夕暮れ。
川沿いの遊歩道を歩く俺たち。
サクッ……サクッ……
雪を踏みしめる。
川からの風が、ふたりの白い息をふわっと空へと送っていく。
「……え?」
自分でも驚くような低い声が出た。
そんなことはお構い無しに風太は話し続けている。
「――……え、ってなるよな!俺もビビったからさー。俺の手首ガシッ!からの股間に膝グッ!だもんよ。そのグッ!は一回じゃなくてさ――……」
俺はなんであの時、無理にでも風太と遥人について行かなかったんだ。
この気持ちはなんだ?
腹立たしいような、申し訳ないような、胸の奥がザラザラと音を立ててる。
なんで遥人と行かせたんだよ、俺。
「――……い……おいって!」
――ハッ……!
「あ、あぁ、なんですか?」
「なんですか?じゃねぇよ。俺の話聞いてた?てか、お前が聞いてきたんじゃん?」
ふくれっ面で俺をみる風太の顔は、ほんの少し頬が赤く上気している。
「なんか、活き活きしてますね。」
ふ……と口の端だけで笑う。
「どこがだよ。んでもってその顔ムカつく。」
「え?」
「俺、超~怖かったんだぜ?なのにその顔はなんだよ。」
あ。
また、だ。
自分でも分からないんですよ。こんな風に振舞ったら、風太がいい気しないの分かってんです。
分かってながらやってんです。
なんなんでしょうか。
返す言葉が見つからない。
「ほーら、またそうやってマイワールド!」
鼻先にチョンチョンと風太の指が突きつけられる。
キュッとその指を握る。
ぴょこん!人差し指を立てる。
「え。」
「あ。」
しまった。
つい条件反射でやってしまった。
「おい。誰が“この指止まれ”って言った?」
「すすす、すみません。無意識にやってしまいました。」
あちこち目が泳いでるのが自分でも分かる。
風太がため息をつく。
「別に怒ってねーよ?」
「本当に?本当の本当に?」
「俺の指を食べなかっただけまだいいや、とすら思うわ。」
「――!!」
高速でまばたきをする俺を見て、風太が小さくフフンと笑う。
そのまま頭の後ろで腕を組むと、空を見上げて大きな欠伸をした。
「ふぁぁぁ……いっぱい喋ったら疲れたぁ。」
風太の髪が小さく揺れる。
“まぁいっか”って聞こえたような気がする。
手を伸ばし、揺れるつむじの毛先を指先でツンツンと弄ぶ。
「くすぐったいな!やめろ。」
風太が振り返る。
「んー……まだ何かありますよね?他に何か。なんとなく。」
俺を見る風太の瞳が、くるんっと光を反射する。キュッと固く閉じられた口。
でも、少しでもつついたら、何かが飛び出してきそうだ。
ふいっと風太が前を向く。
長いまつ毛のその先には何が見えてるんだろうか。
サクッ……サクッ……
ギュッ……ギュッ……
雪を踏みしめる音が
重なっては離れ、
離れては重なる。
遊歩道のずっと先まで続く柵。その上に微かに積もってる雪を指先ですくいあげ、風太に向かって投げる。
ポシャッ……
小さな雪の塊が、風太の背中に当たって落ちた。
――ピタ。風太の足が止まった。
あれ?
貫禄ありすぎだったはずなのに。
風太の後ろ姿――こんなに小さかったっけ?
そこからトーンの低い声が聞こえる。
「……煌人、今、寒い?」
「いや?寒くないですよ。」
「ちょっと、ベンチ座らね?」
「いいですけど……風太は寒くないですか?」
「ん。」
風太の肩が、ほんの少しだけ上下してる。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「はあーーー……見て。すっげ白いの。」
笑う風太の唇から、また白い息が漏れる。
ふんわりとした
弧を描いて
すっと消えていく。
「それ、持って帰りたいです。」
空気に馴染んでいくのを目で追いかける。
「きゃあ。煌人さんやめてー。」
風太が両腕を抱きしめて、ブルブルと震えてみせる。
「フハッ……!なんですか、それ。」
あ。俺の口からも、白いの出た。
「笑い声って、こんな形してるんですね。」
隣に座る風太の目がくるんっと輝く。
「煌人、お前……」
「な、なんですか……?」
「ロマンチックな時もちゃんとあるんだな。」
「ん~?どこがロマンチックでした?」
「べっつにぃ~。」
風太がククッと笑う。
空を見上げる。
大きなまばたきと一緒に
また、俺を見る。
「あのさ、俺、すんごい伝えたいことあんの。」
うなずく代わりに俺も大きなまばたきを返す。
“うん、聞かせてください。”
「遥人と話してて思い出したんだ。昔、彼女がいた時のこと。――あ、ちょっとな。ほんの少し。えっと……一週間あるかないか?」
「それはまた、短い恋でしたね。」
「うん、まあ。」
「その彼女がどうしました?」
「俺、別に彼女の話がしたいわけじゃない。ただ、思い出したらさ、あ!!ってなったんだよ。」
――あ。風太……っ。
鼻の頭が真っ赤です。
えっと……えっと……そうだ!!
ブレザーを脱ぎ風太の頭から被せる。
くるっと袖を首に巻き、軽く前で縛る。
うん。よし。
「なんだ、これは。」
「風太を雪女から守るためです。イケメン好きな雪女なら、風太を連れていきかねないですから。」
「はいはい。お前こそ寒くないの?風邪引くぞ?」
「変態なんで風邪引いたことないです。それで?あ!!っとなって、どうなったのですか?」
「なんだ、ちゃんと聞いてたのか。」
「聞いてますよ。風太が“伝えたい”って言えば、宇宙からでも飛んできて聞きますとも。」
「スケールがデカいな。」
「異世界に転生したとしても、そこでチート発動したとしても……」
「世界を広げないでくれる?話がおかしくなるじゃん?大人しく聞いとけよ。」
そっと手を伸ばし、風太の首元に巻いた袖をキュッと握る。
大きな丸い瞳を覗き込み、小さくうなずく。
風太の小さな唇から、奇跡のような言葉がこぼれ落ちる。
「俺――お前が初恋だわ。」
スルッ……
袖から落っこちそうになった俺の腕を風太がキャッチする。
「ちゃんと聞いてた?」

ちょっと、口閉じる方法忘れました。
でもしっかりと耳に、心に届いてます。
「聞いてた。」
「クフッ。――変な顔っ。」
風太がクシャッと微笑む。
クフッ。だとぉ!?
けしからーーーーん!!
ゴゴゴゴゴゴ……
ゴゴゴォォォォオオオオオ……
「ヤバい!ロケットが飛びそうです!いや、文明が生まれそう!風太っ!広辞苑持ってます!?“はつこい”って何でしたっけ!!」
「持ってるわけねぇだろ。バカ!」



