そのあとはゴーカートに乗って某レースゲームごっこを楽しんで、屋台で適当に昼飯にした。
ホットドッグにかじりつきながら「次なににする?」と俺が聞くと月は「あれ」とマスタードをたっぷりかけたフランクフルトである場所を示した。
廃墟になった病院をめぐるアトラクション。
いわゆるお化け屋敷を。
「……あー。あー、あれね? まあぜんぜん怖くなかったから? べつに行かなくてもいいと思うけど?」
「そうなの? なんかテレビで見たことあるんだけど、廃墟めぐりみたいで楽しそうだと思ったんだよね」
「すっげえ並ぶし」
「陽太と一緒ならすぐだよ」
なんとかやめる方向に持っていきたかったけど月は気づいてくれなかった。コーラを飲みながら「脅かし役のバイトとかしてみてえなー」とか言っている。なんだこの余裕。
「そりゃ、月が行きたいなら行くけど……」
日曜だけあってアトラクションはどこも行列ができている。
俺たちはその巨大お化け屋敷、『慄然病棟』待ちの最後尾に並んだ。「そういや『サマスト』の新曲聴いた?」と月が話を振ってくるけどこっちは気もそぞろだった。
「俺、ああいう曲作ってみたいな」
「っていうと……」
「だれが聴いても恋してるってわかるようなラブソング。聴いてると胸がぎゅってなる感じの」
月の曲はどちらかと言えばダウナー系だ。夜寝るまえに聴いていると深く沈みこんでいく感じがする。
そしてインスト曲がほとんどで、たまに合成音声を使った歌も入れるけど歌詞は散文詩的で恋とか愛とかとはほど遠い。
だから月がこういうことを言うのは意外だ。へえ、と俺は横にいる彼の顔を見る。
「そういう曲っていままでなかったよな? すごい聴いてみたいんだけど」
「うん……」と月はちょっと口ごもってから、「そうだろ? だから俺にとっても都合いいんだよね、陽太が文化祭でてくれたら。それに合わせて作れるし」
「……がんばります」
曲ができたらちゃんと練習しなきゃ。月に恥かかせないように。
というか、チャンネル登録者数が三十万超えててまだ学生ながらゲーム音楽作ったり歌い手に曲を提供したりして立派にお金を稼いでる月が俺のために曲を作ってくれるってすごいことなのでは……?
あのさ、と俺は彼に言う。
「月、いまなにかほしいものある?」
「え? 新しいヘッドフォンとか……オーケストラ音源とか……あとイスもそろそろ買いかえたいんだよな……」
「……そ、そっか」
よくわからないけどぜんぶ高そうだ。ひとつくらいはバイトすれば買える、かな……?
「急になに?」
「いや、なんかお礼しないとと思って」
「俺に? べつにいいよ、俺が好きでやってるんだから」
月はいつもこう言う。ヒロインたちのことで相談に乗ってもらったときとか、デートの後押ししてくれたときとか。そうして見返りは求めない。
――俺は月になにをしてやれるだろう?
ハイスペックな親友の横でつい考えてしまう。月が俺になにかしてほしいって言うのは曲を作るときくらいだ。
作曲中は彼は完全に人間としての活動をやめてしまう。だから俺は月の家に行って、中一のときのGWと同じように飯を作って食べさせて風呂に入らせて強制的に寝かせる。たとえヒロインたちとのデートの約束があったとしても――
『陽太、来て』
月からそんな電話がかかってきたら。
俺はすべての予定をキャンセルして、彼の家に走ることにしていた。だって俺にはそれくらいしかできないから。
彼のおかげでどこにでもいるような平凡な俺が三人の女の子たちと特別な関係になれたことを思うと、これだけじゃぜんぜん足りないんだろうけど……
悩んでいるうちに俺たちの番が近づいてくる。
『慄然病棟』は廃病院が舞台のお化け屋敷だけど、気合いの入り方がふつうじゃない。絶対に客にトラウマを植えつけてやるという強い意志を感じる。
死体がある手術室や積みあげられた頭蓋骨、そして廊下を歩いていると左右から伸びてくる血まみれの手――
「え、ここ人体実験とかしてたの? やるぅ」
翔子ときたときの恐怖体験をフラッシュバックさせている俺の隣で月はスマホでレビューをチェックしている。
いや、見るなよ。これから入るのに。
二時間以上並んだけどいざ番が来るとあっという間に感じるから不思議だ。
俺たちは廃病院のロビーでスタッフの女性に説明を受けたあと、ふたりだけでドアをくぐる。廊下の蛍光灯は不安定に点滅していて、なんというか、もうリタイアして家に帰りたい。
「リトルウィッチってこういうの怖がるタイプ?」と興味津々で廊下を見まわしながら月が尋ねてくる。
「うん、実は。最初はこんなのぜんぜん怖くないしって強がってたけど、最初のゾンビがでてくるところからびびっちゃって。ずっと手繋いでた」
「こんな感じ?」
「そう、こんな……」
なにげなく差しだされた手をなにげなくにぎってしまう。意外とノリいいな、月。
「で、最後までずっと離してくれなくてさ」と俺は笑って手を離そうとした。
けれどできない。月がぎゅっとにぎりなおしてきたから。
「……月?」
「リトルウィッチとは繋いでたんだろ? ならそうしたほうがよくない?」
「よくない、って言われても」
「どんなふうにどきどきしたか教えてよ。――どきどきしたんだよな? 学校でも有名なスポーツ美少女と手繋いで」
――それは……。
「正直言うと……俺も怖かったし。これが翔子と手繋いでるどきどきなのか廃病院歩いてるどきどきなのかわからなかったっていうか」
「なんだ。陽太だなー」
「陽太をヘタレの代名詞みたいに使うな……!」
「だってさぁ、お化け屋敷ならお化けがビビらせてきたときにうっかり抱きついちゃうこともあるわけじゃん? こんな感じで」
と、月は俺の腕をひっぱる。
「……え? ちょっ、ひか……っ」
俺はひっぱられるままに月の胸に飛びこむ。
細身なのに月の体は意外としっかりしていた。そしてユーカリ系のいい香りがする。午前中あれだけ遊んでたのに。
「どう?」と至近距離で月が聞いてくる。俺の手をにぎったまま。
「陽太、いまどきどきしてる?」
どきどき。してるかどうか、って聞かれたら。
「……月相手にするわけないだろ。男なんだから」
「なんだ」
ふいと月は俺から視線を外す。そして、「じゃ、最速クリアしようぜ」と俺の手をひっぱって歩きだした。
「え、手繋いだまま?」
「はぐれたら困るじゃん。人体実験されるぜ」
「一本道だからはぐれないって……」
苦笑するけど、大型のお化け屋敷で月がテンション上がっているのかと思うとなんとなくかわいい。お化け役のひとが見たらびっくりするだろと言って俺から離したけど。
「ちなみになかったよ。翔子が抱きついてくること」
赤い照明の下で俺は言った。ああそう、と自分から言いだしたくせになぜか月はそっけない。
「逆に陽太が抱きついたりは?」
「しなかったよ。したら蹴り入れられてただろうし」
「……あー、そっか」
いかにもな怪しいドアの前に立って月はぼそっとつぶやく。「ちなみに俺はどきどきしたけど」
「え? いまなんて言った?」
「ん? やっぱ夏と言えばお化け屋敷だよなって」
「まだ四月だよ……」



