乙華にはそれが許せなかった。姉はみっともなく醜態をさらさなければならないはずだった。
だから『罰』として部屋に閉じこめさせた。水も食事も与えないようにさせた。……この気温でそうしていたらいつか死んでしまうかもしれないと思ったから、それだけはないよう注意しなさいと手紙につけくわえて。
――あの手紙が見つかったら……
首謀者として乙華にも警察の手が伸びるだろう。だが、だとしても乙華がとらえられることはない。
この国は霧灯家の霊力によって守られている。警察だろうが影祓部隊だろうが、霧灯家の次期当主を犯罪者として貶めることなどだれにもできないのだ。
だからなにも心配はいらないけれど、姉がわざわざ夫とともに実家に帰ってきたことは気になった。
「どこの部屋?」と乙華は女中に問いかける。
「客間でございます」
「そう。わかったわ」
凪からの手紙を文机に放り、乙華は立ちあがる。
彼が書いた一文字一文字に燃えたつような怒りが込められていたことに彼女は気づかなかった。
屋敷の玄関のそばにある客間のまえに立った乙華はなかの様子に耳を澄ませる。そして聞こえてきた母の声に仰天した。
「花野の霊力が……! ああ、やはり花野こそが次の当主だった……!」
「――!?」
乙華はとっさに襖を開ける。
座敷にいたのは母と姉、その夫の三人。
姉のまえにいる母は畳に泣きくずれ、姉は静かな瞳で乙華を見、その夫はあきらかな敵意を込めて乙華を見る。
そのふたりの視線を浴びながら乙華はつぶやいた。
「なにを云っているの。おねえさまが、次の当主……?」
――そのすこしまえ。
『霧灯家のご当主に会いたい。この家の長女と、その夫として』と玄関で凪は女中に取次ぎを求めた。
訪問着と影祓部隊の制服を着たふたりにたいして、女中ははじめ歯牙にもかけなかった。花野がこの家にいるとき散々なじってきたうちのひとりだ。
『すみませんがご当主さまはご予定のないかたとは……』
『彼女の霊力がもどったと云っても?』
『――え……?』
女中は目を見開き、『か、確認してまいります』とあわてて奥へと引っこんだ。霊力の有無がこの家でどれほど重要かは彼女も理解している。
すぐにもどってきた女中は『こちらへどうぞ』とふたりを客間へと案内した。あわただしく用意された座布団に正座して待っていると、当主――花野の母親が不審そうに部屋に入ってくる。
『どういうことですか。花野の霊力がもどったというのは』
『言葉のとおりです。ご当主、霊力を測る方法などがあるのならそれを彼女に試していただきたい』
花野の母は目をすがめてふたりを見た。そして、最初から相手にしていないというふうに花野のまえに正座をする。
あのとき、花野の霊力を測った水晶のかんざし。それを髪から引きぬくと、花野にむけてかざし――
『なっ……!?』
自分の髪にあるときよりもさらに美しく透きとおった水晶に息を呑んだ。
霊力を持っているだけではない。これは、現当主の自分よりも花野がつよい霊力を持っている証。
『そ、そんな……。ほんとうに……』と母の声が震える。
花野は一瞬だけ瞳を潤ませてから、淡々と語った。
『私が霊力をなくしたのは『影』に奪われていたからです。そして先日、その『影』を凪さまが祓ってくださいました。そのため私はふたたび霊力を取りもどしたのです』
『そんな……そんなことが……』
『そう考えれば辻褄があう』と凪はあとを引きとった。
『彼女はもう無能などではない。本来の霊力を取りもどしたのだから』
『……う、うう』
母は肩を震わせた。窓硝子にひびが入るかのように彼女の感情がじわじわと乱れ、やがてそれは堰を切って爆発する。
畳にうずくまるようにして母は慟哭した。
『花野の霊力が……! ああ、やはり花野こそが次の当主だった……!』
そのとき乙華が客間に入ってきたのだった。
「――なにを云っているの。おねえさまが、次の当主……?」
だが彼女の言葉は母の耳に入っていない。
おぉ、おぉ、と叫びながら母は花野の膝にすがりついた。そして涙にぬれた瞳で娘を見つめる。
「母が間違っておりました。これまでのことはすべて水に流してちょうだい。――ああ、花野。私のかわいいかわいい娘。どうか家に帰ってきておくれ。霧灯家を継ぐのはあなたしかいないわ」
「――おかあさま……」
「おかあさま、やめて! 次の当主は私でしょう!? こんな能無しのおねえさまじゃなくて!」
だから『罰』として部屋に閉じこめさせた。水も食事も与えないようにさせた。……この気温でそうしていたらいつか死んでしまうかもしれないと思ったから、それだけはないよう注意しなさいと手紙につけくわえて。
――あの手紙が見つかったら……
首謀者として乙華にも警察の手が伸びるだろう。だが、だとしても乙華がとらえられることはない。
この国は霧灯家の霊力によって守られている。警察だろうが影祓部隊だろうが、霧灯家の次期当主を犯罪者として貶めることなどだれにもできないのだ。
だからなにも心配はいらないけれど、姉がわざわざ夫とともに実家に帰ってきたことは気になった。
「どこの部屋?」と乙華は女中に問いかける。
「客間でございます」
「そう。わかったわ」
凪からの手紙を文机に放り、乙華は立ちあがる。
彼が書いた一文字一文字に燃えたつような怒りが込められていたことに彼女は気づかなかった。
屋敷の玄関のそばにある客間のまえに立った乙華はなかの様子に耳を澄ませる。そして聞こえてきた母の声に仰天した。
「花野の霊力が……! ああ、やはり花野こそが次の当主だった……!」
「――!?」
乙華はとっさに襖を開ける。
座敷にいたのは母と姉、その夫の三人。
姉のまえにいる母は畳に泣きくずれ、姉は静かな瞳で乙華を見、その夫はあきらかな敵意を込めて乙華を見る。
そのふたりの視線を浴びながら乙華はつぶやいた。
「なにを云っているの。おねえさまが、次の当主……?」
――そのすこしまえ。
『霧灯家のご当主に会いたい。この家の長女と、その夫として』と玄関で凪は女中に取次ぎを求めた。
訪問着と影祓部隊の制服を着たふたりにたいして、女中ははじめ歯牙にもかけなかった。花野がこの家にいるとき散々なじってきたうちのひとりだ。
『すみませんがご当主さまはご予定のないかたとは……』
『彼女の霊力がもどったと云っても?』
『――え……?』
女中は目を見開き、『か、確認してまいります』とあわてて奥へと引っこんだ。霊力の有無がこの家でどれほど重要かは彼女も理解している。
すぐにもどってきた女中は『こちらへどうぞ』とふたりを客間へと案内した。あわただしく用意された座布団に正座して待っていると、当主――花野の母親が不審そうに部屋に入ってくる。
『どういうことですか。花野の霊力がもどったというのは』
『言葉のとおりです。ご当主、霊力を測る方法などがあるのならそれを彼女に試していただきたい』
花野の母は目をすがめてふたりを見た。そして、最初から相手にしていないというふうに花野のまえに正座をする。
あのとき、花野の霊力を測った水晶のかんざし。それを髪から引きぬくと、花野にむけてかざし――
『なっ……!?』
自分の髪にあるときよりもさらに美しく透きとおった水晶に息を呑んだ。
霊力を持っているだけではない。これは、現当主の自分よりも花野がつよい霊力を持っている証。
『そ、そんな……。ほんとうに……』と母の声が震える。
花野は一瞬だけ瞳を潤ませてから、淡々と語った。
『私が霊力をなくしたのは『影』に奪われていたからです。そして先日、その『影』を凪さまが祓ってくださいました。そのため私はふたたび霊力を取りもどしたのです』
『そんな……そんなことが……』
『そう考えれば辻褄があう』と凪はあとを引きとった。
『彼女はもう無能などではない。本来の霊力を取りもどしたのだから』
『……う、うう』
母は肩を震わせた。窓硝子にひびが入るかのように彼女の感情がじわじわと乱れ、やがてそれは堰を切って爆発する。
畳にうずくまるようにして母は慟哭した。
『花野の霊力が……! ああ、やはり花野こそが次の当主だった……!』
そのとき乙華が客間に入ってきたのだった。
「――なにを云っているの。おねえさまが、次の当主……?」
だが彼女の言葉は母の耳に入っていない。
おぉ、おぉ、と叫びながら母は花野の膝にすがりついた。そして涙にぬれた瞳で娘を見つめる。
「母が間違っておりました。これまでのことはすべて水に流してちょうだい。――ああ、花野。私のかわいいかわいい娘。どうか家に帰ってきておくれ。霧灯家を継ぐのはあなたしかいないわ」
「――おかあさま……」
「おかあさま、やめて! 次の当主は私でしょう!? こんな能無しのおねえさまじゃなくて!」



