愛が重すぎる美形の親友に囲いこまれてBLエンド一直線にされました


「あのっ、よかったらサインしてください!」
「一緒に写真撮ってほしいんですけど……!」

 拍手の波が引いたあとで何人かの女子が一歩まえにでてくる。
「すみません、このあとの演目があるので」と実行委員会が止めるけれど、ほかのお客さんも「なら私も! 写真撮ってください!」「いまの曲もう一回やって!」と言いはじめた。

「あ、あのっ」

 このままじゃ収拾がつかなくなりそうだ。
 どうするべきか迷っていると、アコギをベンチに置いた月が「陽太」と俺を呼んだ。

「月、どうしよう」
「決まってるじゃん」

 彼は俺からマイクを取ってそれもベンチに置くと、俺の手を取る。
 すみませーん、と月は笑いながら叫んだ。

「これから陽太とデート行くんで通してくださーい」
「は!?」

 そしてお客さんが作る分厚い壁に向けてずんずん歩きだす。
 意表を突かれたのか壁が崩れた。よし、と彼は俺の手をにぎりなおしてその隙に走りだす。

 たくさんのひとたちが俺たちを呼びとめようとする。

 でも俺も月も止まらなかった。
 人混みを抜けて一気に駆ける。途中でなんだかおかしくなってふたりで笑いあいながら。

 月とならなんでもできそうな気がした。
 俺たちはきっとどこまでも行ける。きっと、このまま空だって飛べるだろう。

 正門をでたところで俺たちは立ちどまった。
 手を繋いだまま声を立てて笑っている俺らを周りのひとたちが不思議そうに見ている。でも気にならなかった。

「陽太、このまま文化祭抜けだそうぜ」
「いいけど」笑いすぎてにじんできた涙を俺はぬぐう。「でも、どこ行くの?」

「そんなの決まってんじゃん」と月は答えた。

 ほんとうに空でも飛んでるみたいに。楽しそうに。

「まだ行ったことのないとこに行こう。ふたりで」


 +++


「……知ってたけど」

 同時刻。県内のあるカフェ、そのテラス席で三人の女子が丸テーブルをかこんでいた。

 スマホを横向きにして持っている女子が言う。知ってたけど、やっぱつらいな——と、

 画面に映っていたのは陽太と月の中庭ライブ。文化祭実行委員会が生配信しているのをいままで三人で見ていたのだった。

 もちろん文化祭当日にこうして三人で集まっているのは偶然ではない。
 陽太のステージをひとりで見届ける勇気がなかった彼女たちは、どこか——できたら簡単には泣けない場所がいい——に集まってこの日を過ごそうと陽太から連絡があったときに決めたのだった。

『文化祭二日目の午後一時からステージをやります。俺の大切なひとに想いを伝えるためのステージです。当日は学校のアカウントで生配信されるので、よかったら見てください』

 ——大切なひとに想いを伝えるためのステージ。
 それが自分たちのだれかではないことを、彼女たちはよく知っていた。

「でも、はやめにくっついてくれそうでよかったんじゃない?」と優香が言う。「私たちだっていつまでももやもやしてたくないもん」

「わかりやすかったよね~、あのふたり」と(かおる)がおっとりと微笑む。「森本くんは陽太くんのこと好き好きオーラがでてたし、陽太くんだって」

「そうだよ。マジありえないよね、デートほっぽって男のとこ行くとか!」

 翔子はテーブルをばしばし叩く。

 ——陽太がほんとうに好きなのは自分じゃない。そのことに気がついたのは陽太にデートをドタキャンされたときだった。

『ごめん、月のこと放っておけないから』

 そんな理由で。

 あるとき、全員にその経験があると知った三人はルールを作った。それは、

「ま、中学のときに陽太を振りむかせられなかった私たちが言っても仕方ないけど」

 中学三年間に勝負をかける。
 もし卒業までに陽太を振りむかせられなかったら、そのときはきっぱりあきらめる。そして。

『私たちがもらっちゃった森本くんの時間、これから返さなくちゃねって話になったんだよ』
『三年、だよ。三年間、私たちは陽太くんとは連絡を取らないようにする。その間、森本くんは陽太くんに振りむいてもらえるようにがんばって』

 月を応援する。彼が気兼ねなく陽太にアプローチできるようにしたうえで。

 そうでもしなければ月は陽太への想いを隠しつづけてしまうだろうし、陽太も『完璧な親友』の月が自分を好きだなんて夢にも思わないだろう。

 ——もちろん。ふたりがくっつくことに、痛みを感じないといえばうそになるけれど。

「約半年かぁ。はやいと言えばはやいのかな」

 テーブルに頬杖をついて優香がつぶやく。「ぜんぜん遅いよ」と声を震わせながら言ったのは翔子だ。

「両想いならもっとはやくくっつけっつーの。ばーか」
「翔子ちゃん、泣かないって決めたでしょ」
「わかってるけど……」

 馨が渡したハンカチで翔子は目元をぬぐう。
 それより、と優香は無理やり気分を切りかえるように言った。

「近くに特大パンケーキのお店あるの。三人でチャレンジしに行かない?」
「えー。太る」
「なら翔子ちゃんはふつうサイズでいいよ。そばで応援してて」
「……食べる。食べるけど!」

 三人はスマホをバッグにしまって席を立つ。

 ひとりの少女が涙で濡らしたハンカチは秋のやわらかな風を浴びて、だれも気づかないうちに乾いていった。


 +++


「お、絶景」
「すごいいいタイミングだったな」

 レトロな深緑色の列車に乗って二時間。
 さらにそこからバスに乗って、俺たちはI半島の西側にある展望デッキにやってきた。

 ここからは太平洋がパノラマのように見渡せる。雄大な海に西日が溶けていくさまはきれいすぎて怖いくらいだ。

 ……優香たちにはいつかきちんと話をしよう。
 俺がえらんだ未来と、そばにいてほしいと思った相手について。

 でもそれはいまじゃない。
 いま隣にいるのは、俺のヒロインだった彼女たちじゃなくて月だから。

 手すりに寄りかかり、潮風に包まれながら夕陽を見ていると今年の五月に彼に告白されたことをあらためて思いださずにはいられなかった。

 あれから何ヶ月もかかってしまったけど。
 俺は、月の気持ちにちゃんと向きあえただろうか。

 彼がくれたたくさんの想いに——

「……そうだ、月」
「ん?」

 月が俺のために作ってくれた曲のタイトル。『アカネ』。
 どんな花かは知っていたけど、ふと気になって月が列車でうたた寝している間にスマホで検索していた。

 アカネはつる性多年草で、白くて小さな星形の花を咲かせる。根は乾燥させると赤紫色になり、『赤根』という名前はそこからついたとも言われている。

 そして——今日初めて知ったけれど、この花の花言葉は。

「あの日、月は俺にうそついたんだよな」
「なにが?」
「アカネの花言葉。『あなたの幸せを願う』じゃなくて、『私の想いに応えて』だろ」
「……まあ諸説あるから」
「だとしても」

 月が間違えるとは思えない。
 彼はあえてうそをついたんだ。俺が、自分のことだけを考えられるように。

 ほんとうは自分のことだけを考えてほしいのに。
 俺の幸せを願って。

「……月、俺のこと好きすぎじゃん」
「そうだよ。知らなかった?」
「うん、いま知った」

 まぶしい夕陽を見ながら俺は言う。「月がこんなに俺のこと好きってことも。俺がこんなに月のこと好きってことも。いま知った」

「……わかったなら許す。でも、まだだから」
「え?」
「俺、もっともっと陽太のこと好きになると思う。陽太が呆れるくらい。いまだって、陽太のことどんどん好きになってる。あふれそうなくらいに」

 大真面目な口調だった。俺は思わず笑ってしまい、「笑うなよ」と叱られる。
 ごめん、と謝って隣にいる彼を見る。

 かっこよくて。頼りになって。すごい曲ばっかり作って。でもたまに子供っぽくて。愛が重くて。
 だれよりも大好きな相手のことを。

「大丈夫だよ。俺も同じだから」
「ほんとに?」
「うん——」

 それで、もし、と俺はつづける。

「あふれちゃうんだったら、それを曲にしてよ。そしたら俺が一番に聴くから。月なら簡単じゃん?」
「陽太がいないとなんにもできないのに」
「いればできるんだろ? なら、やっぱ簡単じゃん」

 俺につられるようにして月も笑った。
「けど、いまはそれより」といつかの夏の夜みたいに俺の顔に手を伸ばす。

 今度はちゃんと頬にふれた。
 いつもつめたい彼の手がこのときは熱い。夕陽に焼かれたように。

「キスで伝えたい。……いい?」

 どきっとしたけど、俺は思いきってうなずく。
 恥ずかしいけど。でも、恋人としかしないことをはやく月としてみたかった。

 月は親友じゃなくて恋人だって。
 そう、胸を張って言いたいから。

 大きな茜色の夕陽と、藍色の空で輝く白い月の狭間で俺たちは唇を重ねる。

 どんな未来がこれから待っているか、それはまだわからないけど。

 彼とキスをするたび俺はこの日のことを思いだすだろう。何年経っても。ずっと。

 そしてこの『きらきら』をいつまでも胸に抱いている。一緒に、ふたりで大人になっていきながら。
 それだけはたしかだと思った。

「……伝わった?」

 唇を離して月が聞いてくる。
 俺は微笑み、真っ赤になった顔を隠すために月の胸に頭を押しつける。

 それから言った。

「やっぱ月、俺のこと好きすぎ」




【終わり】