ある日、ゾンビを助けたら。2


見上げる目線の先に立つ
キミの姿。


俺、真っ逆さまに落っこちました。


沼ってやつに――。





「はぁっ……はぁっ……




 ――ふう……。」





木から落ちる雪の音、

鎮まりゆく風太の呼吸の音、

ビリビリとした音なき音。





……ゴクッ。


絶対怖いって思ってるくせに
俺の心はワクワクしている。


不思議な感覚だ。


金色の髪がゆっくりと

俺を振り返る。



あ、怒鳴られる!

ギュッと目を閉じる。






――あれ?静かだ。






そっと片目を薄く開ける。



すぐ近くに風太の顔がある。

俺の前にしゃがみ、
眉を下げて俺を覗き込んでいる。


“まったく……お前は”って。


風太の眉が、

瞳が、

やわらかい。



「あ……風太……えっと……。

 怒らないのですか?」


風太のまつ毛が
パチパチと上下する。

「クスッ……。

 ――なんで怒るんだよ。」


「なんとなく、そうなるかなって。
 心の準備は出来てたのですけども。
 えっと……

 本当に怒らない?」


「なに。怒られたいの?」


「まさか……そんな。

 ……期待は、してました。」

俯いてにやける。



風太の手が俺の髪を
クシャッと大きく撫でる。

「ほら、立て。ド変態。」



じっ……

差し出された手を見つめる。



「なんだよ。ほら、行くぞ。」





「……。」




「――え、もしかして。」

「腰が抜けております。」



俺の手に
風太の目線がすっと落ちる。



まつ毛が

微かに、開く。


「お前の手、震えてるじゃん。」



「はははは……。
 
 驚き過ぎました。」



「――よいしょ、っと。」

俺の隣に風太がしゃがむ。
触れる肩が
ほんのり湿って温かい。

「風太、先に戻っててください。
 身体が冷えてしまいますよ。」


「冷えないよ。
 ほら、くっついてたら
 あったかいじゃん。」


柔らかく笑う風太に
息を飲む。



もう、マジでなんなんですか。


俺は、全然
ついていけてないです。




俺、遥人に抱きしめられて、
分かってしまいました。


背中に回された遥人の腕は
思っていたよりずっと強くて。


頼むから離してくれ。


本気でそう思っているのに、
身動きが取れなかった。


急に抱き込まれ、
身体に触れられるのは、
心が伴っていなければ



怖さしかない――。




風太が好きで。

触れたくて。

もっと近づきたくて。




風太、俺――……

誰よりも大切なキミを
何度も傷つけていたかもしれません。



遥人は、
それを伝えたかったのですね。


俺自身のバカさに、
今更、心底、驚きました。





キュッと唇を噛む。





「なーに、泣きそうな顔してんだよ。」



「ごめんなさい。」


「は?なんで謝るんだ?」


「風太、本当にごめんなさい。」


「だから、何で謝ってる?
 また一人で暴走してるのか?」


「――いえ。」


小さく震えている自分の手を
握りしめる。


この手は、

どれだけキミを

怖がらせたろうか。


風太の目が
俺の手の震えをじっと追っている。


何も言わずに
風太は自分の手をそこへ重ねた。




「遥人のことは何も心配するな。

 今日からお前ん家、
 ――俺、泊まるから。」



――ん?

――んん?


「えっ。俺ん家?
 俺の部屋ってことですか!?」



「何驚いてんだ。
 あんな危ない奴が居るところに
 煌人一人にできるか。」


「危ない奴?」


「お前は脳内お花畑なのか?
 今日明日には食われるぞ。」


「はぁーー!?」




┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




――俺の部屋。

家主の俺、

ボディガードとなった風太、

そして、俺たちの前に
腕を組んで立つ遥人。


遥人の目は、
俺だけを見て1ミリも動かない。


怖いよぅ……

ちょっと茶色かかった瞳から
今にもレーザーが
出てきそうだよぅ……

そしたら俺、
見事に撃ち抜かれて……


事切れますね。



「あー、良い夜ですねぇ、ははは……」


ギロッと
遥人の目が見開く。

――無言の圧!!


怖すぎるので
アテレコさせてください。



“コラ、クソ変態、
まんまと連れ込んでんじゃねぇか”


「はい。そうなっております。」


“クソ変態、ちょっと顔貸せや”


「あ、それはもう、
 どうぞって感じです。」


――クイッ。
遥人が顎で部屋の外を差す。


さすが兄貴。
俺のアテレコを
見事にキャッチしてらっしゃいます。


「へい、分かりやした、兄貴っ!」


遥人に近づく俺の首根っこを
風太ががっちりと掴む。

そろっと振り返る。


あぁ……
こっちも非常に怖いです。


怖すぎるので
アテレコさせてくださいね。


“近づくなって言ってんじゃん?”


「はい。
それはそうなんですけども。」


“ヘラヘラすんな、ド変態。
 食われるって言ってるだろーが”


「あ、それは、誤解なんですよね。」


“うるせぇ!”


「ヒィ……すみませんっ。」




遥人が大きなため息をつく。

「バカ弟、お前はさっきから、
 一人で何をやってるんだ?」


「いや、その、
 俺ももうそこまで
 バカではなくなったというか……」


「黙れシロクマ。
 煌人に“バカ”と“ド変態”
 言ってもいいのは俺様だけだ。」


「――あ?
 シロクマ《《さん》》と言えや。」


「あ?やんのか?」



風太と遥人の間に
バチバチと火花が散る。


ああっ……やめて、二人とも。

何もかもが団子になって
なんかおかしいですよ。



二人の目が揃って俺を見る。

「おい、ド変態、こっち来い。」

「煌人、俺と話そう。」


キョロキョロ。
俺の顔はあっちにこっちに
忙しく何往復もしている。


「すすす、すみません。
 俺、針金だったら
 もう首がちぎれてます。」




「――は?」




風太と遥人がハモった。





┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




――ギンッ。

暗い部屋の中、
俺の目はガチ開きだ。


俺の隣には風太、
その向こうには遥人、



なぜに川の字で寝てるのか。



ブレることなく、
まっすぐに天井を見つめる。


風太がつま先で
俺の足をコツンとやる。


ふむ。
何が言いたいのか分かっております。


風太に向かって
手のひらを見せる。

一本ずつ指を折りまげていく。

5、4、3、2、1……


「――はい。落ちた。」


「え?」

ゴソッ……
風太が頭をあげ起き上がる。


「遥人は、
 布団入ると秒で落ちます。
 大合唱しても朝まで起きません。」


「プッ……遊びすぎた子供かよ!」


クスクスと二人で笑い合う。



また静けさがやって来る。



「あの……風太?
 俺と場所を変わってください。」


「断る。絶対ダメ。」


「いや、俺も譲れないです。」



じっと見つめ合う。

窓からの月明かりが、
俺たちを照らしている。



「煌人は遥人の横に行きたい?」


「ええ。1秒でも早く。」


「……なんだよ、それ。」



――ガサッ。

上半身を起こした風太が
俺に被さるように、にじり寄る。


「お前は遥人と寝たいのか?」


ぬわーーーー!!

やめてっ!!

この構図、やめてっ!!

考えただけで、
俺はテントを作ってしまいますよ!!



――ガバッ!!

風太を押しのけるように
起き上がる。


「違いますよ!
 風太の横に遥人が寝てるのが
 めちゃくちゃ嫌なんですっ!!」



トンッ。

ポスッ……


風太に胸を押され、
また、背中から布団に転がる。


その俺の両肩を
風太の腕が上から押さえる。


「なぁ、お前、なんなの?
 俺と遥人とどっちと寝たいんだよ!」





ギィヤァァァァァ!!

だからやめてっ!!

この構図、ダメ絶対!!



キミは――破壊王だ。



そして、

とってもややこしい!!