【完結/長編版】月影の軍神と愛しの傷嫁~双子の妹にすべて奪われたのに冷酷な旦那さまのもとで妹より愛されてしまいました~

 返す刃で凪は『影』の頭部を斬りあげた。
『影』はもはや言葉として認識ない声でなにかわめき、そして、闇に溶けるようにして消えていった。

 静寂。
 凪は刀を鞘に納め、『影』がいたところを見つめる。

 草野殿の仇は取った。
 もしあれが彼の魂を喰らっていたとしたら、これで解放されただろう。

『影』を祓ったところで死者は還らない。それでも。

『月岡は立派な隊長になるだろうな』

 草野がかけてくれた言葉を思いだす。はい、と凪はうなずいた。

 ――たくさんの部下を失いましたが。それでも、俺はずっと……。

 いつになく感傷的な気分に襲われる。
 満月に照らされながら、凪はひとりで黙祷をつづけ――

「……っ!?」

 背後に音もなく忍びよっていた『影』に、胸を後ろから腕で貫かれた。

 一瞬、なにが起きたか理解できなかった。
 なぜ新たな『影』が。いや、なぜなんて問うまでもない。『影』の出現した場所が近いと千里眼でも数を見誤る。自分が青木に教えたことだった。

「く……そ、」

 ずるりと腕が引きぬかれる。凪は刀を引きぬこうとしたが、そのまえに地面に膝をついた。おかしいくらいの勢いで鮮血が胸に空いた穴からあふれてくる。

 あっという間に血溜まりができた。
 熱い。湯気すら立ちそうな熱さに自分で動揺する。

 ――死ぬのか。俺は。

 影祓部隊となって五年。この職における寿命はとうに過ぎていた。だからいつこのときがきてもおかしくはない、はずだった。

 だが。

『影』は凪に興味をなくしたように移動する。向かっている先は、土塀に寄りかかるようにして倒れている青木。

 やめろ、と凪は叫ぼうとした。声ではなく真っ赤な血があふれて口元を汚す。

 ――やめろ。そいつを殺すなら、俺に止めを刺してからにしろ。

 視界に靄がかかった。急になにも見えなくなる。
 ……ダメだ。まだ死ぬわけにはいかない。青木を『影』から守らなければ。そう思っているのに、意思に反して体がうつぶせに倒れる。

 ばしゃり、と血溜まりが凪の体を受けとめた。
 傷口は炎のように熱いのに指先が冷えていくのがわかる。寒いくらいだ。指を濡らす血があたたかくて心地よさを覚える。

 すまなかった。だれにかはわからないが、そんな言葉が思いうかんだ。
 ――すまなかった。
 そうくりかえし、凪は眠りにつくようにまぶたを閉じて――。

『いってらっしゃい』

 ふいに聞こえた声に目を覚ました。ほんの一瞬、闇に落ちていた。そこから彼女(・・)の声が引きあげた。

「――……」

 視界に白いものが映った。血溜まりに浮いている。
 手を伸ばしてふれてみるとほのかにあたたかい。

 花野のお守りだった。
 あの日、聞こえなかったはずの彼女の想いが聞こえる。

『いってらっしゃい』
『私はいつまでもあなたの帰りをお待ちしています』
『だからどうか』

『――どうか、生きてかえってきてください』

「……ああ、」

 手作りのそれを凪はにぎりしめ、片手をついて起きあがる。

「ああ。かならず、帰る」

『影』は青木の傍らに立っていた。凪の胸を貫いた、一本しかない腕を振りあげている。

 ――殺させてなるものか。けして……!

 お守りごと凪は刀の柄をにぎりしめる。
 そして雄叫びをあげると『影』に斬りかかっていった。


 この夜、凪が祓った『影』は二体。
 どちらも満月の晩にふさわしい強大な力を持っていたが、ひとりとして死者がでることはなかった。

 そして、のちにわかったことであったが。
 片方は十年前に花野を襲って霊力を奪った『影』と同個体であり、その『影』を祓ったことで彼女の霊力は――