ある日、ゾンビを助けたら。2


俺、声の出し方を忘れたかもしれません。

「……あの……風太。」

なんだ、このおかしな声は。
掠れてスッカスカじゃないか。

「なに?続き、言ってよ。」

ぐはっ!風太の声が甘い。
鼻血が目から出るかもしれない。

「……っ!!おっ、俺はっ……」

「うん?」

「受けますかっ!?それともっ……」

「――は?」

は?て。大事な確認ですよ、これは。

「だからっ……俺が受けるか、風太が受け……」

――ゴンッ!!

風太のゲンコツが俺の頭に垂直に落っこちる。

「あ、ごめん。なんか無性に殴りたくなった。」

「えーー……」

「お前さぁ……平気なの?」

「えっ、それは……まぁ……風太がそうしたいと言えば俺なりにそりゃ……照れますけども。」

「そうじゃなくてっ!……遥人が俺の事を……その……さ。あーもう!忘れて!こんなの忘れて!」

風太は俺から離れると、ごそごそと布団の中に潜ってしまった。
布団からほんの少し見えるふわふわのつむじ。

あー、そのつむじ好きかも。
俺の言葉を待ってるそのつむじが。

指先でツンッとやる。

「平気じゃないです。嫌で嫌でたまりません。風太を隠すか、あのクソ兄貴のエロい目をぶっ潰すか……」

風太が勢いよく布団から顔を出す。

「やめんか!ゾンビがそういうこと言うな!怖いわ!」

プッと吹き出す俺。

風太はまた目の下まで布団に潜り、くるっとした目だけで俺を見ている。

「煌人ごめん。俺すげーつまらんこと言ってるよな。……俺、もう泊まらなくてもいいな。お前が食われることないし、な。」

「そんなことありません。明日も明後日も、ずーっと風太の隣りで眠りたいですよ、俺は。」

「いい!家に帰るっ!」

風太は今度こそ、頭のてっぺんまで布団に潜ってしまった。


┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


こんなに幸せな朝があるなんて。
俺は一生分の幸せの前借りをしたかもしれません。

じっ……

グハッ!!はわわわ……風太の寝顔っ。
いますぐ保存したいです。でも俺、動けません。
だって俺の身体を風太が抱き枕にしていますーーっ!!

すぅ……すぅ……とそれはもう気持ちよさそうに。

「あっ……やべ。俺と俺が朝からハイテンションッ。」

「う……ん。」

俺の声に風太が少し反応する。

ガサッ……ドンッ。

「ぐわぁ!!」

風太の脚が、元気な俺の下半身に勢いよく乗っかった。
俺の断末魔のような叫びに風太の目がカッと開く。
目の前の俺と目が合うと、ふっと優しく和らいだ。

「あ、おはよ。煌人。」

「煌人?」

「――えっ!?煌人っ!どうした!お前なんで泡なんて吹いてんだ!?」



へぶぅ……ブクブクブクブク。



――コンッ……コンコン……

「開けるぞー。……開けるからな!」


ガチャ。


遠くで遥人と風太の声が聞こえる。

「うわっ……俺の弟、ついに逝ったか。」

「いや違うんだ。俺は何もしてない。起きたらこうなってたんだ。」

「何もしてない?そんなわけなかろう?事件みたいな顔してるぞコイツ。」

「ホントに何もしてないって!」


遥人、聞いてください。
事件はこの現場でありました。

ガクッ。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「なあ、風太。」
「おーい、風太。」
「これ教えて、風太。」

「あーもう!風太風太うるっせぇな。」

学校に着いてからずっと、遥人は何かというと俺を呼ぶ。
今日は煌人とまともに話すらしてない。
いろいろ話したかったのに。
ジャレるってやつ?それを俺は強烈に欲してる。

しかし、俺の目の前には遥人。顔は同じようで全然違うし、なにより俺はコイツに興味などない。

「おいおい。あからさまにするなよ。」

「何が。」

「つまんねぇって顔だよ。俺様じゃ不服か?」

「別に。でも強いていえば、お呼びではない。」

俺と遥人に温度の違う火花が散る。

「まずさ、やたら触るのやめてくんね?」

「スキンシップだ。これくらい友達同士でもあるぞ。」

嘘つけ。
バリケードたちだって、後ろから俺の両肩に手を回して頬を寄せようなんてことしないぞ。

ぐっと手のひらで遥人を遠ざける。
聞こえるか聞こえないかの舌打ちが、俺の耳元に落ちる。

てかさ、担任もなんなんだよ。

『洞遥人は、光星くんの教え方が分かりやすいらしいんだ。頼んだぞ。』

頼んだぞじゃねぇよ。
お前がやれ。生徒に託すなあのオッサン。


「風太から俺と同じシャンプーの匂いする。たまんねー。」

「――離れろよ。学校じゃなかったら蹴っ飛ばしてるところだ。」

「おーこわ。しかしキミの彼氏さんはポンコツですか?こんな状況を放置なんてさ。」

「っ!それはお前がっ!」

煌人は今日は欠席している。
この野郎が朝イチで祖父母とやらにチクリやがった。煌人が俺を連れ込んでるって。
そのまま煌人は祖父母に呼び出されて、今に至る。

ホント、嫌な野郎だ。

いますぐボコボコにしてやりたいが、煌人に迷惑はかけられない。
それに。
無理に押しかけたのは俺だし。

無意識に大きなため息が出た。

「俺、ちょっと休憩。帰りまで戻らないから。」

「おや?逃げるのか?」

「うん。俺、お前が無理。キリいいし後は自分でやれ。」





ガタッ。
席を立ち、教室の外に出る。

「あ!おい!」

片付けが追いつかない遥人が声を上げてるが、そんなもん知るかよ。

「風太、待てって!おいバリケード!アイツ、どこに行くっていうんだ!?」

「ん~……図書室。かな。」

バリケードのとぼけた声が遠くで聞こえた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


別棟のずっと奥。
そこにその部屋はある。

――“オカルト部”
(※season1の1-1と3-1参照。)

古びたドアを見上げる。鍵穴をコンッとノックし、ドアの角を軽く蹴飛ばす。
カタッと小さな音がする。

「お。まだいけるじゃん。」

ドアに手をかけ、少し力を入れる。

ガタッ……ガラガラガラ……

中に入り、中央のソファに倒れるように身を任せる。

「ふぅっ……久しぶりに来たな。あ、そうか。煌人と出会って以来か。」




その頃――。


図書室の中をウロウロと歩き回る遥人の姿。

「なんだよ、居ねえじゃん。」

慌ただしく図書室を後にする。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


あー、ほんっと参りました。
ジジババのうるさい事よ。
クソ遥人め、後で締め上げてやる。

「もう帰りのHRしかないですね。でもいいのです。制服で風太と歩くことに意義がありますもん!」

ブツブツ呟きながら教室に向かう。

――ドンッ!

「うわっ!すみません!」

ぶつかった相手に深々と頭を下げる。

ふふっ、俺ったら風太のことばかり考えて人様にぶつかってしまいました。照れるぅ♡

「……あ、ド変態。チッ!なんで来たんだよ。」

むむ……このムカつく声は。
顔を上げる。

「クソ……いや、遥人、何してんすか。」

「別に。」

「怪しいですね。風太はどうしました?どうせ付きまとっていたのでしょう?」

「あー、うるせ。居ねぇんだよ。」

「居ないとは?」

「――消えた。バリケードは図書室って言ってたけどどこにも居ねぇの。」


――あ!
遥人を押しのけるように、俺は走り出していた。

「おい!煌人!?」

遥人が俺を呼んでるけど、そんなの知ーらないっと。