※きつめのいじめシーンがあります。苦手な方は飛ばしてください
凪の部下である青木が呼んでくれた俥に乗り、家に帰るとまさが玄関で待ちうけていた。
「私の留守中にいったいどこへ行っていたんですか?」
「……すみません」
「すみませんで済むものですか。――ああ、わかりました。男でも作ったんでしょう。旦那さまがあなたを相手にしてくれないから」
悪口はすべて聞きながすことができる。
それにこれは本気で云っているわけではない。花野がそんな器用なことできるはずがないことを承知で嫌味を云っているだけだ。
だから心はざわつかないはずだったのに――
「そんなことありません……!」
必死な声で花野は云っていた。
「はあ?」とまさは笑う。獲物の弱点を見つけた肉食動物のような獰猛な目で。
「だったらなんだって云うんですか。お友達もいないあなたがどこに行くっていうんです?」
「……凪さまのところに。なにかお役に立てないかと思って」
「うそをついちゃだめですよ。ここから隊舎まで歩いて何時間かかると思うんです? 旦那さまがいないのをいいことに男を作って遊んでいたんでしょう」
「そんなこ――」
まさの分厚い手が伸びてきた、と思ったときにはもう髪をつかまれていた。花野は悲鳴をあげる。
「お仕置きの準備はできてますよ。こちらへきてください」
花野の下駄が土間でからんと音を立てて転がった。
引きずられるようにして連れていかれたキッチンの床には手桶が置いてあった。満杯になるまで水が張られている。
まさは花野を力づくでそのまえにひざまずかせた。
「待って、待ってください。私はほんとうに」
「あなたのようなうそつき女の言葉なんてだれが聞くものですか。でも、無実を証明する機会くらいはあげますよ。あなたがほんとうに不貞を働いていないというのなら、水のなかで三分耐えてください」
「やめ……、やめて――」
爪が食いこむほどきつく頭をつかまれる。花野はもがいたが、まさの力のほうがつよく、勢いよく顔を水のなかに沈められた。
「……っ!」
ごぼっと息が泡となって水面で弾ける。
十秒も持たずに暴れて顔をあげると、「なんですか、だらしがないですねぇ。私が手伝ってあげます」とまさはもう一度花野の顔を水に沈める。
今度は簡単に息をさせてもらえなかった。いーち、にーい、とわざとゆっくり数をかぞえるまさの声も聞こえない。
水で溺れる。それは花野にとって恐怖だった。
花野が霊力をなくし、半狂乱になった母は修行のための泉に花野を突きおとして、彼女がたまらずあがってこようとすると両手で頭を押さえて強引に水中にもどした。何回も、何回も。
やめて。おかあさま、やめて。くるしい。
花野がそう泣きながら訴えても力がゆるめられることはけしてなかった。
――おかあさま、おねがい、ゆるして。
――このままじゃ死んじゃう……!
「っあ、ああ、あああ……っ」
息がつづかなくなった花野は水を飲みながら暴れる。
「っと……」さすがにまずいと思ったまさは手を離し、花野が床にうずくまるようにしてむせているのを見て嘲るように笑う。
「どうしたんですか、まだ三分経っていませんよ。やっぱりあなたは旦那さまを裏切っていたんですね?」
「あ……、ちが……ちがい、ます……」
口元を手で押さえ、息も絶え絶えになりながら花野は必死に云うが、まさは聞く耳を持たなかった。立ちあがってガスコンロのまえに行き、火をつけると金属製の菜箸の先端を赤くなるまで焙る。
そしてむせている花野のまえにもどった。彼女の着物の袖をめくって右腕を露出させ、逃げられないよう菜箸を持っていないほうの手でしっかりとつかむ。
「なら、もう一度だけ機会をあげます。あなたがほんとうに旦那さまを裏切っていないなら、これにも耐えられますよね」
「い、いや……」
「どうしてです? 無実を証明したいんでしょう? それとも、やっぱりほんとうに旦那さま以外の男に体を許したんですか?」
「そんな……そんな、こと……」
「じゃあ証明しなくちゃいけませんね。――こう云ってください。どうぞ、私の腕を好きなだけ焼いてくださいって」
「う……」
熱した金属製の箸の熱さは知っていた。女中たちに火箸を背中に押しつけられたことがあるから。
皮膚が焼けただれる熱さと痛みなんて一度味わえば充分だ。
まだ赤く光っている菜箸からすこしでも逃げようとするが、腕をがっしりつかまれていて逃げられない。
さあ、とまさは声を大きくした。
「あなたが決めてください。旦那さまを裏切るのか、裏切らないのか」
花野は唇を噛みしめる。



