ある日、ゾンビを助けたら。2

┈┈┈
┈┈┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

こんにゃく芋騒動もありましたが、風太との日々は今日も平和です。

キスをしたあの日から、何かが急展開を迎えることもなく、俺の風太ランド上陸もあれっきり。



「――平和過ぎる……。」

洗面所の鏡の前、歯ブラシを止め、小さく息を吐く。

「うーむ。」

また歯ブラシを動かす。


「朝から心気臭ぇ奴がいるー。」

鏡の端から、遥人がひょこっと顔を出す。

「うるひゃい。」

「平和であることに感謝しろ。」

「うるひゃい。」

「波乱万丈なんて疲れるだけだぞ。」

あーもー、うるっさいなぁ。分かってますよ。
水を口に含み、乱暴に吐き出す。歯ブラシをコップに投げ入れる。

「別に波風立てたいわけじゃないです。」

ふいっと洗面所を後にする。



俺は行くのだ。学校へ。

風太の待つ十字路へ、昨日も今日も明日も変わらない俺で行くのである。


余計なことは考えるな。

欲深くなるな。

今を見ろ。


ジジババが俺に酸っぱいほど言ってきたではないか。


タッタッタッ……
ふむ。今日も軽やかな足音である。


――居た!風太!

今日も十字路に、鼻の頭を赤くした風太が立ってる。

しかし、風太はいつも何時からそこに立っているのです?
先に着いて驚かせたくて、早め早めに出てるけど未だに勝ててないんですよね。

いつも俺が待たれる側なんだなぁ。

「風太ーっ!」

手を振り、加速する。

振り向く風太は、いつも二カッと笑ってくれるんだ。
赤くなった鼻の頭が強烈に可愛いのだ。
たまらんのだ。

目の前の雪たちよ、どきたまえ。
除雪車が通りますぞ!

「ふーうたーーーーーっ!!」

ゴォォォオオオオ!!
爆速っ。


――グンッ!
後ろから、俺のリュックが引っ張られる。

「誰じゃぁぁい!邪魔すんじゃねぇ!」

「あ。すまん。」

パッと手を離したのは、バリケードの鷹野だ。

なんだ?どうしたんだ?

「お?鷹野、早くないっすか?」

鷹野は小さく頬をかくと、俺を木の影に引っ張りこんだ。

「ちょっ……何?なになに?」

「お前、多分ポンコツだから伝えに来てやったんだよ。感謝しろ。」

「はい?何の話ですか?」

「浮かれポンチ、よく聞け。光星が誰かを待つなんて――有り得ない。」

「いきなり何を。」

「俺が知る限りでは、光星が誰かを待ったことなんて今までに、ない。」


――あ。うん。
わかってるんだ、それ。
知ってるんだ、それ。

風太は、多分、そう。

だから俺は走ってるんだぞ。
毎朝、毎朝。

でも風太より早く着けないんだよ。

「……知ってます。」

「なんだ。分かってたのか。」

「うん。だから……。」

つい眉間を寄せてしまう。
鷹野が慌てたように頭を下げる。

「悪い。余計なことだったよな。」

「いえ。だから……」

鷹野の眉がきゅっと上がる。
俺の顔を覗き込む。

「ん?」

「だから――助けておくれ!!」

「はい?」






「ブハッ!!お前っ……クククッ」

鷹野がバカウケだ。
何がそんなに面白いのか。

「なになに、お前、光星を待ちたくて少しずつ時間早めてたの?で、未だに勝てない?アハハハ!」

「笑うな。俺は真剣に助けを求めてんすよ。」

「一生、勝てねえよ。諦めろ。光星はずーっと超低血圧男だったんだ。そいつが毎日早起きして待ってんだよ。負けるわけねーじゃん。」

鷹野が勝ち誇ったように俺を見る。

次の瞬間、後ろから冷えた声が聞こえた。

「鷹野ぉー……余計なことしてるなぁ、お前。」


ひぃ。風太ちゃん。

しかしさすが幼なじみ鷹野。悪びれもせず風太に言い返している。

「余計で結構だ。洞は変態のバカだから、お前の大好きを叩き込んでやりたくなったんだよ。」

「確かに煌人はド変態のアホだけど、いつもちゃんと受け取ってるさ。過保護かよ。」

「過保護にもなる。こんなド変態が光星の初めての恋人とか心配で発狂するわ。」

「俺もまさか初めての恋人がこんなド変態野郎になるとは。正直、驚いてる。」

「分かってんならいいんだ。」

「鷹野……お前ってやつは。」

風太と鷹野が見つめ合う。
二人、それ以上言葉は要らない。
うん……と頷き合う。




「ちょーっと待て!なんか変!今、なぜか俺の心がポキッと音を立てました。」

二人が揃って、
憐れみの目で俺を見る。

「やめて?その目、やめて?」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


学校までの道。

煌人と肩を並べて歩く。

鷹野の話をどう思ったかな。
重いかな?なんて不安が頭をもたげてくる。
煌人はそんなこと思わないって分かってるくせに、俺の心はそう思っちゃうんだ。

「煌人、さっきのは鷹野なりの、なんていうか、親心っていうか、まあアレだ。気にするな。」

「あ、ちょっとだけ静かにしてもらえますか?思いが過ぎると窒息しそうなんで吐かせてもらいますね。」

「……あ。ごめん。重いよな。」

「風太が早起きしちゃうくらい俺のこと大好きって、最高かよ。可愛いかよ。萌え殺す気かよ。もっかい今すぐチューしたい。けっこう激しいやつ。酸欠必至。」


――はい?
どさくさに紛れて何か聞こえたのだが。


「ふぅ、スッキリィ♡で?さっき何て言ってました?」

「えっと~……もういいや。」

開いた口が塞がらないままだ。

しかも思い出してしまった。
最高に気持ちよかった煌人とのキス。
あんなの、俺だって毎日したい。
全部ほったらかして、ずっとしてたいわ。

「俺も思いが過ぎるから吐き出そっかな。空に言うだけだから。煌人に言ってるわけじゃないから。」

カラッと晴れた青空を指さし、息を吸い込む。せーのっ。

「あのキスは気持ちよかった。死ぬかと思った。頭おかしくなるかと思った。そんなのどこで覚えたんだってちょっと嫉妬。今すぐチューしたい。一日中バカになるくらいしたい。」

チラッと煌人を見る。
なんだよ、そのアホ面は。

「ふふん。ざまあ。」

口の端だけで笑ってみせる。



煌人の瞳は今日も真っ黒に光ってる。
そこには、俺しかいない。
微動だりせず、煌人の視界を独占してるんだ。それすらも気持ちいい。

俺と視線が絡み合ったまま、煌人がボソッと呟いた。

「俺、オカルト部に用事があるかもしれません……。」


――あ。
それって……


「奇遇だな。俺もオカルト部に大事な用がある。」

「それは……奇遇ですね。」

「うん、そうだな。」

一歩、また一歩、雪を踏みしめる。

ほんの少し足音が早くなったのは……



気のせいだよね?