∞8《インフィニティ・エイト》

 僕の気持ちも知らずに、夏美はすうすうと静かな寝息を立てて眠っている。

 ……キス、してみたいな。

 恋人なら、こういうときキスしたって許される。

 でも告白する勇気はない。

 拒絶されたら、もう友だちですらいたくないと言われたら、平静でいられる自信がない。
 
 結局、僕は静かに息を吐いて、伸ばした手を引っ込めた。

 クローゼットからブランケットを出して、夏美の肩にかける。

 なんだかミルクに似たいい匂いがする。

 夏美は制汗スプレーやコロンをつけないから、これは夏美本人の匂いだ。

 このまま時が止まってしまえば、誰にも邪魔されずに二人きりでいられるのに。

 はやる鼓動をなんとか落ち着かせて、教科書のページをめくる。

 試験範囲の文言に目を通してもぜんぜん頭に入ってこない。

 早く起きてくれないと、僕が保たない…………。

 三十分ほどで夏美は目を覚ましたけれど、勉強にならなかった。

 それからしばらくして、夏美の祖父が亡くなり、引っ越しが決まる。

 居心地の良い関係を失いたくなくて、告白するのを恐れていたことを、心の底から後悔した。

 告白する勇気が持てないまま、夏美が引っ越す前日……八月八日がおとずれた。

 
 今をなくしたくなくて。 END