月と遊園地に行った夜。ラインで今日撮った写真を彼に送ったあとで、俺はベッドにあおむけになってYouTubeを開いた。月の曲をまとめたミックスリストを再生する。
こんなにいい曲を作れるやつが親友。あらためて不思議だ。
水の中にいるような抽象的なMVを眺めていると月から『また行こうな』とメッセージが来る。俺絶叫系乗れないけどいいの? と返事をした。
いいよ、とすぐに返ってくる。
『陽太とならどこでもいいよ』
……月、いいやつ。感動して俺は『ありがとう』とスタンプを返す。
YouTubeにもどると『Rainy sunday』という曲がはじまった。すこしさみしげなピアノの演奏をバックに少女の合成音声が歌をうたう。
日が沈む 心残して
夜のかけらを 私 口にふくむ
不思議な歌詞だ。コメントを見ていくと、でもみんなこの曲に自分の感情をゆだねたり共感したりしているらしい。聴いてると涙がでてきた、と書いているひともいる。
さすが月、と思いながらさらにコメントを見ていって――
ある言葉が引っかかってスクロールを止めた。
『この曲刺さる 自分も叶わない恋してるから』
……恋?
え、これ、ラブソングなの?
俺は瞬きして、三分の二ほど進んだシークバーを最初にもどしてもう一度聴きなおす。
この曲に好きとか愛とか恋とかは使われていない。でも、このコメントを書いたひとは『Rainy sunday』を聴いて片想いをしている自分と重ねた。
こういう聴き方もあるんだ、と意外に思ったけどそのコメントには返信がついていた。
見てみると『わかります。私も彼女がいる先輩を好きになっちゃってつらい…』『"日が沈む"ってさよならの比喩だよね』とそれぞれ別々のひとが書きこんでいる。
――そう、なんだ……。
こういうコメントを見るともう片想いの曲にしか聴こえない。
なるほど、とパズルのピースがはまっていくような気持ちで俺は『Rainy sunday』を聴きなおす。ぜんぶ考察コメント頼りだけど。太陽のようなあなたに恋をした私はあなたに好きと言ってしまわないよう夜のかけらを口にふくむわけね、なるほど。
「んー……」
曲=作者の考えとは思ってないけど、なんとなく引っかかった。
もしかして月が彼女作らないのは、好きになっちゃいけないひとを好きになってしまったからでは?
たとえば。
親友といい雰囲気になってる女の子、とか。
「……えっ?」
自分の思いつきに自分で驚いて俺はベッドに起きあがった。ただの推測でしかないけど、でも。
もし月が俺の三人のうちのだれかに片想いしていたとしたら。
俺は、月のことをすごい傷つけてたんじゃ……?
『いい感じじゃん。がんばれよ、陽太』
『ここでおまえが行かなくてだれが行くんだよ!』
『姉崎さんはおまえを待ってる。ずっと待ってるんだよ……!』
彼が俺の背中を押してくれたシーンが頭をよぎる。
ひょっとして、月はずっと自分の気持ちを隠しながら俺とヒロインたちの恋を応援してくれてた……?
「ってことは……」
月が俺の気持ちをはっきりさせるためにヒロインたちと行ったところに行こう、って提案してくれたのは。
俺のためでもあるだろうけど……もしかして、彼女たちがデートのときどんなふうにしてるか知りたいから……?
マジか。ぜんぜん気づかなかった。
だったらもっとデートの再現とかしたのに。
……っていうか、月は三人のうちだれが好きなんだ?
まだまだ手がかかる優香? さっぱりした翔子? 甘やかしてくれる姉崎さん?
月の本命に俺が告白するなんて事態は避けたい。しっかり見極めなくちゃ。
「とりあえず……」
『次はどこ行く?』と俺は彼にラインを送った。
「高校でも緑化委員かぁ。これそんな楽しい?」
翌日の昼休み、俺たち緑化委員が中庭の花壇を植えかえていると月がふらりとやってきて俺の横に立った。
ちなみに彼は放送委員だ。今日は担当の日ではないらしい。
中学じゃ音楽委員だったのになんで変えたのか聞いたら、『そのうち先輩の目を盗んでデスメタルかけて学校を震えあがらせてやろうと思ってんの』と不遜な答えが返ってきた。実行はしないと信じたい。
俺はダリアの球根を土に植えながら、
「楽しいよ。やっぱりさ、自分が植えた子が元気に花咲かせてくれると嬉しいし」
「子って呼んでんの、花のこと」
「自分が植えたのだけだよ」
「まあいいけど……。これなに? チューリップ?」
「ダリア。……姉崎さんとも植えたっけな、これ」
さりげなく姉崎さん情報を入れてみたけど月の顔色は変わらない。興味なさそうに「ふうん」とだけ。
……月の好きな子って姉崎さんじゃないのか? いや、これはただ単に花に興味ないだけかも。
もうちょっと攻めてみるか、と俺は「そういや」とシャベルで土を指す。
「一年のとき、こんなふうに土掘ってたらでっかいミミズでてきてさ。驚いて俺思わず尻餅ついちゃったわけ。そしたら姉崎さんがやってきて、『大丈夫? びっくりしたね』ってミミズをつまんで移動させてくれたんだよ」
それが彼女との最初の出会いだった。
おっとりしたお嬢さんタイプに見えたのにミミズを軍手越しとはいえつまんでしまう豪胆さに俺は心をつかまれ、彼女に見蕩れていると——
「『きみ、土ついてるよ』って」
俺は軍手を外して月の頬をぬぐうふりをする。「そう言って顔覗きこんで微笑んできてさ。あのときの姉崎さん、すごいかわいかったなあ」
言いながら彼女と同じ行動を取る俺に、月はどきっとしたように目を見開く。
そして顔をそむけると口元を拳で隠した。
「かわい……」
——これは! と俺は確信する。
この反応は間違いない。月が好きなの、姉崎さんだ……!
じゃあどうする? そんなの決まってる。
姉崎さんの話をたくさん月にしよう。俺を通して、彼女がどれだけかわいいか伝えよう。
「月、昨日の話だけどさ」
「……ん?」
メッセージを送ったはいいけど、まだどこに行くかは決まっていなかった。俺は記憶を探りながら言う。
たしか中二のとき、姉崎さんとこれくらいの時季に——
「I山でピクニック……とか、どうですか?」
◇◇◇
花壇の植えかえを終えて、道具を片づけに行った陽太を見送って俺はベンチに座った。
俺の頬を指でぬぐってきて顔を覗きこんでくる陽太、めちゃめちゃかわいかった。反則だと思った。
——同じ男子高校生にかわいいとか、変なのはわかってるけど。
でもかわいいと思ってしまったんだから仕方ない。陽太はかわいい。これは空が青いというくらい当たり前のことだ。
……というか、あいつ、絶対なにか勘違いしてるよな?
今朝から陽太はなにかおかしかった。俺のアプローチに気づいた——わけではなく、たぶんなにか自分のなかで決めたらしい。
中学三年間を親友として過ごして、その間、ずっと彼をそばで見てきた俺にはそれがなにがわかる。
陽太は俺があの三人のうちだれかが好きだと思っている。彼女たちとデートに行った場所に行きたいって俺が言いだしたのも、だからだと。
そんなわけない。
俺はただ、陽太が持ってる女の子たちとの思い出を俺で塗りつぶしたいだけなのに。
さっきのはたぶん陽太のサービスだ。俺が好きな姉崎さんの真似をしたら俺が喜ぶと思ってやってくれたんだ。かわいい。
とか言ってないではやく訂正してやるべきなんだろう。それが正しい人の道だ。
でも。
訂正しなかったら、もっと陽太のかわいいとこが見れる?
罪悪感がないと言えばうそになるけど。
「……いいよな。すこしくらい」



