諦めろ?
遥人と俺の間にヒリヒリとした空気が漂う。
さっき俺は、気の向くままに煌人を煽った。
揶揄ったわけじゃない。
お前に
触れたくて、
触れられたくて、
それで――
土壇場でビビった……。
誰よりも煌人に近い遥人からの言葉は、こんなにも重くて痛い。
でも俺、そんなのに負けらんねぇんだ。
「やだね。」
「優しい忠告してやってんのに。」
「優しい?どこが。諦める諦めない、それは俺が決めることだ。言われてやめるくらいならとっくにそうしてるっつーの。」
つま先で廊下を軽く蹴飛ばす。
隣を歩く遥人の足がピタリと止まる。
「その彼女?彼氏?どうなったんだ?」
「迷うなよ。彼女だよ。――別れた。」
次の言葉を探してる遥人に目で促す。
“ほら、教室行くぞ。”
ゆっくりと、また歩き出す。
この空気、苦手だ。
恋バナってやつはなんでこう……むず痒いのか。
いたたまれず、沈黙を破る。
「帰り道で抱きつかれたんだよね。彼女のこと好きだったのに何も感じなかった。頭ん中、家帰ったら何しようとかそんなことばっか考えてた。その時に、あー無理だ。と思った。終わり。」
手をパッと広げる。
「それ、いつの話?」
「中二。」
「そうか。」
――“中二”。
たったそれだけの言葉が、また沈黙を呼ぶ。
俺の視界の端で遥人のまつ毛が小さく動いた。
分かってるよ。俺の恋愛対象がどうなのかお考え中なんだろ?
「なぁ、遥人。何か言いたいなら言えよ。」
遥人の肩がゆっくり上下する。
何か言おうとして、止まる。
また、口を開く。
「中二、思春期のかかりだな。お前、もしかして自分で《《分かって》》る?」
ほら来た。
「ほどほどには。」
「アホそうな面して意外とくすぶってんのな。」
「アホは余計だ、クソ遥人。」
「足りないのは――、覚悟じゃなくてやっぱ経験値か。」
「ふん、どうとでも言え。教室着いたぞ、入れよ。」
「はいはい。貴重なお話をありがとうございます、と。」
遥人は俺に軽く会釈すると、教室のドアをくぐった。
授業なんか頭に入りゃしない。
俺の中のモヤモヤが鎮まっては起き上がり、
その度にスクスクと育っていく。
「うーーん……」
うっかりと低い声が、小さく漏れる。
――コツン……パサッ。
何かが背中に当たって、落ちた。
目だけで床を確かめる。
あ、紙くずだ。
拾いあげ、開く。
適当に描いた富士山の絵の下に『王子、貧乏ゆすりはやめろ。』の文字が見えた。
パッと太ももを押さえる。
チラッと目線を富士川に投げる。
大きく眉を上げ、目ヂカラ最大の富士川。
口パクで“気をつけろ”と言っている。
マジか。無意識だったわ。
ダメだこりゃ。
手を挙げて立ち上がる。
「先生!すみません!俺、頭痛するんで保健室行きます!」
パタパタパタッ!足早に教室を出る。
「保健室好きだな、おい!……って、もう行っちゃったね。……速くない?」
先生の声を置き去りに、俺の足は駆け出していた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
――ガラガラッ!!
保健室の引き戸を躊躇わずに開け放つ。
目の前の閉められたカーテンの向こうで、膨れたベッドがゴソッと動く。
うん。まだそこに煌人は居る。
ガラッ!――タンッ!!
半ばヤケクソで戸を閉める。
タッタッタッ。
――シャッ!!カーテンを開け放つ。
両腕をめいっぱい上げ、その膨らみに向かって一気に振り下ろす。
ボスッ!!
反応なし。
もう一度。
今度は上半身もプレゼントしてやる。
ボスンッ!!
「……グハッ。」
小さく聞こえた。
よし、もう1回だ。
大きく振りかぶって~……
せーの!!
「わーっ!!待った待った!!」
飛び起きた煌人が俺の腕をキャッチする。
「あ、起きた。へへっ。」
「寝てませんから!!俺を殺す気!?」
「なんだ……起きてたんだ。」
「ちょっと残念、みたいな顔しないでもらえます?」
煌人が俺の腕を丁寧に押し返す。
あら、バレてる。
腕を振り下ろすの、実はちょっとワクワクしてた。
「残念なんて、思ってないよ。」
肩をすくめる。
「嘘はおやめなさい。」
煌人はゆっくりと座り直すと、乱れた髪に軽く手ぐしを通した。
パンパン!と両頬を軽く叩き、チロッと俺に目線を向けた。
「なんで戻ってきたんです?」
一歩下がる。
姿勢を正す。
すうっ……息を吸う。
「さっきは悪かった。ごめん。」
深く頭を下げる。
あ。しまった。
頭下げちゃったら煌人の顔が分かんねえ……。
――ドッ……喉の奥が熱くなる。
――ドッ……ドッ……ドッ……
煌人、お前、今、どんな顔してる?なんで黙ってるんだ?いつもみたいに言ってくれ。
“ツムジがキュートですっ♡”
“ぺこりん頭、クッソ可愛い!!”
ほら、たくさんあるぞ。
「……煌」
――グンッ!!
突然の強烈な引力。
「ぅわっ!!」
――トスッ。
ぎゅうっ……
一瞬の事だった。
腕を強く引かれた俺は、そのまま煌人の懐に頭ごと突っ込んでいた。
煌人の長い両腕が、抱えるように俺の背中を包み込んでいる。
俺の頭も心の中も
“△%@□И☆%@И☆!?”
まさにコレだ。
音無き音がガチャガチャと騒がしく、そして静かだ。
布団越しの煌人のお腹の温もり。
呼吸の度にふわっふわっと揺れる身体。
それだけが今の俺ができる状況説明。
どうすべき?
どうするのが正解だ?
ぐわぁーー!!
数式よりムズい!!
方程式は何だ?
えっと……
えっと……
ゴソゴソッ
右向き、左向き、
方程式っ……方程式っ……
ゴソッ、ゴソッ……
えっと……
えっと……
えーい!
もう起き上がってしまえ!
ゴソゴソッ!!
「あ!風太、待ってください!」
……ピタ。
「え、なんで。」
「あのっ……」
「なに。起き上がらせてくんね?」
「ちょっと気持ちいいなぁ、なんて。あっ、言っちゃった♡……照れますね♡」
その瞬間、俺は頭を持ち上げ、後ろに仰け反り、思い切りおでこを振り下ろした。
――ズドンッ!!
「うっ……無念!!」
ゆっくり頭をあげる。
前髪の隙間からそぉっと、煌人の腹、胸、喉、そして――瞳に、目線をよじ登らせる。
「――あ。」

いつもの煌人だ。
目を細め、微笑んでいる。
きゅぅっと唇を噛む。
煌人がほんの少し首を傾げて笑った。
「風太にしてやられましたね。」
「煌人……。」
「振り回される悦びを、ひしひしと噛み締めてました。」
「――はい?怒ってたのではなく?」
煌人の目がまんまるに開く。
「どこに怒る要素が?」
「さっき、シャッ!って。カーテン、シャッ!ってやったじゃん。超~怖い顔で!!」
「遥人が邪魔でムカついてました。トゥンク大行進中に来るなんてアイツ、イカレてますね。ったく、バカな兄がすみません。」
ブハッ!!
なんだ、この兄弟!!同じこと言ってる!!
「はぁぁぁ……。」
ガクンと膝の力が抜ける。
「風太、どうしました!?」
「俺はド変態のお前が大好きだ。」
大きく腕を広げ、俺の顔を覗き込む煌人を全身で抱きしめた。



