愛が重すぎる美形の親友に囲いこまれてBLエンド一直線にされました


 五月の連休。俺たちは市内のI山までハイキングに行くことにした。

 ここは小学生が遠足にくるくらいなだらかな山だ。なので俺も月も軽装。ふもとに自転車を止め、登山客でにぎわっているなかを歩きだす。

「登山ってさ、普段とぜんぜんちがうとこの筋肉使うよな」
「……俺、月が運動神経いいのなんか納得いかないんだけど」
「なんで」
「天才音楽クリエイターってそんな感じじゃん。部屋に引きこもってるから体力ないです、みたいな」
「なにその偏見?」

 ここは五合目までは車で入れる。道も舗装されて歩きやすい。
 その先もまだ傾斜はゆるいのでくだらないことを話しながら登るだけの余裕があった。

「陽太、ちょっと休憩する?」
「うん、ちょっと……」

 七合目くらいから道がけわしくなってきて、ふたりならんで歩けないほど細くて急な階段を上っていくことになる。階段があるだけマシなんだろうけれど、帰宅部にこの高低差はなかなかきつい。

 思わず階段の途中で立ちどまり、首にかけたタオルで汗を拭いていると前にいる月に肩を叩かれた。彼の視線を追って振りかえると後ろから老夫婦がすたすた登ってきていて、俺たちは横によけて道をゆずる。
 老夫婦は疲れた様子もなくにこやかに俺たちに挨拶をしてくれた。

 ふたりの背中を見送ってから俺は言う。

「もうすこしがんばる」
「よし、その意気だ」


 

「うぉー……頂上!」
「やっぱ上のほうは涼しいな。ってか寒いくらいかも。ちゃんと汗拭いとけよ、陽太」
「わかってるって」

 一時間かけて俺たちはI山を登りきった。最後の一段を登りきると視界が急に開け、出迎えてくれた大きな青空に俺は歓声をあげる。
 月はクールだけど表情がゆるんでいた。タオルで汗を拭きながら「いい景色」とつぶやく。

「すごい、空気うまい。これが空気なら普段吸ってるのなにってならない?」
「地上のはNだから」
「N?」
「ノーマル。ここのはUR(ウルトラレア)

 空気をソシャゲのガチャでたとえるなよ。

「腹減った。陽太、飯」
「昭和の親父かって」

 頂上には丸太で作られたテーブルセットがいくつか置かれている。俺たちはそのうちのひとつに向かいあって座った。

「それじゃ……」と俺はリュックから弁当箱を取りだした。

 ――姉崎さん、もしかして弁当とか作ってきた?

 ラインで集合時間を決めているとき、月がそう尋ねてきた。『うん』と俺が返すと『なら俺も』と返事がくる。

 なら俺も? 意味がわからなくて首をひねっていると、それじゃ言葉足らずだと思ったのか『俺も弁当食べたい』とつづけて送られてきた。

 いいよ、と俺は送った。姉崎さんのお弁当の写真撮ってあるし、できるかぎり再現するから、と。

 てっきり喜ぶと思った。でも月は『そうじゃない』と――文字だけなのに、はっきりわかるくらい――拒んできた。

『陽太が、俺のために作った弁当を食べたい』

 ……そりゃ、まあ、いいけど。月の好みなら知ってるし。
 でも月は姉崎さんが好きなのにそれでいいのか……? と思いながらも、俺は早起きしてでっかい弁当箱に料理をつめていったのだった。

「お、さすが陽太。完璧じゃん」

 弁当箱のふたを開けると月が目を輝かせる。
 
 メインはもちろん目玉焼きハンバーグ。月はセロリが入ったポテサラとタコさんウインナー(ただのウインナーじゃだめらしい)も好きなのでそれも入れた。あとは俺の好物のからあげと、彩りを考えてブロッコリーとかミニトマトとかの野菜。

「おにぎりもあるから。海苔巻いてあるやつが梅で、ゴマが鮭」
「こんなに料理上手い男子高校生ってそういないよなー」
「どれも簡単だし……」
「俺、やれって言われてもできないけど」

 飲みものは月担当だ。
 彼はリュックから500mlの緑茶のペットボトルをだして俺と自分の前に置く。いつだか飲みくらべて『これが一番うまい』とふたりで認定した銘柄のやつだ。

「いただきます」と声をそろえて箸を取った。うま、とさっそくハンバーグを頬張った月が笑う。

「やっぱ天才。これなら百個でも食える」
「ほんとハンバーグ好きだよな、月」
「好き。でも、陽太のがそのなかで一番好き」

 好物を食べている月は無邪気で微笑ましい。
 口元にソースがついているからあとでウエットティッシュで拭いてやらなくちゃ、と思いながら俺もからあげにかぶりついた。冷めても固くなってなくてほっとする。

「将来、料理人とかありかなー……」

 こんなのぜんぜんふつうだと思うけど、月がうまいうまい言いながら食べてくれるとその気になってくる。
「お、いいじゃん」と梅おにぎりを片手に持ちながらポテサラを食べていた月が言ってきた。

「そしたら俺毎日通う。陽太の店」
「ほんと?」
「うん。で、毎日貸し切りにする。ほかの客はぜんぶ出禁」
「……え?」
「俺だけが陽太の手料理独占できんの。最高じゃん?」

 いやいや、と俺は苦笑した。

「どんだけ好きなんだよ。俺の料理」
「それだけの価値あるってことだよ」

 そうだ、と冷たい緑茶を飲みながら思う。
 バイト先どこにしようか悩んでたけど――飲食店っていうのもありかもしれない。料理の勉強もできそうだし。

 ところでさ、と月が指についた米粒を食べながら言う。

「姉崎さんとなにしたの? ここで」

 ……なんでちょっと詰問口調なの?

「なにって……いまみたいにふたりで姉崎さんが作ってきてくれた弁当食べて、花の写真撮って、ふたりでベンチに座ってぼうっとしたりして……」
「これやった?」
「これ?」
「『あーん』」

 一口サイズに切ったハンバーグを月が箸で持って俺の口元に差しだしてくる。
「いや……」と俺はもごもごつぶやいた。

「しなかったの?」
「……した、けど。というかしてもらったっていうか」
「じゃあ俺ともできるよね」
「どういう理論だよ!」
「できない?」

 月がどこか強気に笑う。「ヒロインとしたこと、俺とはできないの?」

 ――月、なんか怒ってる……?

 ヤキモチかな。俺と姉崎さんがデートしたところにきて、そういう気持ちが湧いてきたとか。
 なら下手に怒らせないほうがいっか……。

「……わかったよ」と俺は口元につきつけられたハンバーグを口で受けとる。ほかの登山客が見てませんようにと願いながら。

 ろくに噛まずにハンバーグを飲みくだした俺を見て「よくできました」と月は笑う。満足そうに。

 ちょっとは気も晴れたかな……と思っていたら「なに安心してんの」と言われた。

「次、俺の番なんだけど?」
「……『あーん』の?」
「『あーん』の」

 空は青くて、緑は萌え、鳥たちは優雅に楽譜のない音楽を奏でている。
 そして近くのテーブルでは親子連れが弁当を食べていて。ベンチではさっき俺たちを追いこしていった老夫婦が仲よくおにぎりを食べている。

 こんな平和を絵に描いたようななかで俺はいったいなにを強いられているんだ。

「はやく、陽太。タコさんウインナーな」
「……あっ月、後ろに細野晴臣が」
「マジかよすごいな。で、まだ?」

『あーん』しないと解放されないみたいだ。仕方ない。
 俺はタコさんウインナーを箸でつまんで月の口元へ持っていく。ん、と彼は一口で受けとった。

「……うまい?」
「うん」

 月はチェシャ猫みたいに目を細めて笑う。「陽太の照れた顔見ながら食べると、倍うまい」

 俺はもう帰りたいよ。

「陽太、次は――」
「調子に乗るなっ!」