ある日、ゾンビを助けたら。2

ほとんど誰も来ない別棟の三階。
干からびた水道の蛇口が、
くすんだ光を放っている。

靴裏がホコリと擦れる度に
小さくジャキッ……と音を立てる。

いつ来ても寂しい場所だ。

そして――

「ふふっ。安定の気味の悪さ♡」


懐かしいな。
編入してきた頃、
学校探検をしていて見つけた
気味悪いランキング一位の別棟三階。

突き当たりにひっそりと佇んでいた
“オカルト部”の扉。

小さく揺らすと、
扉が――開いちゃったんです。


そして俺は、
そこで風太を見つけました。



教室で居場所を失った風太は、
必ずそこに居るはずです。



扉に手をかける。
抵抗なく扉がガラガラ……と開く。

「ふ。やっぱりね。」


そっと中へ足を進める。


本棚の隙間から
投げ出した足が見える。


あ。
だらりと腕が落ちてますね。


――ほら。

ソファでうたた寝してる
ハムちゃんみーっけ。


「くっ……可愛すぎるっ♡
 ソファごと運び出したいな。」


じわじわと近寄る。


「おっと……頭が高いな。
 これは一回拝むべき。」


床に正座をし、手を合わせる。


「何とも眩いハム神よ。
 俺のお目目を潰す気ですか?ふふ。」


じっ……と風太の寝顔を見つめる。

閉じたまつ毛が
小さな影を落としている。
時々ほんの少しピクッと動く。

「何の夢みてるんですか?」

柔らかそうな髪に手を伸ばす。
きゅっと指先を縮める。

触りたい。
でもダメです。
起こしてしまう。

寝かしてあげたいです。

きっと今日は
遥人のお守りで疲れたでしょう?


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


俺は何故か牧場に立っている。
鼻息の荒い闘牛が
俺の目の前から動かない。

困ったな。

刺激したら、
間違いなく吹っ飛ばされる。

フッ……フッ……という音が
闘牛の気性の荒さを物語ってる。

でも俺、行かなきゃ――。

煌人が待ってるんだ。

『よし。何とかなるっ!』

闘牛を睨みつけ、
全力で地面を蹴る。

フーッ!フーッ!
うわ、追いかけてきた!

ヤバい!

俺っ……

俺っ……


「煌人に会う前に死んじゃうっ!!
 やめろ!お前なんか焼肉だ!」


――パチッ!!


「あ……れ……?

 え!?煌人!?」


目の前に煌人の顔がある。
驚いたように目をまん丸にして
俺を見ている煌人が。


「え?え?煌人?
 ……なんでここに?」


ここは、
俺しか知らない場所のはずだ。

頭が追いつかない。


煌人が吹き出す。

「焼肉ってなんですか?」


「え?あぁ、俺さ、
 鼻息の荒い闘牛と闘ってたんだよ。

 とにかくフーッフーッって
 すんごくてさ……」


「なるほど。
 それは、こんな音かい?」

フーッ……

フーッ……

煌人が鼻から大きく息を吹いて見せた。


「おお。それだ!それだよ!
 なぁんだ、煌人だったのかぁ!」


「ええ、風太の眠る姿に
 ひたすら興奮してしまいましてね。
 ははは、面目ない。」


「そかそかー。……っておい。」


なんっだよ。
コイツの鼻息で
俺はあんな怖い夢を見たのか。

無性にしばきたいな。



ムズムズする俺の手は、
いつの間にか煌人の手に包まれた。

その手に目線を落とす。

「なぁ、煌人。
 なんで俺がここにいるって
 分かったんだ?」

握り合う手を煌人が
ゆらゆらと揺さぶる。

「風太が隠れる場所はここでしょう?」

「つくづく不思議だな。
 お前に会う前のことだぞ。」

「あー、うん、まあ。」

「なんだよ。」

「いやぁ……実は、ここ。
 俺もこっそり忍び込んでましてね。
 ほら、あそこの本棚。
 あの隙間から見つけちゃったんですよ。
 朝のHR前に、
 “クッソだりぃ~”からの水一気飲みを。」
 (※season1・3-1参照)


思わず飛び起きる。

「えっ。」

「ふふっ。」

じゃあ、なんだ?
コイツ、出会った時すでに
俺の諸々知ってたわけか?

「マジ?」

「マジっす。
 一気飲みしてる口から
 牙が見えた時はゾクゾクしました。
 その時から――まっさかさま。
 這い上がれずに今もどっぷりと。」

うへ~って顔の煌人に吹き出す。

「なんなん、お前!
 最上級の“きっしょ”やるわ!」

「えっ!待って。もっかいください!
 ボイレコに入れて
 朝のアラームにしますっ!」

「それはやめろ。」



煌人が声を立てて笑っている。
その頬に手を当てる。

「……なんなんお前。」

「洞煌人です。」

「わかっとるわ。」

もう片方の手も頬に添える。
ギュッと力を入れる。

見つめ合う。


「プッ……変な顔っ。」


「え、酷いでしゅ。」


「でしゅって言うな!」





「あのー、そのイチャコラを
 朝も今も見せられてる俺、
 非常に辛いんですけどぉ~?」



「あっ!遥人!!」

俺が目線を上げると同時に
煌人も不満そうな顔をした。

「うわ。もう来た。
 うまく撒いたと思ったのにぃ。」



煌人を挟んで、
ソファに座る俺と
壁にもたれかかる遥人が
じっと牽制し合う。


遥人が口火を切った。

「せーっかく、
 ド変態のふりしてやったのに、
 なんで無理なんだよ。」

「はぁ……めんどくさいな。
 なぁ、煌人、俺の髪かいでみて?」

「えっ……そんなっ♡
 照れますけど喜んで。」

煌人に頭を差し出し
軽く髪を振ってみる。

「グハッ。俺と同じ匂いっ!」

「うん。どう思う?」

「新しいシャンプー買いに行きましょう。
 俺と風太だけの愛のスメルを。
 今のは遥人も使ってるからダメです。」

「フハッ……最高。」

チラッと遥人に目線を投げる。

「ね?お前じゃ物足りないわ。」

「完全敗北が
 こんなに嬉しいことってあるか?
 愛のスメルとか気持ちの悪い奴だ。
 ……良かった。勝たなくて。」

遥人は肩を竦めて
行ってしまった。


遥人の背中を見て
キョトンとする煌人に
俺は心がむず痒くて仕方ない。

「あー、もう。」

煌人の肩に手をかけ、
力任せに引き寄せる。

不意を打たれた煌人が
そのまま俺の胸に落っこちてきた。

「ななな、何すんですか!?」

「あー、もう、もう、もう。」

両腕で抱きしめる。
煌人の髪から、俺と同じ香りがする。

「なぁ、煌人?
 お前さ、何で言わなかったの?」

「何を?」


「ここで俺のこと見つけたんだろ?
 それ、あの時言えばよかったのに。

 ――そしたらさ……。」


「そしたら何ですか?」


そしたら――

今頃もっと
近づいてたかもしんないじゃん。

回り道もなく、さ。


「べーっつに。なんでもない。」

腕の中の煌人の頭に顎を乗せ、
オカルト部の備品をただ眺める。


腕越しに煌人の声が響いてくる。


「言っちゃダメだと思ったんです。
 今だから言えたんですよ。
 そういうことも、ありますよ。」


はぁ……お前ってやつは。
どこまで最高なんだろ。


「お前がド変態で良かったよ。」

「はい?」

「ド変態じゃなかったら
 モテてモテて仕方なかったろうな。」

「えっ。俺そんなにモテたことないです。」

「うん。ド変態だからな。
 そのまんまでいいよ、ずっとさ。」


「――ふむ。
 風太がそう言うのなら
 そうなのでしょうね。

 ……てか、そろそろ離してくれません?」


抱き込んだ頭が
ゴソゴソと動き出す。

ぎゅっとまた抱き込む。


「ちょっ……と!ホントに!
 もう離してください!苦しい!」


「ふ……。
 ちょっとは酸欠にでもなってみろ。」


「苦しいのはそっちじゃないっ!!」

ガサッ!!

煌人の身体が強引に
俺の腕から逃げ出す。


ドンッ。

一瞬なにがどうなったのか。

俺は、ソファの上に押し倒されていた。


「苦しいのは俺の我慢ですよ。
 
 ――散々言ったでしょう?
 俺がもう危ないんだって……」


「まーた、そんなこと言って。」

クスッと笑いながら
起き上がろうとするが、

あれ?

動けねぇ……。

煌人の腕の力が――強い。


「……えっと、あの、煌人?」

ニコニコと笑いかけてみる。

目で精一杯伝える。
“何してんの?離して?”


俺をソファに押し付けてる
煌人の腕に、また力が入る。


「ちょっと、痛い。」

「痛くないです。
 そこは加減してます。」

「痛いな~……なんて。」

「痛くないです。
 俺が風太を痛くするわけない。」


その黒い瞳、

俺に、
こぼれ落ちそうだ。

落ちないように見ててやるよ。


「煌人、どうすんの?」

「わかりません。」

煌人の目が
パチパチパチと瞬きを繰り返す。


「ノープランか。」

「そんなもんないですよ。
 ただ、もう、こうしていたい。」

「こう……とは?」

「……。」


固く唇を結ぶ煌人の顔に
迷いこそないが、
決意もないな。

俺は身体の力を抜いた。

パタッと頭も腕もソファに下ろし、
大きく息を吐く。


「もう、したいことしろよ。」


「――え。」




「あれこれ考えんな。
 したいことすりゃいいじゃん。」


俺の言葉に
煌人の瞳が真っ黒く揺れる。