まさから届いた手紙を乙華は日当たりのいい自分の部屋で読みかえしていた。
影祓部隊の夫はろくに家に帰らず、まだふたりは夜を過ごしたこともないという。思わずほくそ笑む。
――待っているものは死のみ、と云われるだけの影祓部隊に姉が嫁いだだけで充分ではあった。じきに夫は死ぬか大怪我をして一線を退くこととなる。そこに幸せな生活なんてありえない。
でも、まさかここまで姉を捨ておいてくれるなんて。
不死身の男、月岡凪。なにがあっても表情を変えず、笑うこともなく、無数の同輩たちが死んでいくなかで生きのびてきたというその男は乙華にとって不気味なだけだった。
その男との縁談が花野に舞いこんできたというだけでおかしかったのに、こんなふうに突きはなすことまでしてくれるとは思ってもみなかった。
むかしの姉だったら、と考えないでもない。
高い霊力を持ち、周りからちやほやされていながらも花野はそれに驕ることはしなかった。よく母の云うことを聞いて修行に励み、使用人にたいしても笑顔を絶やさず、だれからも愛されていた。
それが乙華には許せなかった。
ふたりは双子として生まれてきた。霊力は同等であるべきだった。なのに花野だけが突出して高いものを持っているのは、姉が自分から霊力を奪ったからだと考えずにはいられなかった。
――おねえさまは私から霊力を奪って、居場所をうばって、おかあさまの愛情まで奪った。
復讐されて当然だ。なんだ、死んじゃえばよかったのに。十年まえ、高熱で寝込んでいた花野に向けて云った言葉は本心だった。
おねえさまなんて死んでしまえばいい。
おかあさまに愛されて、おばあさまに愛されて、許嫁というきれいな顔をした男の子に愛されているおねえさまなんて。
私からすべてを奪ったくせに。
まだ、私にまで愛されようと媚びてくるおねえさまなんて……
母からの愛を失い、新しい使用人たちに虐げられつづけた花野は感情を失ったようだった。痛い、といつからか泣くこともなくなった。きっと心が壊れてしまったのだろう。
壊れるまえの花野だったら凪も彼女を愛したかもしれない。
だけど、もう手遅れだ。あそこにいるのは虚ろな人形。からっぽの人形を愛する人間なんていない。
花野が永遠に幸せにならないこと。それがいまの乙華の望みだった。
放っておいてもそれは叶えられるだろう。でも――と、彼女は文机のまえに座る。
手紙の後半には花野が影祓部隊の隊舎に毎日弁当を持っていっていることが書かれていた。夫はそれを自分で食べず部下にやっているようだが。
それくらいで彼の心が動くとは思えないが、人間の真似をしてけなげに動く人形に憐れを覚えることもあるかもしれない。そう思って乙華は筆を執る。
もしふたりのあいだになにかが生まれそうなら。
それを、徹底的に壊してやる。
新月の晩は過ぎた。これからは満月に向けて『影』の出現が増えていく。
それでもまだ詰め所は穏やかだ。相楽と青木は女がどうこうという話をしている。花野への興味はそろそろ落ちついてきたようだ。
「働きものでいい女だ、そのうち会わせてやる。――っと」
相楽がそう云ったとき、詰め所の床に置かれている地図の一点に火がついた。影ダ、とそれまで沈黙を守っていた千里眼が云う。
「近くですね。俺が行きますよ」
「ああ。青木、ついていけ」
基本的に『影』の対処は二人一組でおこなう。残りは詰め所で待機。これが理想だが、だれかが負傷したときなど動ける人数によってはできないこともある。
一部隊に三人というのは多いほうだ。詰め所に千里眼と凪のふたりきりになることもたびたびあった。
青木は四月よりは緊張の薄れた顔で「はい」と返事をし、相楽と一緒に詰め所をでていく。
まだ満月には遠い。ふたりで問題なく片づけられるだろう。
凪は後ろの壁際であぐらをかいている千里眼をちらりと見た。彼はいつの間にか詰め所にいて、いつの間にか消えている。昼間どこにいるかはだれも知らない。必要以上のことは口にせず、存在を忘れることもしばしばだ。
異能力を持っているのだから霧灯家のように権力を手にしていてもよさそうなものだが、かれら一族はひっそりと生きている。
それはかつて政府――幕府か――の権力争いに利用されそうになった過去があるかららしい。本人たちが語ろうとしないので詳しいところは知らないが。所属は帝国軍になっているものの、なにかの集まりごとにかれらが顔を見せることも稀だった。
粛々と任務だけこなしている千里眼のことをすこしうらやましく思いながら凪は地図を見やる。
ふたりはそろそろ現場に行きついたか。小さな火はまだ燃えている。



