青く、淡い、フィルターの向こう側  -あの頃、好きと言えなかった君と大学で再会した-

「いつもどこ行っとるん」

飴玉を貰った次の日、思いきって夏希に話しかけてみた。

毎日というわけではないが、夏希はコンスタントに乗車する。
路線の方角からして由紀と違って家に帰るわけでもないだろうに、地味に気になっていたのだ。
すると夏希はこともなげに答えた。

「病院」
「入院しとるの?家族のひと?」

「ばあちゃんがな」

「それはお大事にやね」
「どーも」

その日の会話はそれにて終了。
しかし十分に気が紛れた。

なんだ、聞いたらちゃんと答えてくれるんだ。そんな些細な発見が、大発見のように思えたのだ。

それからバスで会えばちょっとだけ言葉を交わすようになった。
相変わらず夏希は最後尾、言葉を交わすといえ話題を振ってこないので、もっぱらこちらが質問しているだけなのだが。
けれど由紀の所感としては、そこそこ良かったんじゃないかと思う。

その頃の夏希の印象は無口男子というよりも、ただクールなだけといった方向が正しいと思うようになっていた。

なのにクラスメイトは彼を”陰キャ”と呼んでいる。

本ばかり読んでるから?
誰とも話さないから?

夏希も歩み寄るつもりがなさそうなので、どちらが悪いとは言えないが、知らないって恐ろしいことだ。

そんな感じで、教室では無口な少年、実はクール男子な夏希くんだったが、けれどそのイメージはある日を境にさらに変化した。

夏希はクールだけど、ちゃんと年相応の男子だった。

残暑厳しい日差しが真夏並みにガンガン照りつける日。二人きりのバスの車内で悲鳴が上がった。

いや、正しくは雄叫びだったかもしれない。
運転士を脅かすほどでないものの、最後尾から湧いた声に由紀はしっかり驚いた。

「あ゛ーっ!」

「え、なにぃっ!?」

今まで聞いた中で一番デカい声を聴いた気がする。

「ごめん。DVD持ってくんの忘れて」
「学校にDVD持ってくる気やったの!?」

「返却今日までやったし、ばあちゃんとこ寄ってからやとそっちのが効率いいし」

どうやら鞄に忍ばせる気満々だったらしい。

“学校に関係ないものを持ってきてはいけません”、という校則を堂々と破る気だったことをあっさり明かした夏希は項垂れていた。

その姿がこの世の終わりみたいな悲壮感に暮れていて、そんなにショック?と内心突っ込んでしまう。

「……DVDって、猪坂峠にあるとこのレンタルショップの?」

「おー」

「ご愁傷様やね。立花くんも借りに行ったりするんや。私よく行くけど同級生に会ったことないから、私かおっさんしか来んのかと思ってた」

思ったままに言ってみると、意外にも夏希はいつもより声のトーンを高くして笑った。

「なにそれ、おもろ。というか配信サービス使わんのとか聞いてこんの?」

「せんよ。やってあそこでしか味わえんもんあるやん、DVDの威圧感」

「威圧感って」

「店舗にびっしり揃ってるの圧巻やない?手にとってくださいよぉ、これですよぉ的な。それに裏面ひっくり返して見るのめっちゃ楽しいんよね」

店内の陳列を思い出しながら言えば夏希は今までになく食いついた。

「分かるわぁ!待って、橘っていつも何観んの?」

この時、初めてちゃんとした話題をふってもらった。

それからお互いに好きなジャンルや監督、脚本家など会話のラリーがとめどなく繋がって、クール男子夏希くんは、なんと去り際に満面の笑みで言ったのだ。

「こんなに映画の話が出来る奴はじめてやわ。めっちゃ楽しい」

分かりやすい満足気な顔。
好きなことの話でテンションが爆上がりする姿。
夏希は年相応の男子だった。

しかも、楽しいなんて口に出しちゃう系。
このギャップはずるい。

訂正しなければいけない。
夏希はクールだけど、普通の男子でもあって、そしてちょっとだけ可愛い。