「た、立花〜! 戻ってきてくれた〜!」
「よかった。待ってた」
「待たせてごめん! 控え室で、歩く練習してたんだ」
本番10分前。お客さんは思ったより多く詰めかけていて賑やかな声が聞こえる。
舞台袖で待機していれば体育館内が暗くなっていき、イベントが始まるBGMが聞こえてくる。
『皆さんこんにちはー! 第75回、星見ヶ丘黎明高等学校文化祭が始まりました――』
ナレーションを担当する高校生が先に舞台に上がり歓声が聞こえる。
「……なんか、意外とドキドキするかも」
一緒に待機している坂下くんが言う。
その言葉を聞いてから、僕もじわじわと喉が渇いて、お腹がキリキリと痛くなってきた。
「心配ない。リハーサル通りにするだけだ」
腕を組み仁王立ちで構えている矢野くん。堂々としてるなあと感心し……ん?
「とか言っちゃって〜! 矢野ぉ〜、足震えてんぞ」
「うるさい」
「矢野も試合以外で緊張したりすんのな〜」
「声震えてる坂下に言われたくない」
「強がんなって〜」
仁王立ちする矢野くんに肩を組みにいく坂下くん。いつものダル絡みを目の前で見て、変わらないなと苦笑すれば肩の力が抜けた。
初めは吹奏楽部が演奏する。その流れで、彼らに生演奏してもらいながら僕たちはなんちゃってパリコレに出るのだ。
吹奏楽部だからもっと厳かな曲を演奏するのかと思いきや、今流行りの曲をアップテンポに演奏していて普段音楽を聴かない人たちにもとっつきやすい。僕たちは舞台袖から今頑張っている吹奏楽部の演奏を覗き、密かにエールをもらう。
舞台にいる吹奏楽部から、観客の方に目を向けると。一般客が座る椅子の後ろには写真部がカメラを構えていた。そーちゃんもいるかな、と首を伸ばして探したけれど見つからない。どこに行ったのだろう。
『足元は気になるだろうけど、視線は絶対下げちゃダメ』
『焦って小走りにならないで。一歩一歩を大きく、堂々とすればいい。テルくんが歩いている時は、その時間は全部テルくんのものだ』
控え室でそーちゃんに指導してもらった。そーちゃんだってモデルには詳しくないのだけれど、最低限僕がしてはいけないことをそーちゃんに教えてもらった。
『い、1番先頭に辿り着いた時のポーズは……?』
『うーん……そうだな。テルくんが1番強調したい部分を押し出すようにしたらいいんじゃないかな?』
『それは……なんだろう』
『はは、まあ困ったら。……両手をポケットの中に入れてゆーっくり背を向けて歩き始めたらいいからさ』
本番10分前まで、ずっとそーちゃんといた。実行委員の態度に怒っていたそーちゃんだったけど、切り替えが早くて僕のために先生になってくれる。
控え室で、ひたすら前だけを見て歩く練習。猫背にならないように、俯かないように。躓かないように。
(そーちゃん……いない……)
あれだけ練習したから。リハーサルよりは絶対マシだろうけど。
吹奏楽部の演奏が終わる。次はいよいよ有志イベントだ。
「文化祭75回目にして初の企画! 題して『煌めけ! 華の男子たち――!』」
吹奏楽部の盛り上がる演奏と共に一般客と、参加する男子生徒を応援しにきた女子生徒たちの歓声が聞こえる。トップバッターはバドミントン部のエース。
「初めはやはり外せない、皆を引っ張るエースと言えばこの人! バドミントン部所属――」
ナレーションと共に舞台袖から飛び出し、舞台で演奏している吹奏楽部の前を通って花道を歩いていく。軽やかに飛び出して観客に手を振る姿は王子さまだ。
観客からの歓声が舞台袖まで響く。
「……立花。頑張ろうぜ」
矢野くんが、拳を突き出す。呆然としてれば「おう、大トリは任せたぜ!」と坂下くんが矢野くんに拳を当てる。1人分空いているところに。そっと、僕の拳を2人に当てる。
「……がんばる」
少し出番が先の2人はニッと笑って、スタンバイする場所に向かう。
1人になってしまった。落ち着かない。矢野くんたちの存在は大きかった。
2番目は卓球部だった。「おおっと! 卓球部が4人! 何やら背を屈めてすばしっこい走り……忍者のようです! 卓球部ならではの瞬発力から忍者の動きを模した様です!」
客席からドッと笑い声が聞こえる。バドミントン部のエースは王道の王子さま、卓球部はお笑いに走った。次の坂下くんたちは、どうするのだろう。
「さあ続いては、みんなのストライカー。サッカー部の……おおっと! これはブーイングが多いぞ⁉︎」
舞台袖で待機しているから姿が見えないけれど、今登場しているのは坂下くんだ。きっと人懐っこい笑みで登場しただろうに会場ないはブーイングの嵐。でもそれは坂下くんと観客たちの信頼の元成り立っている愉快な空気感。
(……本当に僕が出来るのだろうか……)
あれだけ練習したのに。
そーちゃんにかっこよく仕上げてもらったのに。どうして僕はこんなに自信が持てないのだろう。
「テルくん」
暗闇からひょっこりそーちゃんが現れた。直前で会えるとは思わなかった。
「ずっと姿見えなくて本番前に会えないかと思った!」
「ごめん! 簡単なもので申し訳ないけど、気休め程度にはいいかなって」
手渡されるのは、手のひらサイズの巾着。中には、小さな宝石がたくさん入っていて星々が詰まっている様だった。
「……これ、どうしたの……」
「もし、緊張してるなら。……オレのために煌めいてほしい」
静かに、落ち着いた声で言われる。いつものふわふわした声じゃない。今日のそーちゃんは、しっかりしていてカッコいい。
「そーちゃんのために……」
「心臓はち切れそうなら、ポケットの中にコレ入れてぎゅうって握りしめて。お守り」
「……ありがとう」
「花道から見た1番奥。真正面でオレ、カメラ構えてテルくんを待ってるから。……大丈夫、テルくんなら出来る」
巾着を持つ僕の両手を、小さなそーちゃんの手が包み込む。……不思議だ。そーちゃんが言うなら大丈夫だって思える。
「……うん。待ってて」
頷いて目を合わすと、そーちゃんはコクリと頷いて、それから舞台袖から消えていく。教えてくれた花道の真正面で待っているのだろう。
再び1人になった。不思議と不安は無くなった。ズボンのポケットに巾着のお守りを入れる。
「ああ、サッカー部が時間を使いすぎて後ろから野球部のキャッチャーが出てきてしまいました……ふふ、サッカー部の頭を叩いて、ため息を吐いて……2人の関係性がよくわかりますね!」
坂下くんが場を盛り上げて、矢野くんが回収しに来たんだ。体育館内は笑いに溢れている。2人はとても難しいことをやってのけた。
「……さぁ、続いては本日ラスト。星見ヶ丘黎明高等学校に紛れ込む、原石を1人の写真部が発見しました」
盛り上がっていた吹奏楽部の音楽が落ち着き、明るい照明も暗くなっていく。そういえばわざわざミラーボールを予約して借りたのだっけ。
プラネタリウムのような世界になった体育館内で、僕の説明が入っていく。
「原石を見つけた写真部はこう説明しました――」
実行委員から指示を出され、僕はゆっくりと足を動かす。会場内は先ほどまで沸いていたのが嘘のように静まり返っている。タン……と革靴を履いた足音が響き……僕は物怖じせず、吹奏楽部の前を歩き、舞台の正面から花道を歩いていく。
「――初めて会ったようには感じなかった。過去に恐怖で打ちひしがれているボクを助けてくれた人のようだった、と」
目線は下げない。
写真部が構えたカメラからフラッシュが焚く。それでも極力瞬きはしない。真顔で、ゆっくりと花道の先頭まで歩いていく。
「――目立ったことはしない。派手なことはしない。でも困っていたら必ず助けてくれる。皆の輪の中にいるヒーローではないこの人は――」
先頭で立ち止まる。観客の視線とフラッシュの眩しさに目を閉じそうになる。俯きそうになる顔を必死に上げ、真正面を見つめる。
(――いた)
そーちゃんが、カメラを構えている。
いた、よかった。
「――夜空に浮かぶ星のようだ、と」
そーちゃんが構えているカメラを見つめ……ジャケットを羽織り直す。その際に胸元に口を寄せ……口付ける。
ポーズはどんなものが良いか定まらなかった。でも、ジャケットを強調したかったから、僕なりにアピールをする。
空気が響めく気配がした。
大して気にせず、そろそろ戻ろうと体を半回転させる。
顔は最後まで残して。
(そーちゃん)
カメラから顔を離して、僕を見てくれているそーちゃんに微笑んで。
僕はゆっくりと花道を戻り、退場をした。
数秒後に、わっと歓声が上がった。
「よかった。待ってた」
「待たせてごめん! 控え室で、歩く練習してたんだ」
本番10分前。お客さんは思ったより多く詰めかけていて賑やかな声が聞こえる。
舞台袖で待機していれば体育館内が暗くなっていき、イベントが始まるBGMが聞こえてくる。
『皆さんこんにちはー! 第75回、星見ヶ丘黎明高等学校文化祭が始まりました――』
ナレーションを担当する高校生が先に舞台に上がり歓声が聞こえる。
「……なんか、意外とドキドキするかも」
一緒に待機している坂下くんが言う。
その言葉を聞いてから、僕もじわじわと喉が渇いて、お腹がキリキリと痛くなってきた。
「心配ない。リハーサル通りにするだけだ」
腕を組み仁王立ちで構えている矢野くん。堂々としてるなあと感心し……ん?
「とか言っちゃって〜! 矢野ぉ〜、足震えてんぞ」
「うるさい」
「矢野も試合以外で緊張したりすんのな〜」
「声震えてる坂下に言われたくない」
「強がんなって〜」
仁王立ちする矢野くんに肩を組みにいく坂下くん。いつものダル絡みを目の前で見て、変わらないなと苦笑すれば肩の力が抜けた。
初めは吹奏楽部が演奏する。その流れで、彼らに生演奏してもらいながら僕たちはなんちゃってパリコレに出るのだ。
吹奏楽部だからもっと厳かな曲を演奏するのかと思いきや、今流行りの曲をアップテンポに演奏していて普段音楽を聴かない人たちにもとっつきやすい。僕たちは舞台袖から今頑張っている吹奏楽部の演奏を覗き、密かにエールをもらう。
舞台にいる吹奏楽部から、観客の方に目を向けると。一般客が座る椅子の後ろには写真部がカメラを構えていた。そーちゃんもいるかな、と首を伸ばして探したけれど見つからない。どこに行ったのだろう。
『足元は気になるだろうけど、視線は絶対下げちゃダメ』
『焦って小走りにならないで。一歩一歩を大きく、堂々とすればいい。テルくんが歩いている時は、その時間は全部テルくんのものだ』
控え室でそーちゃんに指導してもらった。そーちゃんだってモデルには詳しくないのだけれど、最低限僕がしてはいけないことをそーちゃんに教えてもらった。
『い、1番先頭に辿り着いた時のポーズは……?』
『うーん……そうだな。テルくんが1番強調したい部分を押し出すようにしたらいいんじゃないかな?』
『それは……なんだろう』
『はは、まあ困ったら。……両手をポケットの中に入れてゆーっくり背を向けて歩き始めたらいいからさ』
本番10分前まで、ずっとそーちゃんといた。実行委員の態度に怒っていたそーちゃんだったけど、切り替えが早くて僕のために先生になってくれる。
控え室で、ひたすら前だけを見て歩く練習。猫背にならないように、俯かないように。躓かないように。
(そーちゃん……いない……)
あれだけ練習したから。リハーサルよりは絶対マシだろうけど。
吹奏楽部の演奏が終わる。次はいよいよ有志イベントだ。
「文化祭75回目にして初の企画! 題して『煌めけ! 華の男子たち――!』」
吹奏楽部の盛り上がる演奏と共に一般客と、参加する男子生徒を応援しにきた女子生徒たちの歓声が聞こえる。トップバッターはバドミントン部のエース。
「初めはやはり外せない、皆を引っ張るエースと言えばこの人! バドミントン部所属――」
ナレーションと共に舞台袖から飛び出し、舞台で演奏している吹奏楽部の前を通って花道を歩いていく。軽やかに飛び出して観客に手を振る姿は王子さまだ。
観客からの歓声が舞台袖まで響く。
「……立花。頑張ろうぜ」
矢野くんが、拳を突き出す。呆然としてれば「おう、大トリは任せたぜ!」と坂下くんが矢野くんに拳を当てる。1人分空いているところに。そっと、僕の拳を2人に当てる。
「……がんばる」
少し出番が先の2人はニッと笑って、スタンバイする場所に向かう。
1人になってしまった。落ち着かない。矢野くんたちの存在は大きかった。
2番目は卓球部だった。「おおっと! 卓球部が4人! 何やら背を屈めてすばしっこい走り……忍者のようです! 卓球部ならではの瞬発力から忍者の動きを模した様です!」
客席からドッと笑い声が聞こえる。バドミントン部のエースは王道の王子さま、卓球部はお笑いに走った。次の坂下くんたちは、どうするのだろう。
「さあ続いては、みんなのストライカー。サッカー部の……おおっと! これはブーイングが多いぞ⁉︎」
舞台袖で待機しているから姿が見えないけれど、今登場しているのは坂下くんだ。きっと人懐っこい笑みで登場しただろうに会場ないはブーイングの嵐。でもそれは坂下くんと観客たちの信頼の元成り立っている愉快な空気感。
(……本当に僕が出来るのだろうか……)
あれだけ練習したのに。
そーちゃんにかっこよく仕上げてもらったのに。どうして僕はこんなに自信が持てないのだろう。
「テルくん」
暗闇からひょっこりそーちゃんが現れた。直前で会えるとは思わなかった。
「ずっと姿見えなくて本番前に会えないかと思った!」
「ごめん! 簡単なもので申し訳ないけど、気休め程度にはいいかなって」
手渡されるのは、手のひらサイズの巾着。中には、小さな宝石がたくさん入っていて星々が詰まっている様だった。
「……これ、どうしたの……」
「もし、緊張してるなら。……オレのために煌めいてほしい」
静かに、落ち着いた声で言われる。いつものふわふわした声じゃない。今日のそーちゃんは、しっかりしていてカッコいい。
「そーちゃんのために……」
「心臓はち切れそうなら、ポケットの中にコレ入れてぎゅうって握りしめて。お守り」
「……ありがとう」
「花道から見た1番奥。真正面でオレ、カメラ構えてテルくんを待ってるから。……大丈夫、テルくんなら出来る」
巾着を持つ僕の両手を、小さなそーちゃんの手が包み込む。……不思議だ。そーちゃんが言うなら大丈夫だって思える。
「……うん。待ってて」
頷いて目を合わすと、そーちゃんはコクリと頷いて、それから舞台袖から消えていく。教えてくれた花道の真正面で待っているのだろう。
再び1人になった。不思議と不安は無くなった。ズボンのポケットに巾着のお守りを入れる。
「ああ、サッカー部が時間を使いすぎて後ろから野球部のキャッチャーが出てきてしまいました……ふふ、サッカー部の頭を叩いて、ため息を吐いて……2人の関係性がよくわかりますね!」
坂下くんが場を盛り上げて、矢野くんが回収しに来たんだ。体育館内は笑いに溢れている。2人はとても難しいことをやってのけた。
「……さぁ、続いては本日ラスト。星見ヶ丘黎明高等学校に紛れ込む、原石を1人の写真部が発見しました」
盛り上がっていた吹奏楽部の音楽が落ち着き、明るい照明も暗くなっていく。そういえばわざわざミラーボールを予約して借りたのだっけ。
プラネタリウムのような世界になった体育館内で、僕の説明が入っていく。
「原石を見つけた写真部はこう説明しました――」
実行委員から指示を出され、僕はゆっくりと足を動かす。会場内は先ほどまで沸いていたのが嘘のように静まり返っている。タン……と革靴を履いた足音が響き……僕は物怖じせず、吹奏楽部の前を歩き、舞台の正面から花道を歩いていく。
「――初めて会ったようには感じなかった。過去に恐怖で打ちひしがれているボクを助けてくれた人のようだった、と」
目線は下げない。
写真部が構えたカメラからフラッシュが焚く。それでも極力瞬きはしない。真顔で、ゆっくりと花道の先頭まで歩いていく。
「――目立ったことはしない。派手なことはしない。でも困っていたら必ず助けてくれる。皆の輪の中にいるヒーローではないこの人は――」
先頭で立ち止まる。観客の視線とフラッシュの眩しさに目を閉じそうになる。俯きそうになる顔を必死に上げ、真正面を見つめる。
(――いた)
そーちゃんが、カメラを構えている。
いた、よかった。
「――夜空に浮かぶ星のようだ、と」
そーちゃんが構えているカメラを見つめ……ジャケットを羽織り直す。その際に胸元に口を寄せ……口付ける。
ポーズはどんなものが良いか定まらなかった。でも、ジャケットを強調したかったから、僕なりにアピールをする。
空気が響めく気配がした。
大して気にせず、そろそろ戻ろうと体を半回転させる。
顔は最後まで残して。
(そーちゃん)
カメラから顔を離して、僕を見てくれているそーちゃんに微笑んで。
僕はゆっくりと花道を戻り、退場をした。
数秒後に、わっと歓声が上がった。



