ある日、ゾンビを助けたら。2


――パチ。

俺、開眼。

白い天井。
横には、カーテン。

あぁ、保健室?

「蘇生したか、おバカゾンビ。」

風太の声だ。
声の方へ目線を流す。

風太のまんまるな目が俺を映している。

「風太の目に映ってる俺って、かなりのイケメンですね……」

ぼそっと口をついて出る。
風太のまるい目が更にまんまるになる。

「はーー、あっきれた!」


クッ……と笑う。
「俺、なんでまた保健室?」
「覚えてないのかよ。なんか知らんけどぶっ倒れたから、バリケードたちがここまで運んだ。」
「そうですか。バリケードたちが……。」

バリケードたち……

――あ。

「マシュマロ!マシュマロはどうなりました!?」
「鷹野のオヤツのことか?」
「オヤツ!?」
「あいつの大好物なんだよ。元気になるって言ってさ。」
「大好物!?そして元気に!?」

ワナワナ……

「あんのインテリ眼鏡め、風太のマシュマロリップが大好物だと?しかも元気に?」

「えっと……ちょっとよく分からないな。お前、まだ呆けてんのか?」

風太が俺の顔を覗き込む。
眉を寄せ、心配そうだ。


――ムズッとする。
そのクソ愛おしい頬を両手で掴む。

「ぅわ!いきなりなんだよ!離せ!バカ!」

猫パンチの如く、風太パンチが繰り出される。

頬を掴んだまま引き寄せる。

スッ……
鼻先を風太に寄せる。

「えっ、ちょっ、お前っ……」

ググググ……。
風太が手のひらを俺の頬に押し付ける。

「離せって言ってんだろーが!!」

怒号と共に、風太の指が俺の頬を思い切りつねった。

――ギュウゥゥゥ!!


「いってぇぇぇえええ!!」


頬を押さえ、枕に向かってのたうち回る。

肩で呼吸をしながら、風太が怒鳴る。

「やるならちゃんとやれよな!!」

「へ?」

「大事なことだろ!!勢いでやるんじゃねぇよ!!俺は……っ、そういうのが……っ、ものすごく……っ、大っっっ嫌いだ!!」


――ズドーン。

あ。
隕石降ってきた。

“大嫌い”という隕石が。



俺のバカ。



こんなの、風太がまた、俺の手からするりと逃げてしまう。

風太のブレザーの袖をキュッと掴む。

「風太っ、お願いです。行かないでください。」

風太のまつ毛が掴んだ袖へと、ゆっくり伏せる。

小さく、二度、上下する。

その瞳が、すっと俺を捉える。


「――どこに行くって言うんだ?お前どうかしてるぞ。なんだよ、どうした?」

「え……。」

風太は変わらず俺のベッドのすぐ側に、丸椅子に腰掛けていた。
立ち上がろうという素振りもなく、だらっと少し脚を開いてそこに座っている。

「風太……逃げないんですか?」

「ブハッ!なんだその顔。まずそのアホそうな口閉じろ。」

「あ、はいっ。お口はチャックします。キュッ!」

「そんで、話を聞け。」

「はいっ。」

耳に小指を突っ込みゴソゴソッ。
よし、耳、開通。

「悩みがあるなら言え。溜めるな。暴走するな。一人で無茶するな。分かる?」

「はいっ。」

「もう、一人で頑張らないで。――俺はお前の彼氏なんだろ?」

「はいっ。……は、はいっ!?」

「違うのか?」

ちょーっと待ってくださぁぁいっ!!
今、それ言う!?
また俺、危険天然記念物になってしまいますよ!!

「違わない!……です!――でも、今は、そういうこと、言わないでください。」

「なぜに?」

「えっと……その……あっ、そう、そうそう。付き合おうってまだ言ってません。」

俺を見据える瞳が、一瞬の間もない速さで、ぐんっと距離を詰める。

「あわわわ、風太っ……!」

目を逸らす。

「こっち見ろ。」

渋々、風太を見る。

丸くて大きなその瞳には、ゆらゆらと俺が映っている。
そこの俺、風太の瞳の中で呑気に揺れてんじゃねぇよ。

そこの俺と、ここの俺、同じ俺なのになんでこんなに違うんだ。


「なぁ、煌人。――俺と付き合ってよ。」

「えぇっ!!それっ……俺っ……えぇ?」

「俺は、お前の彼氏になりたい。」

「待って!!」

バッ!!
俺の手が風太の口を塞ぐ。

風太がすぐさま俺の手をひっぺがす。

「ぷはっ……!何のつもりだよ!」

「だって、それは俺に言わせて欲しいです。」

「え。やだ。お前にはこの権利はやらん。」

「ななな、なぜですか!?……俺だって言いたいのに。なのに、何、お先に失礼みたいに言ってんすか!」

「早いもん勝ちだから。俺のが早かったもん。もたついてる奴には権利やらん。」


“もたついてる奴には”

ああ、痛々しい。
全くもってその通りです。


「完全……敗北です。」


「ざまあ。」

風太がフフンと鼻で笑う。




うわ……

ゆるふわじゃない方の王子が俺に降りてきた。


「あの……俺の彼氏の風太さん……話したいことがあります。だがしかし、俺の彼氏の風太さんに話していいものかどうなのか。ねぇ、俺の彼氏の風太さん?」

「言えよ。俺、聞くから。」

なに?もう。
クソ可愛い顔して頼りがいあるのは、反則ですっ。俺の彼氏の風太さん。

チラッと風太を見る。

そこに居る俺の彼氏の風太さんは、いつもと変わらない瞳で俺を見ている。

くるっとした可愛い瞳で。

俺の話なんて本当に風太にしていいのだろうか。

だって……


俺、


変態だし……。


ごめんね、風太。


やあ、はじめまして。
俺、風太の彼氏のド変態さんなんです。


風太が小さく息を吐く。
肩が揺れただけで、非常に可愛い。
クソ困る。

「煌人、俺、お前の話が聞きたい。」

「ぬわぁーー!!」

「うわ!ビックリした!急に叫ぶなよ、なんなんだよ。」

「すみません。すみませんったらすみません。風太が可愛くて愛しくて。困ったことに俺は今、好きが溢れてお札を刷る機械みたいになってるんです。」

「ブハーッ!!」

風太が吹き出した。
腹を抱えて涙流して、ヒィヒィ言ってる。

何がそんなに面白いのか。

「真面目な話なんです。笑わないでくださいよ。」

「だってお前っ……お札を刷る機械って!!ダハハハ!!あかん、無理!!わけ分からんのに分かっちゃうの無理!!」

お腹を抱え、脚をパタパタ、ふわふわの髪が小さく揺れて……まるでオモチャのようだ。

「風太、笑うの止めないと担いで連れて帰りますよ?」

「別にいいよ。……クククク。ダメだ止まらねぇ……クックック」


ああ、もうダメだ。


――ギシッ……


ぎゅうぅぅぅぅっ。


風太の小さく揺れる肩に顎を乗せ、思い切り抱き寄せる。

ふわっと香る風太のシャンプーの香りに、
俺はベロンベロンに酔ってしまうよ。