「あぁ、……そういうことですか」
相楽は得心したようにうなずく。
「俺としては、だからこそ、と思いますけどね――」ひとりごとのように云って、凪がなにか云おうとするまえに「そういや」と話を替える。
「事実なんですか、あのひとが霊力を持っていないっていうのは」
「……そう聞いている」
「でも小さいときはあのひとが次期当主だったんでしょう?」
「七歳のときに『影』に襲われて霊力をなくしたそうだ。母親が手を尽くしたがもどらなかった。そのため……俺のような影祓部隊の人間に嫁ぐこととなった」
「ふうん」
首の後ろを揉みながら相楽はつぶやく。考えごとをするように。
「でも霧灯家ってのは家の敷地内に結界を張ってるんでしょう。だから『影』は立ちいれないし、夜になったら家の人間は絶対に外にでないって聞いてます。なのにあのひとが襲われたってことは結界が壊れたかあのひとが自分から敷地の外にでたかだ。詳しい話は聞いてますか?」
「……いいや。必要ないと思ったから聞いていないが」
「過去を探ったところで霊力がもどるってわけじゃないですしね……。まあいいや。――じゃあ俺は豆腐でも食ってきますけど、もどってきたときちゃんと食べたかたしかめますからよろしくお願いします。捨てたりなんかしちゃだめですよ。あ、青木《のらいぬ》に食わせるっていうのもなしですから」
「さっさと行ってこい」
背後で扉が閉まる音を聞きながら凪は溜め息をつく。
相楽に云われてはじめて花野の過去が気にかかったが――それよりもいまは組織の人間である我が身が恨めしい。縁談もこの弁当も個人で動いていたら持ってこられなかったものだ。部下にひやかされもしなかった。
……まあ、手作り弁当を持ってこられるよりはましか。
そう結論付け、自分の部屋で食べようと凪は階段を急いで登った。だれかに見つかるとまた面倒だからだ。
殺風景な一人部屋で食べる弁当は。
いつも腹を満たすために義務的に口に運んでいる料理よりもずっとうまく感じた。気のせい、だとわかっていても。
花野が旅館の離れにもどるなり「どちらへ行かれていたんですか?」と先に帰ってきていたらしいまさが問いかけてきた。凪さまのところへ、と正直に答える。
「あら。旦那さまに相手にされてないあなたがなにをしに?」
「……お弁当を差しいれてまいりました」
「それはいいですね」と我がもの顔で湯呑についだ茶を飲みながら云う。「夜のお相手はできなくとも胃袋を満たすくらいはできますものね。でも、まさかご自身で? そんなはずはありませんね。役立たずのあなたに料理なんてできるはずありませんもの。出来合いのものを持っていくくらいならだれにでもできますね」
凪に弁当を受けとってもらえたことでやわらいでいた花野の表情が硬くなる。人形めいた無表情で「ええ、そうですね」と答えるとまさは眉を吊りあげた。
「なにが『そうですね』なんです? あなたはいまばかにされているんですよ。怒るなりへこむなりしたらどうなんですか」
「事実を云われただけですから。どうなんですか、と問われたらそのとおりですと返すほかありません」
「ふざけんじゃないよ!」
花野はただ思ったことを述べただけだが、それがまさには自分が相手にされていないように感じたらしい。激昂すると湯呑に残っていた茶を立ちっぱなしだった花野めがけてかける。
着物の裾に咲いていたあやめの花が濡れた。まさは鼻を鳴らすと、「不気味なひとですね」とそれでも顔色を変えない花野を見て云う。
「心というものがないんですか? 乙華さまが気味悪がられていたのも当然です。あのかたはあんなに愛らしいのに、どうして双子のあなたはここまで醜いんでしょう」
「…………」
「おぉ、やだやだ。同じ部屋にいたらなにをされるかわからない。私は風呂に入ってきますけど、ついてこないでくださいね」
大袈裟に身震いすると、まさは着替えと手ぬぐいを持って外にでていく。
ばたん、と振動が伝わってくるほど大きな音で玄関の戸が閉められた。花野は着物をつまんでひっぱり、被害の具合を確認する。
――すぐに水で流せば染みにはならないかしら……
井戸を借りよう、とまさの足音が聞こえなくなったのをたしかめてから花野は下駄をつっかけた。旅館の裏庭へ行き、通りがかった仲居に断って井戸の水で着物の裾を洗う。
だけど、ほんとうは染みになろうがなるまいがどうでもよかった。
花野が着ている着物が汚れたところで気にするひとはだれもいない。花野自身も、『夫』でさえも。
それに、どうせ彼に離縁されたら自分は実家にもどる。そうしたら与えらえた着物や装飾品はすべて取りあげられるだろう。もともと人形を着飾るように与えられたものだ。
相楽は得心したようにうなずく。
「俺としては、だからこそ、と思いますけどね――」ひとりごとのように云って、凪がなにか云おうとするまえに「そういや」と話を替える。
「事実なんですか、あのひとが霊力を持っていないっていうのは」
「……そう聞いている」
「でも小さいときはあのひとが次期当主だったんでしょう?」
「七歳のときに『影』に襲われて霊力をなくしたそうだ。母親が手を尽くしたがもどらなかった。そのため……俺のような影祓部隊の人間に嫁ぐこととなった」
「ふうん」
首の後ろを揉みながら相楽はつぶやく。考えごとをするように。
「でも霧灯家ってのは家の敷地内に結界を張ってるんでしょう。だから『影』は立ちいれないし、夜になったら家の人間は絶対に外にでないって聞いてます。なのにあのひとが襲われたってことは結界が壊れたかあのひとが自分から敷地の外にでたかだ。詳しい話は聞いてますか?」
「……いいや。必要ないと思ったから聞いていないが」
「過去を探ったところで霊力がもどるってわけじゃないですしね……。まあいいや。――じゃあ俺は豆腐でも食ってきますけど、もどってきたときちゃんと食べたかたしかめますからよろしくお願いします。捨てたりなんかしちゃだめですよ。あ、青木《のらいぬ》に食わせるっていうのもなしですから」
「さっさと行ってこい」
背後で扉が閉まる音を聞きながら凪は溜め息をつく。
相楽に云われてはじめて花野の過去が気にかかったが――それよりもいまは組織の人間である我が身が恨めしい。縁談もこの弁当も個人で動いていたら持ってこられなかったものだ。部下にひやかされもしなかった。
……まあ、手作り弁当を持ってこられるよりはましか。
そう結論付け、自分の部屋で食べようと凪は階段を急いで登った。だれかに見つかるとまた面倒だからだ。
殺風景な一人部屋で食べる弁当は。
いつも腹を満たすために義務的に口に運んでいる料理よりもずっとうまく感じた。気のせい、だとわかっていても。
花野が旅館の離れにもどるなり「どちらへ行かれていたんですか?」と先に帰ってきていたらしいまさが問いかけてきた。凪さまのところへ、と正直に答える。
「あら。旦那さまに相手にされてないあなたがなにをしに?」
「……お弁当を差しいれてまいりました」
「それはいいですね」と我がもの顔で湯呑についだ茶を飲みながら云う。「夜のお相手はできなくとも胃袋を満たすくらいはできますものね。でも、まさかご自身で? そんなはずはありませんね。役立たずのあなたに料理なんてできるはずありませんもの。出来合いのものを持っていくくらいならだれにでもできますね」
凪に弁当を受けとってもらえたことでやわらいでいた花野の表情が硬くなる。人形めいた無表情で「ええ、そうですね」と答えるとまさは眉を吊りあげた。
「なにが『そうですね』なんです? あなたはいまばかにされているんですよ。怒るなりへこむなりしたらどうなんですか」
「事実を云われただけですから。どうなんですか、と問われたらそのとおりですと返すほかありません」
「ふざけんじゃないよ!」
花野はただ思ったことを述べただけだが、それがまさには自分が相手にされていないように感じたらしい。激昂すると湯呑に残っていた茶を立ちっぱなしだった花野めがけてかける。
着物の裾に咲いていたあやめの花が濡れた。まさは鼻を鳴らすと、「不気味なひとですね」とそれでも顔色を変えない花野を見て云う。
「心というものがないんですか? 乙華さまが気味悪がられていたのも当然です。あのかたはあんなに愛らしいのに、どうして双子のあなたはここまで醜いんでしょう」
「…………」
「おぉ、やだやだ。同じ部屋にいたらなにをされるかわからない。私は風呂に入ってきますけど、ついてこないでくださいね」
大袈裟に身震いすると、まさは着替えと手ぬぐいを持って外にでていく。
ばたん、と振動が伝わってくるほど大きな音で玄関の戸が閉められた。花野は着物をつまんでひっぱり、被害の具合を確認する。
――すぐに水で流せば染みにはならないかしら……
井戸を借りよう、とまさの足音が聞こえなくなったのをたしかめてから花野は下駄をつっかけた。旅館の裏庭へ行き、通りがかった仲居に断って井戸の水で着物の裾を洗う。
だけど、ほんとうは染みになろうがなるまいがどうでもよかった。
花野が着ている着物が汚れたところで気にするひとはだれもいない。花野自身も、『夫』でさえも。
それに、どうせ彼に離縁されたら自分は実家にもどる。そうしたら与えらえた着物や装飾品はすべて取りあげられるだろう。もともと人形を着飾るように与えられたものだ。



