「で、けっきょく陽太ってだれが本命なの?」
入学初日はホームルームだけで終わった。授業は明日からだ。
十二時のチャイムを聞きながらまだ慣れない校舎をでて、月とふたりで駐輪場まで歩く。
校舎から校門までの間にある桜並木から花びらが風に乗って流れてきていた。
こうしてると月はほんとに絵になる。同じ新入生の女子たちは彼のことをちらちら見ていたし、対面式では上級生も月を見てなにか嬉しそうに話していた。また告白ラッシュされてそのぜんぶを断るのかな、と俺はちらっと考える。
俺は容姿は人並みなのでそういうことは起きないんだけど。見た目がいいのも大変だ。
「……だれって?」
「三人のうちだれとつきあいたいと思ってるかってことだよ」
妹みたいな優香と男友達みたいな翔子とおねえさんみたいな姉崎さんのだれが一番好きなのかということだ。
「なんかこれ、中学のときも聞かれた気がする」「聞いたよ。で、そしたら陽太は『まだ決められない』って言った」
俺は三人の顔を思いうかべる。
みんな街を歩けば通行人が振りかえるくらいかわいいけど、もしそうじゃなかったとしても三人は俺のなかで気になる異性になっていたと思う。
優香はなつっこくて放っておけなくて、翔子は一緒にいると気が楽で、でもそのぶんたまに見せる乙女チックなところがたまらなくて、姉崎さんはとにかく俺の心を癒してくれて……
「無理。だれかひとりとかえらべない。だってみんなかわいい」
「贅沢なやつめ」
「だってさぁ……」
ふんと月は薄笑いを浮かべる。「そういうとこじゃねえの、おまえが『卒業エンド』になっちゃったの」
……なにも言いかえせない。
そもそも俺がだれかひとりに決めて積極的に行動していればよかったんだ。それはわかってる。わかってるんだけど。
「でもみんな魅力的なんだよ、ひかるー」
「はいはい」
こんな優柔不断なやつ、さよならされて当然だと思う。
でも、だからこそここから取りかえすと決めたんだ。月の力を借りて。
「俺としてはラブソングにしたいんだけど。ヒロインの心揺さぶるには最高だろ?」
「……え、それ俺がうたうんだよね」
「そうだよ」
「恥ずかしい」
「あきらめろ。どうせ陽太のあだ名は高校でも『ラブコメ太郎』だよ」
「やめろよ! 本気で!」
それは俺が三人のヒロインの間でふらふらしてるのを揶揄するために翔子がつけてきたあだ名だ……!
「というかさ」と俺は自転車を押しながら言いかえす。「月こそどうなんだよ。高校では彼女作らねえの?」
「俺の恋人は音楽」
「ずるいだろ、それ!」
月が自転車を漕ぎはじめるのと同時に俺も自分のに飛びのった。ふたりで校門から飛びだして、朝通った道を逆方向からたどっていく。
俺たちが通うI高校は駅から徒歩十分の場所にある。近くにショッピングモールもあれば飲食店もたくさんあるにぎやかな場所だ。そこから駅に背中を向けて、住宅街に向けて大通りをふたりで縦に並んで走る。
車の音に負けないように前を行く月が叫んできた。
「陽太、このまま俺の家!」
「なに? 作戦会議?」
「そういうこと!」
面白いくらいに信号はぜんぶ青。
やわらかい春の風を切って進みながら、なあ、と俺は彼の背中に向けて声を張りあげた。
「月に好きなひとできたら俺も協力するから!」
「……うん?」
「言えよ、絶対。好きなひとできたら!」
あははっと月は笑った。「――わかった。うん、できたらな」
中一のGW以来、森本家のキッチンは俺が自由に使っていいことになっている。
昼食がまだだった月のおかあさんのぶんもサンドイッチを作り、月の部屋で彼とふたりでそれを食べながら作戦会議をはじめる。
「やっぱいけないのはさ」とハムとチーズのサンドイッチをかじりながら月が言う。
「陽太がふらふらしてることだと思う。僕はきみたち三人のうちだれがほんとに好きかわからないけど好きです、つきあってください、って曲をうたわれておまえどきっとする? どう?」
「舐めんなボケと思う」
「だろ? だからやっぱりはっきりしてほしいんですよ、俺としては」
「と言われても……」
だってみんな以下略。
悩んでいる俺を見て月は「ほんとはひとりずつ会って自分の気持ちをたしかめるのが一番いいんだけど」と訳知り顔で苦笑する。
「すくなくとも三年は会わないって言われてるんだよな」
「そう。あ、ってか会えないのにステージやっても見せられなくない?」
「動画送ればいいじゃん。――だからさ、いま陽太にできるのって三人との思い出をたしかめることだけなんだよな」
それはそうだ。
「写真ならいっぱいあるけど……」とスマホを取りだそうとする俺を「そうじゃなくて」と月が止める。
「行こうよ。陽太がさ、ヒロインたちとでかけた場所」
「え? 遊園地とかプールとか夏祭りとか山とか廃校になった小学校とか?」
「意外と行ってるな……。ま、とにかくそういうとこ。そうやって思い出を追体験したら、あれは恋だったのかも、って思うことがあるかもしれない」
「あれは恋だったのかも……」
三人との時間を過ごしながら、俺にはわからなかった。
優香に抱くこの気持ちは恋なのか。妹みたいな女の子に対する庇護欲なんじゃないか。
翔子に感じる想いは友情なんじゃないか。姉崎さんにたいする感情は憧れなんじゃないか……
そうやって――自分の気持ちと向きあうことを恐れていた。
自分の気持ちがなにか知ってしまったら結論をださなくちゃいけなくなるから。この子とつきあいたい。そう思ったら、あとのふたりとは距離を置かなくちゃいけなくなるから。
そして俺は。
つらい未来を避けるあまり、自分のなかで芽生えていた大切な気持ちからも目を逸らしてしまっていたのだろうか――。
遠い目をしている俺をスルーして、「とりあえず連休前に遊園地行っとくか……」と月がスマホを見ながらつぶやく。
え、と俺は現実にもどってきた。
「月も行くの?」
「そりゃ行くでしょ。陽太が恋心を自覚する瞬間見ておかないと」
「遊園地とかプール……」
「なんだよ。女の子とは行けて俺とは行けねえの」
「変な絡み方するなってば」
そりゃ月がいいならいいけど。……いや、いいのか?
せめてふたりきりじゃなくてほかの友達誘って行ったほうが――と思ってふと気づく。
「文化祭、ほかにだれか誘ったりしないの? 軽音部のひととか」
「なんで」
「なんでって……」
「生音にこだわらなきゃ俺と陽太だけで充分だよ。音は俺がリアルタイムで調整して平坦にならないようにするし。……それとも、なに?」
ローテーブルに肘をついて月が俺の顔を覗きこんでくる。ちょっと怒ったように。
「俺だけじゃ、なんか不満?」
……滅相もありません。
「そんなことないけど……」
「ならいいじゃん。あ、ユニット名決めとく? ヒカルとヨータとかどう」
「なんかお笑いユニットっぽくない?」
「じゃあ陽太が決めろよ」
そんなこんながあって。
来週の日曜日、俺たちは隣県の遊園地に行くことになった。男ふたりで。



