∞8《インフィニティ・エイト》

 成長してからも、俺たちを完璧に見分けられる他人はほぼいない。

 高校に入って一年経ったある日。

 もうすぐ午後の授業が始まるときに兄貴の席に腰を下ろしてみた。

 完璧に「ソラ」を演じたつもりだ。

 襟元のボタンもきっちり留め、背筋を伸ばし、あの優等生らしい雰囲気を真似た。

 クラスメートは普通に会話しながら自分の席へ戻っていく。

 隣の席の村山(むらやま)が話しかけてくる。

「ソラ、ノート貸してくれよ。現代文って出席番号でかけてくるじゃん。おれ今日絶対あたるからさ」

 やっぱり、こいつもその他大勢なんだな。

 ふと視線を感じて顔を上げると、夏美が教室の入り口で立ち止まっていた。

 夏美は早足でよってきて、じっと俺を見つめる。

「リク。こんないたずらして、先生に怒られても知らないよ?」

 クラスのざわめきの中で、夏美の声だけがはっきりと聞こえた。

「……え? ソラじゃないのか?」

 村山が、驚いて俺の顔を見た。

 一年同じクラスにいたのに気づかねーのかよ、バカめ。

 夏美の言葉に、俺は小さく笑う。

「なーんだ、つまんねーの」

「何が?」

「いや、なんでも」

 立ち上がり、襟元をゆるめて自分の席に戻る。

 それを見て、周りの生徒たちがようやく「え? 本当にリクのほうだったの?」とざわつき始めた。

 誰一人気づかなかったのに、夏美だけが即座に見抜いた。