学校で話しかけられるのはまだしも、通学中に知らない人に話しかけられると身構えてしまう。相手は大人だし、男だから。
「おはよう、立花くん」
文化祭が終わってから。毎朝学校近くの交差点で話しかけてくる1人の男の人。この人は文化祭の帰りに家までついてきそうになったから……警戒するのは仕方ない。
ぺこ、と頭を下げて黙って学校までの道を歩けば隣に着いてくる。
「連絡先教えてもらえるかな。あ、それか今度一緒に出かけない?」
「……急いでるので」
駆け足になる。あまりにしつこかったらそーちゃんに連絡しようか……と思い始めた時、男は突然話し出した。
「いつも一緒にいるヤンキーくん、今度連れてきてよ。いつもここの交差点で別れてるよね」
「……」
見られている。僕の行動を。
心臓が、ドクドクと脈立つ。これは。放置していたら危ないのではないか。万が一そーちゃんとこの男が鉢合わせしたら危ないのではないか。
そーちゃんは僕を守ってくれるように隣にいてくれる。でも過去は痴漢に遭って嫌な思いをしたことがある。
そーちゃんに言ったら助けてくれる。でも。またそーちゃんが怖い目にあって欲しくない。
「それは。……出来ません」
「残念だなあ。じゃあ、ヤンキーくんは諦める代わりに……連絡先教えてくれる?」
……嫌だけど。
そーちゃんと男を接触させないためだ。
渋々スマホを取り出して歩み寄れば、逃がさないというように強く腕を掴まれる。
「あの」
「1日くらいサボったって大丈夫だよ。この後遊びに行こうよ」
グイッと。勢いよく引っ張られる。
え、なに。連絡先は?
あれよあれよと学校とは正反対の道を歩かされていく。
何これ。
危ないやつ?
「あ、あのっ。学校、行かなきゃなのでっ」
男からの返事は無い。その場で踏ん張って抵抗しようとしても未成年の力は大人に敵わない。
何より手首が痛い。
人気のない場所で、抱き竦められ顔が近づいてくる。
……やばい、やばい。
本能が叫ぶ。
「やめてくださいっ」
渾身の力で暴れる。でも、どんどん男の顔が近づいてきてキスされそうになる。だめ、やめて。誰か――。
ピ――――――ッッッ‼︎
耳をつんざく大きな音がした。防犯ブザーだ。僕も男も一瞬固まった隙に誰かが男を蹴って地面に転がした。へたり込みそうになった僕の手を白くて小さな手が掴む。
「早く、走るよ! 学校まで!」
白百合さんだった。
彼女に手を引っ張られるまま無我夢中で走り校門に滑り込む。門の前で挨拶している教師の前でへたり込めば「どうした、体調悪いのか?」なんて質問される。
僕はキスされるのではないかという恐怖に心臓が破裂しそうに痛くて言葉を話せる状態ではなかった。代わりに白百合さんが「先生、変質者です。早く通報してください。すぐ目の前の交差点で立花くんが猥褻行為に遭いました」と淡々と言う。
「な、何⁉︎ わかった! 立花、後で詳しく話を聞くが今は休んでいてくれ!」
教師はスマホを取り出し通報しながら職員室に駆け込む。緊急会議が始まるのだろう。とんだ迷惑をかけてしまった……と申し訳なく思うも、僕は呆然とするばかりで動けなかった。
「テルくん? テルくん、どうしたの? ……テルくん!」
後から登校してきたそーちゃんが僕に気づいて駆け寄ってきてくれる。
背中を撫でられ、やっと助かったのだと実感し呼吸が震えて、嗚咽が漏れていく。
無事じゃなかったら。
僕はどうなっていたのだろう。
「あなた、番犬なのよね。しっかり守っておきなさいよ」
白百合さんがため息を吐いてそーちゃんに言う。
「あ?」
「立花くん、怪しい男に体を触られたのよ」
「……。……はっ?」
そーちゃんがまじまじと僕を見る。
それからスマホを見て「連絡来てない」と呟く。
「……何かあったら連絡しろって。言ったじゃん」
「……」
「なんで、1番大事な時にしないんだよ!」
胸ぐらを掴まれて怒鳴られる。身が竦む。そーちゃんが怒っている。「ごめんなさい」と謝るのが精一杯で、僕は震えるしか出来なかった。男なのに。情けない。
「そ、そーちゃんに会いたいって言われて」
「……男に?」
「うん。だから、そーちゃんと引き合わせたくなくて、連絡先だけ交換しようとしたら……人気ない場所に連れていかれて、キスされそうになって……」
「……どうしてそんなに脇が甘いんだよ!」
泣きそうな、悔しそうな顔でそーちゃんは叫ぶ。僕の胸ぐらを掴みながら、縋り付くような形になって僕の胸元でうーうー呻いている。
「困った時は連絡するって言ったのはテルくんじゃん……っ」
「そーちゃん……過去に痴漢されたことあるって聞いたから。……嫌な過去思い出して欲しくなくて……でも、結局迷惑かけてごめんなさい」
抱き竦められて男の顔が近づいてきた時は生きた心地がしなかった。必死に顔を逸らして、逃げようとするたびに体を掴まれて逃げ道塞がれていく恐怖は思い出したくもない。
白百合さんがいなかったら。
今頃、僕は。
「う、うぇ……」
苦しくて、胸が痛くて、我慢出来ずに涙が溢れてしまえば。呆然と見ていたそーちゃんは慌てて「怒鳴ってごめん。怒ってごめん」と謝る。
ぶるぶる震えている僕の両手を、そーちゃんの小さな手が包み込む。
「……痴漢に遭ったボクを守ろうとしてくれたんだね。ありがとう。でも……だからってテルくんが被害に遭うのはもっと嫌だよ……」
鼻を啜る音に顔を上げれば。
泣いていた。
そーちゃんは僕が傷ついたことに傷ついて泣いている。
「……そーちゃん……泣かないで……」
慰め方がわからない。僕たちは2人とも校門前でへたり込んで泣いているから登校した生徒たちの注目の的だった。でも白百合さんが僕たちの前に立ちしっしっと追い払ってくれる。
「そーちゃん、ごめんね……」
身を寄せ合い、額同士を合わせる。
トクトクと、そーちゃんの温かい体に触れて、幾分か落ち着いていく。
「今度からは、絶対にボクを呼んで……」
そーちゃんの言葉にコクコク頷いて、手を強く握る。
「おはよう、立花くん」
文化祭が終わってから。毎朝学校近くの交差点で話しかけてくる1人の男の人。この人は文化祭の帰りに家までついてきそうになったから……警戒するのは仕方ない。
ぺこ、と頭を下げて黙って学校までの道を歩けば隣に着いてくる。
「連絡先教えてもらえるかな。あ、それか今度一緒に出かけない?」
「……急いでるので」
駆け足になる。あまりにしつこかったらそーちゃんに連絡しようか……と思い始めた時、男は突然話し出した。
「いつも一緒にいるヤンキーくん、今度連れてきてよ。いつもここの交差点で別れてるよね」
「……」
見られている。僕の行動を。
心臓が、ドクドクと脈立つ。これは。放置していたら危ないのではないか。万が一そーちゃんとこの男が鉢合わせしたら危ないのではないか。
そーちゃんは僕を守ってくれるように隣にいてくれる。でも過去は痴漢に遭って嫌な思いをしたことがある。
そーちゃんに言ったら助けてくれる。でも。またそーちゃんが怖い目にあって欲しくない。
「それは。……出来ません」
「残念だなあ。じゃあ、ヤンキーくんは諦める代わりに……連絡先教えてくれる?」
……嫌だけど。
そーちゃんと男を接触させないためだ。
渋々スマホを取り出して歩み寄れば、逃がさないというように強く腕を掴まれる。
「あの」
「1日くらいサボったって大丈夫だよ。この後遊びに行こうよ」
グイッと。勢いよく引っ張られる。
え、なに。連絡先は?
あれよあれよと学校とは正反対の道を歩かされていく。
何これ。
危ないやつ?
「あ、あのっ。学校、行かなきゃなのでっ」
男からの返事は無い。その場で踏ん張って抵抗しようとしても未成年の力は大人に敵わない。
何より手首が痛い。
人気のない場所で、抱き竦められ顔が近づいてくる。
……やばい、やばい。
本能が叫ぶ。
「やめてくださいっ」
渾身の力で暴れる。でも、どんどん男の顔が近づいてきてキスされそうになる。だめ、やめて。誰か――。
ピ――――――ッッッ‼︎
耳をつんざく大きな音がした。防犯ブザーだ。僕も男も一瞬固まった隙に誰かが男を蹴って地面に転がした。へたり込みそうになった僕の手を白くて小さな手が掴む。
「早く、走るよ! 学校まで!」
白百合さんだった。
彼女に手を引っ張られるまま無我夢中で走り校門に滑り込む。門の前で挨拶している教師の前でへたり込めば「どうした、体調悪いのか?」なんて質問される。
僕はキスされるのではないかという恐怖に心臓が破裂しそうに痛くて言葉を話せる状態ではなかった。代わりに白百合さんが「先生、変質者です。早く通報してください。すぐ目の前の交差点で立花くんが猥褻行為に遭いました」と淡々と言う。
「な、何⁉︎ わかった! 立花、後で詳しく話を聞くが今は休んでいてくれ!」
教師はスマホを取り出し通報しながら職員室に駆け込む。緊急会議が始まるのだろう。とんだ迷惑をかけてしまった……と申し訳なく思うも、僕は呆然とするばかりで動けなかった。
「テルくん? テルくん、どうしたの? ……テルくん!」
後から登校してきたそーちゃんが僕に気づいて駆け寄ってきてくれる。
背中を撫でられ、やっと助かったのだと実感し呼吸が震えて、嗚咽が漏れていく。
無事じゃなかったら。
僕はどうなっていたのだろう。
「あなた、番犬なのよね。しっかり守っておきなさいよ」
白百合さんがため息を吐いてそーちゃんに言う。
「あ?」
「立花くん、怪しい男に体を触られたのよ」
「……。……はっ?」
そーちゃんがまじまじと僕を見る。
それからスマホを見て「連絡来てない」と呟く。
「……何かあったら連絡しろって。言ったじゃん」
「……」
「なんで、1番大事な時にしないんだよ!」
胸ぐらを掴まれて怒鳴られる。身が竦む。そーちゃんが怒っている。「ごめんなさい」と謝るのが精一杯で、僕は震えるしか出来なかった。男なのに。情けない。
「そ、そーちゃんに会いたいって言われて」
「……男に?」
「うん。だから、そーちゃんと引き合わせたくなくて、連絡先だけ交換しようとしたら……人気ない場所に連れていかれて、キスされそうになって……」
「……どうしてそんなに脇が甘いんだよ!」
泣きそうな、悔しそうな顔でそーちゃんは叫ぶ。僕の胸ぐらを掴みながら、縋り付くような形になって僕の胸元でうーうー呻いている。
「困った時は連絡するって言ったのはテルくんじゃん……っ」
「そーちゃん……過去に痴漢されたことあるって聞いたから。……嫌な過去思い出して欲しくなくて……でも、結局迷惑かけてごめんなさい」
抱き竦められて男の顔が近づいてきた時は生きた心地がしなかった。必死に顔を逸らして、逃げようとするたびに体を掴まれて逃げ道塞がれていく恐怖は思い出したくもない。
白百合さんがいなかったら。
今頃、僕は。
「う、うぇ……」
苦しくて、胸が痛くて、我慢出来ずに涙が溢れてしまえば。呆然と見ていたそーちゃんは慌てて「怒鳴ってごめん。怒ってごめん」と謝る。
ぶるぶる震えている僕の両手を、そーちゃんの小さな手が包み込む。
「……痴漢に遭ったボクを守ろうとしてくれたんだね。ありがとう。でも……だからってテルくんが被害に遭うのはもっと嫌だよ……」
鼻を啜る音に顔を上げれば。
泣いていた。
そーちゃんは僕が傷ついたことに傷ついて泣いている。
「……そーちゃん……泣かないで……」
慰め方がわからない。僕たちは2人とも校門前でへたり込んで泣いているから登校した生徒たちの注目の的だった。でも白百合さんが僕たちの前に立ちしっしっと追い払ってくれる。
「そーちゃん、ごめんね……」
身を寄せ合い、額同士を合わせる。
トクトクと、そーちゃんの温かい体に触れて、幾分か落ち着いていく。
「今度からは、絶対にボクを呼んで……」
そーちゃんの言葉にコクコク頷いて、手を強く握る。



