ある日、ゾンビを助けたら。2


諦めろ?

遥人と俺の間にヒリヒリとした空気が漂う。

さっき俺は、気の向くままに煌人を煽った。
揶揄ったわけじゃない。

お前に
触れたくて、

触れられたくて、

それで――


土壇場でビビった……。


誰よりも煌人に近い遥人からの言葉は、こんなにも重くて痛い。

でも俺、そんなのに負けらんねぇんだ。

「やだね。」

「優しい忠告してやってんのに。」

「優しい?どこが。諦める諦めない、それは俺が決めることだ。言われてやめるくらいならとっくにそうしてるっつーの。」

つま先で廊下を軽く蹴飛ばす。
隣を歩く遥人の足がピタリと止まる。

「その彼女?彼氏?どうなったんだ?」
「迷うなよ。彼女だよ。――別れた。」

次の言葉を探してる遥人に目で促す。
“ほら、教室行くぞ。”
ゆっくりと、また歩き出す。

この空気、苦手だ。
恋バナってやつはなんでこう……むず痒いのか。

いたたまれず、沈黙を破る。

「帰り道で抱きつかれたんだよね。彼女のこと好きだったのに何も感じなかった。頭ん中、家帰ったら何しようとかそんなことばっか考えてた。その時に、あー無理だ。と思った。終わり。」

手をパッと広げる。

「それ、いつの話?」
「中二。」
「そうか。」

――“中二”。
たったそれだけの言葉が、また沈黙を呼ぶ。

俺の視界の端で遥人のまつ毛が小さく動いた。
分かってるよ。俺の恋愛対象がどうなのかお考え中なんだろ?

「なぁ、遥人。何か言いたいなら言えよ。」

遥人の肩がゆっくり上下する。
何か言おうとして、止まる。
また、口を開く。

「中二、思春期のかかりだな。お前、もしかして自分で《《分かって》》る?」

ほら来た。

「ほどほどには。」

「アホそうな面して意外とくすぶってんのな。」

「アホは余計だ、クソ遥人。」

「足りないのは――、覚悟じゃなくてやっぱ経験値か。」

「ふん、どうとでも言え。教室着いたぞ、入れよ。」

「はいはい。貴重なお話をありがとうございます、と。」

遥人は俺に軽く会釈すると、教室のドアをくぐった。




授業なんか頭に入りゃしない。
俺の中のモヤモヤが鎮まっては起き上がり、
その度にスクスクと育っていく。

「うーーん……」

うっかりと低い声が、小さく漏れる。


――コツン……パサッ。

何かが背中に当たって、落ちた。
目だけで床を確かめる。

あ、紙くずだ。

拾いあげ、開く。
適当に描いた富士山の絵の下に『王子、貧乏ゆすりはやめろ。』の文字が見えた。

パッと太ももを押さえる。

チラッと目線を富士川に投げる。
大きく眉を上げ、目ヂカラ最大の富士川。
口パクで“気をつけろ”と言っている。

マジか。無意識だったわ。
ダメだこりゃ。

手を挙げて立ち上がる。
「先生!すみません!俺、頭痛するんで保健室行きます!」

パタパタパタッ!足早に教室を出る。

「保健室好きだな、おい!……って、もう行っちゃったね。……速くない?」

先生の声を置き去りに、俺の足は駆け出していた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


――ガラガラッ!!
保健室の引き戸を躊躇わずに開け放つ。

目の前の閉められたカーテンの向こうで、膨れたベッドがゴソッと動く。

うん。まだそこに煌人は居る。


ガラッ!――タンッ!!
半ばヤケクソで戸を閉める。

タッタッタッ。

――シャッ!!カーテンを開け放つ。

両腕をめいっぱい上げ、その膨らみに向かって一気に振り下ろす。

ボスッ!!

反応なし。

もう一度。
今度は上半身もプレゼントしてやる。

ボスンッ!!

「……グハッ。」
小さく聞こえた。

よし、もう1回だ。
大きく振りかぶって~……

せーの!!


「わーっ!!待った待った!!」
飛び起きた煌人が俺の腕をキャッチする。
「あ、起きた。へへっ。」
「寝てませんから!!俺を殺す気!?」
「なんだ……起きてたんだ。」
「ちょっと残念、みたいな顔しないでもらえます?」
煌人が俺の腕を丁寧に押し返す。

あら、バレてる。
腕を振り下ろすの、実はちょっとワクワクしてた。

「残念なんて、思ってないよ。」
肩をすくめる。

「嘘はおやめなさい。」

煌人はゆっくりと座り直すと、乱れた髪に軽く手ぐしを通した。
パンパン!と両頬を軽く叩き、チロッと俺に目線を向けた。

「なんで戻ってきたんです?」


一歩下がる。
姿勢を正す。
すうっ……息を吸う。

「さっきは悪かった。ごめん。」

深く頭を下げる。

あ。しまった。
頭下げちゃったら煌人の顔が分かんねえ……。

――ドッ……喉の奥が熱くなる。

――ドッ……ドッ……ドッ……

煌人、お前、今、どんな顔してる?なんで黙ってるんだ?いつもみたいに言ってくれ。

“ツムジがキュートですっ♡”
“ぺこりん頭、クッソ可愛い!!”

ほら、たくさんあるぞ。

「……煌」


――グンッ!!
突然の強烈な引力。

「ぅわっ!!」

――トスッ。

ぎゅうっ……


一瞬の事だった。
腕を強く引かれた俺は、そのまま煌人の懐に頭ごと突っ込んでいた。
煌人の長い両腕が、抱えるように俺の背中を包み込んでいる。

俺の頭も心の中も

“△%@□И☆%@И☆!?”

まさにコレだ。

音無き音がガチャガチャと騒がしく、そして静かだ。

布団越しの煌人のお腹の温もり。
呼吸の度にふわっふわっと揺れる身体。
それだけが今の俺ができる状況説明。

どうすべき?
どうするのが正解だ?

ぐわぁーー!!
数式よりムズい!!
方程式は何だ?

えっと……

えっと……

ゴソゴソッ

右向き、左向き、

方程式っ……方程式っ……

ゴソッ、ゴソッ……

えっと……

えっと……

えーい!
もう起き上がってしまえ!

ゴソゴソッ!!

「あ!風太、待ってください!」

……ピタ。
「え、なんで。」
「あのっ……」
「なに。起き上がらせてくんね?」

「ちょっと気持ちいいなぁ、なんて。あっ、言っちゃった♡……照れますね♡」

その瞬間、俺は頭を持ち上げ、後ろに仰け反り、思い切りおでこを振り下ろした。

――ズドンッ!!

「うっ……無念!!」

ゆっくり頭をあげる。
前髪の隙間からそぉっと、煌人の腹、胸、喉、そして――瞳に、目線をよじ登らせる。

「――あ。」





いつもの煌人だ。
目を細め、微笑んでいる。
きゅぅっと唇を噛む。

煌人がほんの少し首を傾げて笑った。

「風太にしてやられましたね。」

「煌人……。」

「振り回される悦びを、ひしひしと噛み締めてました。」

「――はい?怒ってたのではなく?」

煌人の目がまんまるに開く。

「どこに怒る要素が?」

「さっき、シャッ!って。カーテン、シャッ!ってやったじゃん。超~怖い顔で!!」

「遥人が邪魔でムカついてました。トゥンク大行進中に来るなんてアイツ、イカレてますね。ったく、バカな兄がすみません。」

ブハッ!!
なんだ、この兄弟!!同じこと言ってる!!


「はぁぁぁ……。」

ガクンと膝の力が抜ける。

「風太、どうしました!?」

「俺はド変態のお前が大好きだ。」

大きく腕を広げ、俺の顔を覗き込む煌人を全身で抱きしめた。