時が経れば人は変わるということを私は身に染みて知っている。それは仕方のないことだと理解している。
「莉羅お姉様、大丈夫ですか……!?」
離れの横でずぶ濡れになっている私を心配して妹の礼寧が屈んだ。私に水をぶっ掛けた張本人であるのに。
「可哀想なお姉様、汚れているせいでこうして私たちに清めて貰わなければならないなんて」
着物の裾に土がつくことも気にせずに屈んだ礼寧を見て、周りの使用人が敬服するように声を漏らした。
「礼寧様は本当にお優しいですわね」
「ええ。照井家を筆頭する異能を持ちながら、どなたにも慈愛を持って接して下さる」
いま私に「清め」と称して水を掛けたのは紛れもなく礼寧なのだが、心配しただけで礼寧は人徳者として扱われる。
私のいる照井家は、強い異能の力で権力を保持してきた。そして、照井家の血筋を引く者は水を司る異能者を多く輩出している。照井家の子で水と関係ない異能を持つ者もいるが、この国で「水」と対極の関係にある「火」の異能を持つ者が生まれた場合、この家では「穢れ者」と呼ばれる。
私のような。
そして、穢れ者は正しい照井家の異能を持った者によって清められる。
(清めといっても異能で水をぶっ掛けられるだけだけど。こんなんで清められるわけないでしょ。まず穢れてないし)
私の両親は穢れ者を産んだ恥晒しと呼ばれ、私は穢れた子として扱われる。それでも、両親が生きていた頃は幸せだった。皆に避けられながらも、離れで三人慎ましく穏やかに暮らせていた。両親が流行病で亡くなり、私だけになると避けられるよりも虐げられることが多くなった。父が一家の恥晒しと呼ばれようと照井家の次男であったのも大きいのだろう。両親が亡くなってからは、誰も私を貶めることを躊躇わない。
「私の異能で作られた水が乾くまでお姉様はそこにいて下さいね」
礼寧の異能で全身ずぶ濡れになりながら、身体を拭くことも火の異能で水を乾かすことも許されない。清い水が自然に乾燥するまでこうしていないといけない。
「お姉様、今日は風邪を引かないと良いですが……」
(引くに決まってんでしょ、馬鹿じゃないの)
それでも、私は穢れを清めて貰った立場として礼寧に平伏し、感謝を述べなくてはいけない。
「礼寧さま、ありがとうございます」
そんな私に微笑む礼寧。
「そんな畏まらないで、お姉様。私たちは姉妹ですもの」
「ありがとう、礼寧。優しい妹がいて私は幸せ者だわ」
微笑みに見下しの瞳を隠して、今日も礼寧は私を清める。心苦しい雰囲気を出しながら、本当は微塵もそんなことは思わず楽しそうに。そして、いつも最後に周囲の使用人に聞こえないよう私の耳元でこう言うのだ。
『これで少しは綺麗になると良いのですけど』
そう告げる礼寧の顔を一度だけ見たことがある。興味本位で顔を上げて確認してしまったことがある。その時知ったのだ。
人はこんなに醜い表情が出来るのだ、と。人は時が経てば変わってしまうのだ、と。
礼寧だって幼い頃は毎日のように一緒に遊んでいたし、「お姉様!」と可愛い笑顔を向けてくれていた。仲の良い姉妹だった。しかし、もう今の礼寧には昔の面影なんてなく、私を虐げることを楽しんでいる。
この国では十歳前後に異能が発現する。私は十歳を過ぎてもすぐには発現せず、逆にひとつ下の礼寧の方が異能の発現が早かった。私の異能が発現したのは、礼寧の発現から半年後。それから私達を取り巻く環境は瞬く間に変わった。照井家当主は強力な水の異能を持つ礼寧のみ照井家として認めるとし、私は両親と共に離れに追いやられた。私も両親も血の繋がった礼寧に会うことすら許されなかった。礼寧は泣きながら両親に会うことを求めたが許されず、次第に礼寧は離れに近づかなくなっていった。両親は最後まで礼寧のことを心配していた。両親が亡くなり、「清め」と称して離れを訪れた礼寧は迷いなく私を貶めた。礼寧からすれば私だけ両親と過ごせたのだ、私が礼寧の立場でも同じことをしたのかもしれない。
(それでも、この状況で礼寧に怒りを抱かないなんて無理だけど……)
こんな世界はおかしい、こんなものを清めと呼ぶ世界はおかしい、と沸々と怒りが湧いてくる。こんな家を持て囃す周りも周り。全員馬鹿げている。醜く穢れているのは、こんな不条理を正しいと思っているこの家の方だ。こんな家、早く潰れてしまえば良い。
そんな罵詈雑言を心の中で吐いて、行き場のない怒りの気持ちを落ち着かせる。
(昔と変わったのは私も一緒か)
私だって幼い頃はもう少し素直で可愛かった。心から明るく笑って、優しくいれたと思う。少なくても心の中でも汚い言葉を吐く人間ではなかった。でも、人は余裕があるから明るくいられて、周りに優しくなれるのだ。
『莉羅に出会えて良かった。莉羅の周りは明るいから』
幼い頃にそう言ってくれた男の子の顔が頭によぎる。もう私の周りは明るくない、もう私は自分自身すら照らせている気がしない。
(せめてあの約束くらい守ってあげたかったな)
身体が徐々に徐々に冷えていく。日が傾き始め、気温が下がってきている。身体に張り付いた衣服が急激に温度を下げて来ている。あともう少し我慢すれば、見張りの使用人も母屋に帰り、ここには誰もいなくなる。そしたら中に入って囲炉裏で暖まろう。どうせ誰もいなくなれば、着替えようと乾かそうと誰にもばれない。そう思っていたのに……隣にいた私を見張る使用人が口を開いた。
「本日は礼寧さまより朝まで見張っているよう仰せつかっております」
いつもは離れに近づくことすら嫌がる使用人。しかし、今日は礼寧に命じられたことにより朝までここに滞在すると言う。
そして、使用人は宣言通り朝まで私を見張っていた。自分は離れの中に入って囲炉裏のある部屋で休みながら、定期的に外にいる私を確認に来る。そして、凍えて震える私を確認しては中に戻っていく。
「……これは本当に死んじゃうかもなぁ……なんて」
礼寧のばか。私が礼寧の立場でもきっとここまでしないわよ。
両親が亡くなってから夜が長かった。一人の夜は長く感じた。でも、今日は今までで一番太陽が遠い気がする。いつまで経っても朝陽が見れる気がしなかった。
「莉羅お姉様、大丈夫ですか……!?」
離れの横でずぶ濡れになっている私を心配して妹の礼寧が屈んだ。私に水をぶっ掛けた張本人であるのに。
「可哀想なお姉様、汚れているせいでこうして私たちに清めて貰わなければならないなんて」
着物の裾に土がつくことも気にせずに屈んだ礼寧を見て、周りの使用人が敬服するように声を漏らした。
「礼寧様は本当にお優しいですわね」
「ええ。照井家を筆頭する異能を持ちながら、どなたにも慈愛を持って接して下さる」
いま私に「清め」と称して水を掛けたのは紛れもなく礼寧なのだが、心配しただけで礼寧は人徳者として扱われる。
私のいる照井家は、強い異能の力で権力を保持してきた。そして、照井家の血筋を引く者は水を司る異能者を多く輩出している。照井家の子で水と関係ない異能を持つ者もいるが、この国で「水」と対極の関係にある「火」の異能を持つ者が生まれた場合、この家では「穢れ者」と呼ばれる。
私のような。
そして、穢れ者は正しい照井家の異能を持った者によって清められる。
(清めといっても異能で水をぶっ掛けられるだけだけど。こんなんで清められるわけないでしょ。まず穢れてないし)
私の両親は穢れ者を産んだ恥晒しと呼ばれ、私は穢れた子として扱われる。それでも、両親が生きていた頃は幸せだった。皆に避けられながらも、離れで三人慎ましく穏やかに暮らせていた。両親が流行病で亡くなり、私だけになると避けられるよりも虐げられることが多くなった。父が一家の恥晒しと呼ばれようと照井家の次男であったのも大きいのだろう。両親が亡くなってからは、誰も私を貶めることを躊躇わない。
「私の異能で作られた水が乾くまでお姉様はそこにいて下さいね」
礼寧の異能で全身ずぶ濡れになりながら、身体を拭くことも火の異能で水を乾かすことも許されない。清い水が自然に乾燥するまでこうしていないといけない。
「お姉様、今日は風邪を引かないと良いですが……」
(引くに決まってんでしょ、馬鹿じゃないの)
それでも、私は穢れを清めて貰った立場として礼寧に平伏し、感謝を述べなくてはいけない。
「礼寧さま、ありがとうございます」
そんな私に微笑む礼寧。
「そんな畏まらないで、お姉様。私たちは姉妹ですもの」
「ありがとう、礼寧。優しい妹がいて私は幸せ者だわ」
微笑みに見下しの瞳を隠して、今日も礼寧は私を清める。心苦しい雰囲気を出しながら、本当は微塵もそんなことは思わず楽しそうに。そして、いつも最後に周囲の使用人に聞こえないよう私の耳元でこう言うのだ。
『これで少しは綺麗になると良いのですけど』
そう告げる礼寧の顔を一度だけ見たことがある。興味本位で顔を上げて確認してしまったことがある。その時知ったのだ。
人はこんなに醜い表情が出来るのだ、と。人は時が経てば変わってしまうのだ、と。
礼寧だって幼い頃は毎日のように一緒に遊んでいたし、「お姉様!」と可愛い笑顔を向けてくれていた。仲の良い姉妹だった。しかし、もう今の礼寧には昔の面影なんてなく、私を虐げることを楽しんでいる。
この国では十歳前後に異能が発現する。私は十歳を過ぎてもすぐには発現せず、逆にひとつ下の礼寧の方が異能の発現が早かった。私の異能が発現したのは、礼寧の発現から半年後。それから私達を取り巻く環境は瞬く間に変わった。照井家当主は強力な水の異能を持つ礼寧のみ照井家として認めるとし、私は両親と共に離れに追いやられた。私も両親も血の繋がった礼寧に会うことすら許されなかった。礼寧は泣きながら両親に会うことを求めたが許されず、次第に礼寧は離れに近づかなくなっていった。両親は最後まで礼寧のことを心配していた。両親が亡くなり、「清め」と称して離れを訪れた礼寧は迷いなく私を貶めた。礼寧からすれば私だけ両親と過ごせたのだ、私が礼寧の立場でも同じことをしたのかもしれない。
(それでも、この状況で礼寧に怒りを抱かないなんて無理だけど……)
こんな世界はおかしい、こんなものを清めと呼ぶ世界はおかしい、と沸々と怒りが湧いてくる。こんな家を持て囃す周りも周り。全員馬鹿げている。醜く穢れているのは、こんな不条理を正しいと思っているこの家の方だ。こんな家、早く潰れてしまえば良い。
そんな罵詈雑言を心の中で吐いて、行き場のない怒りの気持ちを落ち着かせる。
(昔と変わったのは私も一緒か)
私だって幼い頃はもう少し素直で可愛かった。心から明るく笑って、優しくいれたと思う。少なくても心の中でも汚い言葉を吐く人間ではなかった。でも、人は余裕があるから明るくいられて、周りに優しくなれるのだ。
『莉羅に出会えて良かった。莉羅の周りは明るいから』
幼い頃にそう言ってくれた男の子の顔が頭によぎる。もう私の周りは明るくない、もう私は自分自身すら照らせている気がしない。
(せめてあの約束くらい守ってあげたかったな)
身体が徐々に徐々に冷えていく。日が傾き始め、気温が下がってきている。身体に張り付いた衣服が急激に温度を下げて来ている。あともう少し我慢すれば、見張りの使用人も母屋に帰り、ここには誰もいなくなる。そしたら中に入って囲炉裏で暖まろう。どうせ誰もいなくなれば、着替えようと乾かそうと誰にもばれない。そう思っていたのに……隣にいた私を見張る使用人が口を開いた。
「本日は礼寧さまより朝まで見張っているよう仰せつかっております」
いつもは離れに近づくことすら嫌がる使用人。しかし、今日は礼寧に命じられたことにより朝までここに滞在すると言う。
そして、使用人は宣言通り朝まで私を見張っていた。自分は離れの中に入って囲炉裏のある部屋で休みながら、定期的に外にいる私を確認に来る。そして、凍えて震える私を確認しては中に戻っていく。
「……これは本当に死んじゃうかもなぁ……なんて」
礼寧のばか。私が礼寧の立場でもきっとここまでしないわよ。
両親が亡くなってから夜が長かった。一人の夜は長く感じた。でも、今日は今までで一番太陽が遠い気がする。いつまで経っても朝陽が見れる気がしなかった。



