最初に陽太を見たとき、あいつって彼女いるんだ、と思った。戸成さんと教室で話している彼を見たときだ。
でもどうやら戸成さんとはただの幼なじみらしくて、陽太はバレー部の活発な女子とおねえさん系の女子とも仲よくなっていた。だれとも交際せずに。
それを見て俺は言わずにはいられなかった。陽太ってラブコメの主人公みたいだなって。
だってそうだろ? 身近にかわいい女の子が三人もいるのにだれともつきあわない。つきあうかつきあわないかの曖昧な状態を楽しんでいる。
なら、と俺は思ったんだった。
陽太はラブコメの主人公。なら俺はその親友になろうって。
第一話からでてきてるけど、まずスポットライトは当たらない。主人公に情報を与えたりアドバイスをしたり、時には迷う彼の背中を押してやるお助けキャラ。そういうポジションでいこうと思った。
だってそれなら陽太のそばにずっといられる。陽太が俺を見てなくても。
きっかけを聞かれたら迷わず中一のときのGWって答える。気持ちに気づいたのはもう少しあとだったけど。
あのGW、陽太を追いはらうためにめちゃくちゃなことを言ったのに彼はほんとうに俺の世話を焼いてくれた。
いやな顔ひとつせずに。俺に飯を作ったって陽太にはなんの得もないのに。
そんなふうに動く人間は初めてだった。
俺は戸惑って、指先までじんわり温かくなって、それから、——ああ、と心臓をつかまれたような心地になった。
——ああ、だからあの三人の女の子も陽太のことが好きなんだと。
この気持ちが叶うことはない。陽太の周りにはいい雰囲気になってる女子が三人もいるんだから。
だったら、と俺は思った。
そのうちのだれかと幸せになってほしい。そして俺の手の届かないところにいってくれと。
この気持ちは、
陽太に告げることさえできないんだから——。
『なんか全員に呼びだされたんだけど。卒業式のあとで』
中学の卒業式、そう言ってそわそわしている陽太を見て『そっか』と俺は思った。
ラブコメの親友キャラに終わりがきたんだ。高校生になったら陽太は彼女と過ごすようになって、俺と一緒にいる時間は減るんだろう。
……でも、まさか全員とか。
さすが陽太だなと俺は素直に思っていた。三人のヒロインから告白されるとか、それこそ漫画の主人公もびっくりな展開なんじゃないか——
とか考えていたら。
その告白は、けして甘いものではなかったらしく。
さらに俺は三人の女子たちから学校の屋上に呼びだされた。彼女たちがそれぞれ陽太に『告白』をしたあとに。
三人の美少女につめよられるのはなかなかできない経験だ。俺が『なに?』と尋ねようとしたとき、代表して戸成さんが言ってきた。
『森本くんって、陽太のこと好きなの?』と。
そのとき俺はどんな顔をしていたんだろう。ごまかそうとして不自然に笑っていたかもしれない。
『え? そりゃ友達だし好きだよ』
『そういう意味じゃなくて』
——恋、してるの、と親友の幼なじみの少女は聞いてきた。
俺は黙るしかなかった。
恋。そんなきれいな言葉と、俺が陽太にいだいてる気持ちはぜんぜんちがう。
毎日毎日苦しくて。いっそ逃げだしたくて。でも離れられなくて、朝会うとまず自分がちゃんと親友として笑えてるかを確認する。
そしてばかみたいな顔で聞くんだ。俺が好きな男の、ばかみたいな恋愛の話を。
『……だったらなに?』
認めてはいけない気持ちだった。でも急にうんざりして、俺は戸成さんたちに言いかえす。
陽太に恋をすることを許されている彼女たちに。
『そうだよ。俺だって陽太が好きだ。でもそれってきみたちになにか関係あるの? いいよな、女子ってだけで陽太とデートしたりいちゃついたりできるんだからさ』
『……うん、だから』
『わざわざこんなとこ呼びだして——』
『私たちがもらった陽太の時間。それを、森本くんにもあげなきゃと思って』
意味がわからなかった。『は?』と俺が聞くと彼女たちは視線を交わす。
バレー部の女子——リトルウィッチが自分の腰に手をあてた。
『うちら、陽太と過ごすときは平等にって条約結んでたの。うちが陽太とデートしたら次は薫、その次は優香、その次がまたうち……みたいな感じで』
『……はあ』
そのローテーションには気づいていた。陽太の話経由で。
偶然にしてはできすぎてると思ってたけど、やっぱり自分たちで決めていたのか。
『これは陽太くんのことが好きな子は絶対に守らなくちゃいけないルール』と姉崎さんが言う。『でも逆に言えば、陽太くんのことが好きなら彼と過ごす時間は保証されるってことなの』
はあ、と話が見えなくて俺はただ相槌を打つ。だからねと姉崎さんは微笑んだ。
『私たちがもらっちゃった森本くんの時間、これから返さなくちゃねって話になったんだよ』
『……はい? どういうこと?』
『森本くんは陽太くんが好き。ということは、ほんとうなら私たちのローテーションに加わってなきゃいけなかった。だからその時間をこれから返そうと思って』
姉崎さんは指を三本立てた。
『三年、だよ。三年間、私たちは陽太くんとは連絡を取らないようにする。その間、森本くんは陽太くんに振りむいてもらえるようにがんばって』
『……いや、なに勝手なこと言ってんの』
『もしだめだったら、またローテーション組んで攻略することになるから。今度は森本くん入りで、四人で』
『いや……』
急な話になんて言えばいいのかわからなかった。言葉と視線をさまよわせて、『ローテーションだの攻略だの、陽太のことなんだと思ってんの』と俺は棘を隠さずに言う。
みんなの憧れ、おねえさんみたいな姉崎さんはにっこり微笑んだ。
『ラブコメの優柔不断な主人公。でしょ?』
話は終わりとばかりにみんな屋上から立ちさろうとする。
『え、待って』と俺は彼女たちをつい呼びとめて、『……敵に塩送るような真似していいわけ?』とだれにともなく尋ねた。
答えたのは戸成さんだった。
彼女はくるっと振りむくと、あどけない八重歯をのぞかせて笑った。
『ライバルにたいしても平等! じゃないと、陽太のこと好きでいる資格ないもん』
——話を整理すると。
陽太といい感じになっていた三人のヒロインはどのタイミングでかは知らないけど俺が陽太を好きだと気がついたらしい。
そんなもの無視しておけばいいのに、彼女たちは俺にたいしても正々堂々と振るまうことにした。
すなわち——俺がローテーションにふくまれていなかった時間の返却。なんと高校三年間。しかもその間は連絡を取らないという。
この破格の条件は俺が男だからだろう。
息をしているだけで恋愛対象にしてもらえる彼女たちとちがい、俺はまず陽太をその気にさせるところからはじめないといけない。
……できるのか。そんなこと。
そばで見てきたからわかる。毎日、『もしかしたら』を積みかさねてきたからわかる。
陽太は……俺のことを親友としてしか見てないって。
あの三人にはわからないんだ。
最初からあきらめるしかない恋がどんなものか。挑戦すらできないっていうのがどういうことか。
その無謀な勝負に挑んで、もし敗れたとき——俺はもう陽太の友達ですらいられなくなるってことが。
……いいよな。陽太のヒロインでいられる子たちは。
この三年は俺たちの関係を変えるための三年じゃない。
陽太をあきらめるための三年だ。
もう充分だ、って言えるくらいの思い出を作れたら。
いままでどおり、頼りになる親友にもどるから。



