月の提案は体育館でのライブを屋外ライブにすることだった。
スピーカー類は使えない。それでもアコギは音楽室にあるし、練習はずっとしてきたからマイクがなくても声は通るはずだ。
どこでもいいから場所を手配してほしいと月が頼むと、「わかった」と草壁先輩はさっそくスマホを取りだした。
「なら俺たちも」「スマホで音楽流していいなら、うちらも!」とほかの出演者たちも言いつのる。
「先生、ご相談があるのですが――」
たぶん担任の先生だろう、草壁先輩は電話で事情を説明して屋外でのパフォーマンスの許可を取る。俺たちに気を遣ってスピーカーにしてくれた。
電話はなかなか終わらなかった。向こうで先生たちが相談する気配がしたあと、『事情が事情だからな……』と先生が言った。
『中庭ならいいだろう。そこでパフォーマンスをおこなうようみんなに通達してくれ。スケジュールは予定通りでいいのか?』
「そのつもりで進めます」
『わかった。校内放送の手配は俺がやるから、草壁はそっちを頼む』
電話が終わる。草壁先輩は俺たちの顔を見まわし、「中庭でならいいって」と興奮したように言う。
やった、と俺と月はハイタッチした。
「なんで俺のこと好きって気づいたの?」
何組かはキャンセルになったけど、二日目のステージはおおむね予定通りに進行することになった。場所を体育館から中庭に変えて。
俺たちの出番は午後から。ちゃんと練習しておこうということで、校内を見てまわってからふたりで音楽室に向かった。
彼のアコギの演奏に合わせてうたったあと、だしぬけに月がそう尋ねてきた。
「……聞く? そういうこと」
俺は途中で買ったドリンクのストローをくわえる。パインジュースは甘酸っぱかった。
「聞きたい、そういうこと」
「……なんとなくじゃだめ?」
「だめ。ちゃんと言葉にしてほしい」
「どうしても?」
「言ったじゃん。俺彼氏にしたら面倒だからそのつもりでいろよって」
そんなの今更だからべつにいいんだけど。
「たとえば……」と俺は窓から外を見る。
二日目も天気には恵まれた。抜けるような青空、というのはこういう空のことを言うんだろう。
思いだすのは、昨日保健室で月の寝顔を見ながら考えたときのこと。
月とタコヤキを食べながら話したことがきっかけで生まれた、『未来』のこと。
「たとえば、俺がカフェの店長になったとする」
「ふむ」
「そこには月がいてほしい。一緒に経営しててほしい」
「……む?」
「たとえば、俺が料理人になったとする」
「ふむ……」
「そこにはやっぱり月がいてほしい。俺が試作した料理を一番に食べてほしい。毎日一緒にいてほしい」
「…………」
「そう思ったら。……ああもうこれ好きじゃん、って思ったんだよ」
恥ずかしくなって俺は月にパインジュースを押しつける。
俺の夢はまだ決まっていない。立派な夢もちゃんとした目標もない。
でも。
そこに月がいてくれるなら、たとえどこでなにをしていても俺の未来はきらきらしているはずだ。
その『きらきら』を、きっと恋と呼ぶんだって。
そう、思ってしまったから。
「俺……」
月はためらいがちにドリンクを受けとる。それから冗談なのか本気なのかわからない声で言ってきた。
「俺、陽太が働かなくてもいいくらい稼ぐけど? ぜんぜん養うんだけど?」
「真面目に聞けってば……!」
「いや真面目に言ってるし……うん、でも、」
彼はストローを咥える。意識しないようにしすぎて、逆にぎこちなくなっている、という仕草で。
まるで。
恋人と初めて間接キスしたみたいな仕草で。
「陽太とずっとそばにいられるなら、なんでもいいや」
午後一時。
『月世界』がライブするという話はすでに学校の外にも広まっていて、俺たちのステージ――舞台上じゃないけど、このままそう呼ぼうと思う――はたくさんのひとが聴きにきてくれることになった。ざっと百人はいる。
そのなかでうたうのは緊張するけど、でも――
「行くよ、陽太」
「……うん」
ベンチに腰掛け、アコギをかまえた月が俺にささやく。
草壁先輩たちが色々聞いてまわってくれて、屋外でも使えるワイヤレスアンプとコードレスのマイクを業者から借りてきてくれた。
そのマイクをしっかりにぎりしめ、月の斜めまえに立った俺は大勢のお客さんたちに向きあう。
舞台もスピーカーもなにもない。
それでも——彼がいてくれれば、絶対大丈夫だ。
月のカウントで曲がはじまる。
アコギ用にアレンジされた『アカネ』は最初から切なさを帯びていて、胸をしめつけるようだった。
ざわめいていた中庭が一瞬で静かになる。
『アカネ』は片想いの曲だ。
好きになってはいけない相手を好きになってしまった。最初はその苦しさを、やりきれなさをうたう。報われないとわかっているのに捨てられない恋心を。
でも、歌詞の主人公はやがて気がつく。
『あなた』は好きになってはいけない相手じゃない。好きになるしかなかった相手だと。
たとえ世界すべてがこの気持ちを否定したとしても、それだけは揺るがないと――。
――だから、『僕』は幸せだった。
『あなた』と出会うことができて、
『あなた』に恋をすることができて、
『あなた』をほしいと願うことができて、
『僕』は、この世界のだれよりも幸せだ。
どうか、
『あなた』も同じように幸せでありますように。
——そう思いながら月はずっと俺のそばにいてくれたんだ。
彼の世話をつきっきりでした中一の春。
彼は言っていた。あのときはもう俺を好きになっていたって。
それなのに。
月は、ヒロインたちの恋愛に悩む俺を隣で応援しつづけてくれていた。『あなた』の幸せのために。
目を閉じると夕焼けに照らされた彼の顔が思いうかぶ。
堤防にならんで座って、彼に告白されたあの日。
——怖かったよな?
隠しつづけていた想いを俺にうちあけるのは。
同じ男で、親友の俺のことを好きって明かすのは。
隠していたぶんだけ、きっと怖かっただろう。
でも月はそれから逃げなかった。だから俺ももう逃げない。
俺は月が好きだ。
たとえだれに否定されたとしても関係ない。月が好きだって、その想いだけあればいい。
彼がそばにいてくれれば。
俺は——俺たちは、こんなにも輝いていられるから。
月が奏でる最後のアルペジオが青空へ吸いこまれて消えていく。
月が俺に伝えたいことが、俺が月に伝えたいことが、静かな余韻だけ残して。
最初は静まりかえっていたけれど、だれかが手を叩いたのをきっかけに中庭が盛大な拍手で満たされる。ぞくぞくするくらいの大喝采で。
俺は月を振りかえって笑った。月も同じように笑みを返してくる。頬は上気していた。
——わかるんだ。いまなら、月の気持ちが。
大切な相手と気持ちが重りあうこと。
それは、泣きそうなくらい幸せなんだって——。
——大好きって気持ち、伝わった?
声にださないで俺は彼に尋ねる。
月は不意打ちされたように瞬きすると、恥ずかしそうに笑って小さくうなずいた。



