「やべぇ、マジで絶叫系ばっかだな。テンション上がる」
「月ってここ来るの初めて?」
「うん、初めて。うわーすげー振りまわされてる。ばかみてぇ、ウケる」
「どんな感想だよ……」
そしてあっという間に約束した日曜日。
俺たちは駅からでているシャトルバスに乗って遊園地へとやってきた。このあたりじゃ一番規模が大きくて、かつ絶叫マシンが充実している遊園地だ。
右を見ればフリスビー型の乗りものが激しく回っていて、左を見ればジェットコースターがいままさに垂直どころかえぐるような角度で落ちようとしている。
「なにから乗る」と月に聞かれて俺はパンフレットを開いて園内マップを見た。
「えっと……」
「リトルウィッチとはなに乗ったの?」
「……そのあだ名、久々聞いた」
小柄ながらバレーコートのなかを魔法のように飛びまわっていた翔子はそんなあだ名で呼ばれていた。
彼女は絶叫マシンが大好きなので俺もしばしば連れてこられたのだった。そして必ず彼女が一番最初に乗ったのが、
「あれ。『トンジャッテクダサイナ』」
円盤型の乗りものに乗ってぐるぐる回りながらひたすら振りまわされる、あれだ。
「へー、面白そう」と月は無邪気に目を輝かせる。
「はやく並ぼうぜ、陽太」
「はい……」
――なぜ人間は金を払って怖い思いをしたがるのだろう?――
その答えは俺にはわからない。わかるのはただ、空が青くてきれいだということと。
「うわ、すっげー! 浮いてるみてぇ! なぁ陽太、すごいな!」
絶叫マシンとか子供だましだろばかじゃねーのとか言いそうな親友が、意外とこういうときにはしゃぐやつだということだけだった。
「大丈夫? 陽太」
「……一応……」
『トンジャッテクダサイナ』を降りたあとで、俺は近くのベンチに座りこんだ。体はふらふらでまだ宙に浮いている――いや、振りまわされているみたいだ。
月は俺の顔を覗きこむ。
「泣いてない、おまえ」
「泣いてないよ……」
目にゴミが入っただけだ。たぶん。
「陽太ってこういうの苦手なんだ」と意外そうに月は俺の横に座る。「なのによくリトルウィッチと来たな」
「あいつ、行く気満々だったから。どうしても断れなくて」
「一度だけ?」
「三回来た。中一の夏休みと春休みと中二の夏休みに」
「絶叫系苦手なの隠して?」
「……翔子が楽しそうだったからさ。こんなの無理です、みたいな顔なんてできないじゃん」
そして三度目の来園で子供向け以外のぜんぶのアトラクションを見事制覇したのだった。
――喜んでたな、翔子。俺は口からでちゃいけないものがでちゃいそうだったけど。
「ふうん」と月は足を組んで笑う。
「なに?」
「いや。いいやつだな、とあらためて思って」
「……押しに弱いだけだよ」
月はそれについてはなにも言わず、「貸して」と俺の尻ポケットからパンフレットを取る。
「絶叫系以外もあるじゃん。ならあとはこっちにするか」
「え、でも……」
「どした?」
「月は乗りたいだろ? いいよ、俺のこと気にせず行ってきて」
彼は聞こえなかったかのように園内マップと現在地を見比べている。
「あ、もちろんひとりがいやなら俺も行くし」と言ってみると「べつに」とマップを指でなぞりながら月は言った。
「陽太に無理させてまで乗りたくない。それに、せっかくふたりで来てるのにひとりで乗ってもしょうがないじゃん。叫ばないやつだって面白そうだし」
「いいの?」
「いいよ。だから、もう申しわけなさそうにするのなしな」
「……うん」
月がなしと言うならなしなんだ。俺はうなずき、「次どれ乗る?」とパンフレットを覗きこむ。
これ、と月はある一点を指さした。
「俺、白馬な」
「…………」
そりゃ月はなにに乗ったって似合うだろうけど。
メリーゴーランドの馬だって乗りこなせるだろうけど……!
『うちら、周りから見たらどんなふうに見えるかな?』
すべての乗りものを制覇したい翔子は当然メリーゴーランドにも乗った。乗ったのは向かいあって座れる白い馬車。
『友達じゃないの?』と俺が返すと『あっそ』と翔子はそっぽを向く。
『どうせうちは女の子らしくないけど』
『そういう意味じゃないって』
友達だけど、と向かいにいる彼女に俺は言う。
『すごく仲のいい友達だよ。それじゃいやなの?』
『……いやじゃないけど』
『じゃあなに』
『…………』
『翔子?』
『……ばーか』
そんな青春の一ページが走馬灯のように俺の脳内を流れていった。
メリーゴーランドの黒い馬に乗っている俺の脳内を。
「…………」
ついうっかり乗っちゃったけど、べつにこれ俺は柵の外で待っててよかったのでは? 写真撮るよとか言って。
ファンシーな馬に乗って回っているのも恥ずかしいし頭上のスピーカーから降ってくるかわいらしい音楽も恥ずかしい。こういうのにはちゃんと年齢制限を定めておいてほしい。
——もっとも俺のことなんてだれも見てないだろうけど……
月は俺のまえで白馬を乗りこなしている。
マジで月は似合った。想像の百倍くらい似合った。子供たちを外で見守っているおかあさん方が見とれてしまうくらいに。
たぶん前世はどこかの国の王子なんだと思う。
何周したのか数えるのも苦痛になってきたころ、メリーゴーランドが止まった。俺はさっきとはちがう理由でふらつきながら柵の外にでる。
「面白いな、これ」と月は笑顔だ。天才はやっぱりふつうの人間とは感性がちがうらしい。
「リトルウィッチはなに乗ったの?」
「……馬車だよ」
「四人乗りのあれ?」
「そうだよ。ぜんぶの乗りもの制覇したいけど高校生にもなってひとりでこれ乗るのは恥ずかしいってあいつが言うから、ふたりなら恥ずかしさも半分だろって言ってふたりで乗ったんだよ」
それを聞いた月は俺の腕をつかむとちびっ子たちの列に並びなおした。
「なんで!」
「一緒のに乗らなきゃ意味ないじゃん」
……というわけで、俺は再び辱めにあった。
今度は男子高校生ふたりで白くてかわいい馬車に乗るという辱めだ。
「いますぐ魔法で俺の記憶を消してほしい……」
「この音楽聴いてるとクセになるな」
なんで月は恥ずかしくないんだよ……!
「それで?」と月ファンになったおかあさん方に手を振りかえしてから彼は俺に向きなおる。「リトルウィッチとはなに話したの?」
「……ふつうのことしか話してないけど」
「『こうしてるとまるできみはシンデレラだね』『あなたも王子さまみたいよ』とか?」
「月のふつうってそれなの?」
「リトルウィッチって意外とロマンチストな感じするからさあ」
たしかに、翔子はけっこうかわいいものが好きだ。自分には似合わないと思って隠してるけど。
「よくわかったな」
「そりゃ、親友のヒロインのことですから」
降参するような気持ちで俺は翔子とどんな会話をしたか彼に教えた。
聞きおわるなり「なんでそこで『友達』なんて言うかな」と月は呆れる。
「ただの友達じゃないよ。仲のいい友達だって」
「それがよくないんだよな。変に期待持たせるっていうかさ」
「じゃあなんて言えばよかったんだよ」
「決まってんじゃん」
月はおもむろに立ちあがる。
そして俺の座席の背もたれに片手をつくと、まっすぐに目を見つめて言ってきた。
「——恋人にしか見えないよ」
俺は思わず自分の胸を両手で押さえる。
「い、いま俺のなかの女の子が落ちた音した……」
「やりぃ」
月は向かいの席にもどるとにやっと笑う。
「ま、これができないから陽太は陽太なんだよな」
「陽太で悪かったな……!」



