約束を違えた少女は、孤独な当主の花嫁に望まれる

 そして、私は正式に月宮家に嫁いだ。
 月宮家に嫁いで十日余りが経過した頃には、月宮家での生活にも徐々に慣れ始めていた。

(永雅とは一度も顔を合わせられていないけれど……)

 永雅も同じ屋敷に住んでいるが、当主で忙しくしている永雅は屋敷に帰らない日もある。そして、月宮家の広い屋敷では会おうと思わなければ、永雅と顔を合わせることすら難しい。
 あの日、月宮家に着いてすぐに永雅は私の世話を女中(じょちゅう)に頼んだ。そして、穢れ者と噂されている私の世話を頼まれて戸惑う女中に厳しい視線を向けた。

「当主である俺の命令が聞けないなら、この家から出ていけ」

 すぐに女中は怯えた表情で私の荷物を運び始めた。それからも永雅を恐れるように私の世話を行ってくれていた。怯えたままの女中を見ているのは、私が嫌だった。だから、自室で女中に告げた。

「無理に仕えなくてもいいわ。もちろん永雅に告げ口もしない」

 目を丸くして、ぽかんとした顔で私を見ている女中に、私はつい笑ってしまった。

「ふふっ、本当よ。私は穢れ者。近づきたくないと思うのは普通だもの」

 しかし、私の言葉に対する女中の反応は予想外のものだった。先ほどまであれほど怯えていたのに、ちょこんと一歩、私に近づいてくれたのだ。

「私も不躾(ぶしつけ)な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした。莉羅様はそんな風に笑われるのですね」

 その言葉で、私が月宮家に来てから一度も笑っていなかったことに気づいた。緊張していたとはいえ、ずっと厳しく険しい顔で過ごしていたのだろう。

(勝手に永雅のせいにしてしまっていたわ)

 永雅の厳しい態度で、女中が怯えていると思っていた。自分の態度を棚に上げて、他者のせいにしていたことを酷く反省した。

(本当、最低ね……)

 それから、女中は月宮家での生活に私が出来るだけ早く慣れるよう尽力してくれた。永雅と顔を合わせる機会が無くとも、温かい食事を食べられ、凍えずに眠れる月宮家の生活は、照井家での生活とは比べものにならないほど穏やかで幸せなものだった。

『せめて月宮家での安全な生活は保証してやる』

 本当にあの約束を守ってくれるなんて。じわりと目の奥が熱くなっていく。それでも、涙が零れる前に気づくのだ。

 約束を破ったのは本当に私だけだと。

 蝋燭の灯りが揺れるように、ゆらゆらと自分の感情すら分からなくなっていく。揺らぎが収まるより前に、扉の向こうから女中頭の声が響いた。

「旦那様がお見えになりました」

 いま私はどんな顔を浮かべているのだろうか。