
悠司も夢中で薫の名前を叫んでいた。
 バシ!
 バトンがアンカーに渡る。
 スローカメラでしか捉えられそうにないほどの差で、薫のバトンが先にアンカーに渡っていた。
 そして、青組のアンカーは逃げ切りの形で、1位でテープを切った。
「きゃーきゃー!すごいすごい!」
「九条先輩かっこいーー!」
「王子さまーーー!」
青いハチマキをしている女子たちは興奮が抑えられないのかぴょんぴょんはねるようにしながら、騒いでいる。
 それを聞きながら、
(悪いな、君らの王子さまは俺のだから)
と、悠司は内心呟く。
 まだ正式に告白もしていないし、付きあってもいないが、悠司の中では薫はとてつもなく大事な存在になっていた。
 薫のことが好きだと、自覚したと同時に、付き合おう!と決めていた悠司だった。  
 体育祭はリレー1位の得点が効いて、青チームが優勝した。
 閉会式が終わっても、しばらくグラウンドは興奮状態が続いていて、生徒たちの輪はなかなか崩れることはなかった。
 悠司は薫の走りを反芻しながら、生徒たちが解散するのを待っていた。
「2年の九条薫、なんでうちにいねーんだよ」
そんな声が耳に入ってきて、悠司は思わず聞き耳を立てた。
「少林寺拳法やってるから、部活動はしないって言ったらしいっすよ」
「はーもったいねー陸上やれよー」
「けど、少林寺三段って。」
「まじかー何物も与えるよなー天ってヤツは」
「不公平なんすよ、天って」
赤いハチマキを手にした男子生徒が二人そんな会話をしながら、校舎の方へ去って行った。
 「天は二物を与えず」という天は一人の人間に多くの才能や優れた資質を同時に与えることはない、という意味のことわざを揶揄したぼやきに、悠司は思わず笑ってしまう。
 顔よし、スタイルよし、性格よし、足速い、強い、勉強の方はまぁそこそこ、悪くはないくらい…そして、なにより、かわいいと悠司は思いながら、
「けど、ただで何物も手に入れたわけじゃないんだよ」
薫がいろいろ努力をしていることを知ってる悠司は小さく呟いて、
「かわいいは天性か…」
一人で付け足して、ニヤついてしまうのを堪えて、やっと解散した青組の輪に近づいて行った。
「悠兄ちゃん!」
薫の方が悠司を見つけて、走ってきた。
 一日中動いて、最後はあんな走りをしたあとなのに、まったく疲れていないらしく笑顔はキラキラだ。
「見てくれてたよね、声聞こえたよ」
悠司の前まで来ると薫は、少しはずかしそうに、はにかんだ。
「すごかったな、めちゃくちゃかっこよかったよ」
悠司が言うと、薫はへへっと笑う。
 かわいい…口に出そうになるのをぐっと堪えて、悠司は今日の目的を果たすべく、薫の手を取った。
「薫、ちょっといいか、話がある」
「え?いいけど」
悠司に手を引かれて、ここで話すんじゃないんだと思いながら、ついていく。
「人がいない場所っていったら…」
「旧校舎じゃない?」
悠司がきょろきょろしていると、薫が笑いを含んで言ってきた。
「薫ーー」
悠司からすればもう二度と立ち入りたくない場所である。おいっと薫を睨んだ。
「冗談っ、ごめんなさい。けど…旧校舎に行ったら礼真くんに会えるかも…とか思っちゃう」
首を竦めるようにした薫だったが、最後の方は寂しそうな表情になって、しょんぼりとしてしまう。
 薫にとっては礼真は短い間だったが、本当に大事な友達だったのだろう。
 この姿を見ると、なにも言わず、連絡先も残さず消えた礼真とマキシと、なにも教えてくれない父親に悠司は少し腹が立ってくる。
「その、会えるときが来れば、きっと会えるよ」
しょんぼりしてしまった薫を慰めるために、結局父親が言った言葉を言うしかないのを悔しく思いながら、体育館の裏まで来た。
 さすがに誰もいない。
 悠司は足を止めた。
 薫はあまりここまでは来たことがないのか、きょろきょろしながら体育館の壁に少しよりかかるようにしている。
 その薫の前に悠司は立った。
 これから、口にすることを胸の中で確かめると、逆に心臓がドキドキしてしまう。
 告白されたことはあるが、自分から告白するのは初めてなのだ。
 何度か深呼吸をしてから、悠司は口を開いた。
「薫、付き合ってください!」
悠司ははっきりした口調でそれだけ言うと、頭を下げて、片手を薫の方に出した。
 付き合ってくださいの定番のポーズだ。
 薫は悠司の言葉と姿に、ちょっと首を傾げながら、自分に向かって出された悠司の指先をちょんと指先で掴んで、
「えーと、このあとクラスのみんなで打ち上げするから、付き合えないんだよ。ごめんね。けど、別の日ならぜんぜんいいよ!」
と、少し申し訳なそうな顔で言う。
 その言葉に下げていた頭をさらに下げた悠司は、はぁーと大きく息をついて、ばっと顔を上げた。
「違うっその付き合うじゃない。デートもしたいけど、そうじゃなくって」
完全に勘違いの薫がかわいすぎて笑ってしまいそうになるが、今は笑っている場合ではない。悠司は表情を引き締めると、
「そうじゃなくって、こっちの意味での『付き合う』だよ」
と、言うと薫の顔の横に壁に手をついて、ぐっと体を近づけた。
 壁ドンだぁ…と薫が思っている間もなく、悠司の顔が近づいてきた。
 そのまま、唇にふにっと柔らかいものが触れた。
「こっちの意味の付き合うだよ」
「え?え?」
キスはちょっと触れるだけだったが、顔の距離はそのままで、薫は今起きた出来事と悠司に言われたことが処理できず固まっている。
「付きあってください」
悠司はしっかり薫に視線をあわせてもう1度言った。
 やっとその付き合うの意味を正しく理解した薫はぱあっと顔を赤くすると、うろうろと視線を動かして、
「その、悠兄ちゃんは、その俺でいいの?俺…男だし、でかいし、か…かわいくないし」
「薫がいいんだよ、薫しかいない。男同士って話なら礼真くんたちもそうだろ?でかいって、薫細いだろ。かわいくないは、ない。めちゃくちゃかわいい。」
 悠司は薫の否定的な言葉を全部潰して、
「お願いします」
と、薫の耳に顔を近づけて囁くように言った。
 初めて聞く悠司のじわっと甘く響く声にドキンと心臓が跳ねて、
「はい」
と、薫は答えていた。
 薫の返事にぱっと顔を輝かせた悠司は、あっと言ってポケットに手を入れて小さな包みを取り出した。
 最初はちゃんときれいに「ラッピングされていたのだろうが、青いリボンも包み紙もくしゃっとなっている。
「もっと早く渡すつもりだったんだけど」
「俺に?」
薫が受ける。
「開けてみて」
悠司が言うと薫は丁寧に包み紙をあけた。明るいシルバーに小さな青い宝石がついたシンプルなデザインのイヤーカフが入っていた。
 中を見た薫が悠司を見て、イヤーカフを見て、を何度か繰り返して、ぱっと目を輝かせた。
「イヤーカフ!」
「欲しがってただろ?」
「うん!嬉しい!」
「つけてやるよ」
悠司は薫の手からイヤーカフを取ると、どうやるんだ?と言いながら、薫の耳に顔を近づけて苦戦している。
 動けないので、目線だけで悠司を見る。
 すぐそばに薫の耳にイヤーカフをつけようとしている悠司の真剣な顔がある。
 この距離でこの角度で悠司を見ることができるのは、この身長だからだと薫は気づく。
 礼真とマキシのように10センチの差があったら、真横で顔を見ることができない。
 ふふっとそんなことを考えていると、
「できた!」
と悠司がほっと息をついて薫から少し離れる。髪を耳にかけてやって、イヤーカフがつけられた薫の耳から顔を見て、満足そうに頷く。
「うん、やっぱりこっちの方が似合っている」
 このイヤーカフを渡そうとして渡せなかったときのことを思い出して、悠司は頷いた。礼真に借りていたあのイヤーカフより、やっぱりこっちの方が薫には似合っている。
「やっぱり?こっち?」
薫が首を傾げる。
「いや、こっちの話。すごく似合ってる」
その言葉に嬉しそうに頬を染めた薫を悠司は眩しそうに見つめると、
「好きだよ、かわいい薫」
と、顔を寄せて薫の唇に口付けた。
 さっきより長いキス。
 合わせた唇から温かくて、ふわふわして、それでいてパチパチと弾けるようなものが流れ込んでくるようだった。
 俺も好き…と、言いたかったけれど、口は悠司の唇で塞がれいる。
 薫はおずおずと腕をあげて、気持ちを込めて悠司の背中に腕を回した。