「ステージが中止ってどういうことですか!?」
翌朝、調理室で今日の仕込みをしていたら俺と月のスマホが同時に鳴った。
見てみると文化祭実行委員からのラインで、『本日のステージは中止になりました』と目を疑うようなことが書かれていた。
俺と月は顔を見合わせ、いてもたってもいられず、あとはクラスのみんなに任せて体育館に急いで――
同じように集まってきたらしいほかのステージの出演者と一緒に、実行委員の草壁先輩からあらためて話を聞くこととなった。
「説明不足でごめん。でも、見てもらったほうがはやいからちょうどよかった」と先輩は体育館のなかに入るよう俺たちをうながす。
俺たちは不安を隠せずに靴を脱いで、先輩を追って舞台のほうへと向かって……
「えっ……」
水浸しになった舞台に絶句した。
昨日の最後のステージが終わってからそのままだったらしいスタンドマイクも、アンプも、ドラムも、スピーカーもみんな雨に降られたかのように濡れている。
だれも口を利けないでいると、「……スプリンクラーですか」と舞台の上の空間を見て月がつぶやいた。草壁先輩はうなずく。
「俺たちが朝来たらこうなってたから推測でしかないけど……劣化したスピーカーの電源コードが発火したんだと思う。それでスプリンクラーが作動した。……いまみんなでレンタル業者をあたってるけど、でも日曜日だし、借りられるかどうか……」
「…………」
「俺たちの管理不行き届きだ。ほんとうに申しわけない」
草壁先輩は頭を下げる。
「はぁ!? ふざけんなよ!」とTシャツを着た三年の先輩がつかみかかろうとして仲間に止められていた。やめなよ、草壁責めたってどうにもならないんだから――と。
そのとおりだ。先輩を責めてもどうにもならない。
業者の手配が間に合えば場所を変えてやれるかもしれないけど……でも、それだってイベントが多い日曜日に急に頼んで借りられるとはとても思えない。
――もう。終わり、だ。
大切なステージだったのに。
やっと自分の気持ちがわかったのに——
「――月っ!?」
不意に月が舞台に背を向けると出口に向けてまっすぐ歩いていく。待てよ、と俺は彼の腕をつかんだ。
それでも月は止まってくれない。まえを見たまま、怒ったように足を動かしつづけている。
「なんだよ。もうやることなんてないじゃん。中止だって言うんだから」
「でも……」
「――俺が作った曲も陽太が練習したのもぜんぶ台無し。でもしょうがないよな。プロの公演だってこういうことはあるし。自然災害みたいなものだと思ってさっさと忘れようぜ」
「でも……っ!」
俺は月をつかむ手に力を込めた。
彼は立ちどまり、なに、と俺を見下ろす。
ナイフみたいにつめたい視線で。
「そんなにステージやりたかった?」
「当然だろ。せっかく月が曲作ってくれたのに、」
「そんなに――リトルウィッチに気持ち伝えたかった?」
なんで急に翔子がでてくるのかわからず、え、と俺は尋ねかえす。
月は俺の手を乱暴に振りはらった。
「そうだよな。陽太はやっと自分の気持ち見つけたんだもんな。四月からずっとこのためにやってきたんだから、そりゃステージが台無しになったらショックだよな」
「へ……?」
「でもいいじゃん。歌がなくてもリトルウィッチは聞いてくれるって。それで無事にハッピーエンド。よかったな、陽太」
「あの、月?」
「俺がしてきたことはぜんぶ無駄だったんだ。ほんと、ばかみ――」
「俺が好きなの……翔子じゃないんだけど」
月の勢いに気圧されつつ言うと、「は?」と彼が顔をしかめた。
「いいよそういうの。もう隠さないで」
「いや、ほんとにそうじゃないし。なんでそんなふうに思ったの?」
「だって……」
困惑したように月が言う。「昨日、保健室でリトルウィッチの動画見てたじゃん。だから告白するまえに好きな子の思い出をたどってるんだと思って」
「え……?」
昨日、月は保健室で休んでるだろうと思って見当をつけていくと彼はベッドで眠っていた。
休ませてあげようとそっとしておくことにして、しばらく月の寝顔を眺めていたとき、ふっと俺は気がついた。自分の想いに。
それでスマホを操作しているうちに疲れていたのか俺もすこしだけ眠ってしまって……月を起こして明日の準備をしに調理室に向かったのだった。
スマホは俺の膝の上にあったけれど画面はとっくに暗くなっていた。
だから、俺がなにを見ていたかなんて月が知るはずないのに――
「……起きてたの、月?」
「そうだよ。でも気づかないふりしようと思って、もう一回寝るふりした」
「そんなことしなくていいのに」
「は?」
「だって、」
俺は思いだす。昨日、翔子たちの動画を見返していたのは。
「俺が好きなの……三人のなかにいない、から」
みんなとの思い出に。さよならを言うため、だったから。
「……は?」
月はぽかんとする。
は、って。自分から告白してきたくせに。なんでわからないんだよ。
「だから――」
と言ってから俺はここが体育館なのを思いだした。草壁先輩も、ほかのステージ出演者もいる。
「ちょ、ちょっと場所変え……」と急に恥ずかしくなって移動しようとすると「ダメ」と月に肩をつかまれた。
「いますぐぜんぶ言って、陽太」
「い、いや……! あの……!」
視線をさまよわせると草壁先輩たちが俺たちの告白の行く末を見守っていることに気づいた。あるひとは固唾を飲んで、あるひとは目を輝かせて。
――あ、これ、今日中には噂が広がるやつ……!
「なんでリトルウィッチの動画見てたの?」
「こ、これを最後にしようと思ったから……っ! 翔子だけじゃなくて、全員の動画とか写真とか見返して、……消してたんだよ。そうしないと……月に悪い気がして」
「……で、寝落ちした?」
「動画、止めたつもりだったんだけど……」
まさか月に見られてたとは。
月は俺ならそうすると納得してくれたらしく、「……なんだ、まぎらわしい」とつぶやく。
「てっきり俺は……」
彼の誤解が解けてよかった。ほっとしたのも束の間、「で?」と彼が尋ねてくる。
「で?」
「ヒロインに告白するんじゃないのに、陽太がステージにそこまで真剣になるのはなんで?」
「……そんなのわかるだろ」
「わからない。ちゃんと、言葉にして言ってほしい」
もう逃げ道はなかった。
あんなに特別だったヒロインたちとの思い出は、いつの間にか月に上書きされてて。気がついたら月のことしか考えられなくなってて。
そして、明日も明後日も月にそばにいてほしいと思うようになっていた。
過去も。現在も。未来も。
俺が想うのは月だけで。
月だけが、俺の大切なひとで。
もう——『親友』っていう言葉じゃ、この気持ちをごまかせないから。
……好き、と俺は想いが零れるように言う。
「月が好き。大好き。だから……月のために、絶対うたいたい」
「……うん、」
「って月、待っ、」
月は俺を抱きよせる。
舞台のほうから女子の歓声が聞こえてきた気がするけど月はおかまいなしだった。
月の世界には俺と彼しかいないみたいに。
力強くぎゅっと抱きしめてくると。俺も同じ、と想いがあふれるように言う。
「俺も陽太が大好き。だから絶対ステージ成功させたい。……ちがう。成功させる。
俺に考えあるんだけど、聞いてくれる?」
翌朝、調理室で今日の仕込みをしていたら俺と月のスマホが同時に鳴った。
見てみると文化祭実行委員からのラインで、『本日のステージは中止になりました』と目を疑うようなことが書かれていた。
俺と月は顔を見合わせ、いてもたってもいられず、あとはクラスのみんなに任せて体育館に急いで――
同じように集まってきたらしいほかのステージの出演者と一緒に、実行委員の草壁先輩からあらためて話を聞くこととなった。
「説明不足でごめん。でも、見てもらったほうがはやいからちょうどよかった」と先輩は体育館のなかに入るよう俺たちをうながす。
俺たちは不安を隠せずに靴を脱いで、先輩を追って舞台のほうへと向かって……
「えっ……」
水浸しになった舞台に絶句した。
昨日の最後のステージが終わってからそのままだったらしいスタンドマイクも、アンプも、ドラムも、スピーカーもみんな雨に降られたかのように濡れている。
だれも口を利けないでいると、「……スプリンクラーですか」と舞台の上の空間を見て月がつぶやいた。草壁先輩はうなずく。
「俺たちが朝来たらこうなってたから推測でしかないけど……劣化したスピーカーの電源コードが発火したんだと思う。それでスプリンクラーが作動した。……いまみんなでレンタル業者をあたってるけど、でも日曜日だし、借りられるかどうか……」
「…………」
「俺たちの管理不行き届きだ。ほんとうに申しわけない」
草壁先輩は頭を下げる。
「はぁ!? ふざけんなよ!」とTシャツを着た三年の先輩がつかみかかろうとして仲間に止められていた。やめなよ、草壁責めたってどうにもならないんだから――と。
そのとおりだ。先輩を責めてもどうにもならない。
業者の手配が間に合えば場所を変えてやれるかもしれないけど……でも、それだってイベントが多い日曜日に急に頼んで借りられるとはとても思えない。
――もう。終わり、だ。
大切なステージだったのに。
やっと自分の気持ちがわかったのに——
「――月っ!?」
不意に月が舞台に背を向けると出口に向けてまっすぐ歩いていく。待てよ、と俺は彼の腕をつかんだ。
それでも月は止まってくれない。まえを見たまま、怒ったように足を動かしつづけている。
「なんだよ。もうやることなんてないじゃん。中止だって言うんだから」
「でも……」
「――俺が作った曲も陽太が練習したのもぜんぶ台無し。でもしょうがないよな。プロの公演だってこういうことはあるし。自然災害みたいなものだと思ってさっさと忘れようぜ」
「でも……っ!」
俺は月をつかむ手に力を込めた。
彼は立ちどまり、なに、と俺を見下ろす。
ナイフみたいにつめたい視線で。
「そんなにステージやりたかった?」
「当然だろ。せっかく月が曲作ってくれたのに、」
「そんなに――リトルウィッチに気持ち伝えたかった?」
なんで急に翔子がでてくるのかわからず、え、と俺は尋ねかえす。
月は俺の手を乱暴に振りはらった。
「そうだよな。陽太はやっと自分の気持ち見つけたんだもんな。四月からずっとこのためにやってきたんだから、そりゃステージが台無しになったらショックだよな」
「へ……?」
「でもいいじゃん。歌がなくてもリトルウィッチは聞いてくれるって。それで無事にハッピーエンド。よかったな、陽太」
「あの、月?」
「俺がしてきたことはぜんぶ無駄だったんだ。ほんと、ばかみ――」
「俺が好きなの……翔子じゃないんだけど」
月の勢いに気圧されつつ言うと、「は?」と彼が顔をしかめた。
「いいよそういうの。もう隠さないで」
「いや、ほんとにそうじゃないし。なんでそんなふうに思ったの?」
「だって……」
困惑したように月が言う。「昨日、保健室でリトルウィッチの動画見てたじゃん。だから告白するまえに好きな子の思い出をたどってるんだと思って」
「え……?」
昨日、月は保健室で休んでるだろうと思って見当をつけていくと彼はベッドで眠っていた。
休ませてあげようとそっとしておくことにして、しばらく月の寝顔を眺めていたとき、ふっと俺は気がついた。自分の想いに。
それでスマホを操作しているうちに疲れていたのか俺もすこしだけ眠ってしまって……月を起こして明日の準備をしに調理室に向かったのだった。
スマホは俺の膝の上にあったけれど画面はとっくに暗くなっていた。
だから、俺がなにを見ていたかなんて月が知るはずないのに――
「……起きてたの、月?」
「そうだよ。でも気づかないふりしようと思って、もう一回寝るふりした」
「そんなことしなくていいのに」
「は?」
「だって、」
俺は思いだす。昨日、翔子たちの動画を見返していたのは。
「俺が好きなの……三人のなかにいない、から」
みんなとの思い出に。さよならを言うため、だったから。
「……は?」
月はぽかんとする。
は、って。自分から告白してきたくせに。なんでわからないんだよ。
「だから――」
と言ってから俺はここが体育館なのを思いだした。草壁先輩も、ほかのステージ出演者もいる。
「ちょ、ちょっと場所変え……」と急に恥ずかしくなって移動しようとすると「ダメ」と月に肩をつかまれた。
「いますぐぜんぶ言って、陽太」
「い、いや……! あの……!」
視線をさまよわせると草壁先輩たちが俺たちの告白の行く末を見守っていることに気づいた。あるひとは固唾を飲んで、あるひとは目を輝かせて。
――あ、これ、今日中には噂が広がるやつ……!
「なんでリトルウィッチの動画見てたの?」
「こ、これを最後にしようと思ったから……っ! 翔子だけじゃなくて、全員の動画とか写真とか見返して、……消してたんだよ。そうしないと……月に悪い気がして」
「……で、寝落ちした?」
「動画、止めたつもりだったんだけど……」
まさか月に見られてたとは。
月は俺ならそうすると納得してくれたらしく、「……なんだ、まぎらわしい」とつぶやく。
「てっきり俺は……」
彼の誤解が解けてよかった。ほっとしたのも束の間、「で?」と彼が尋ねてくる。
「で?」
「ヒロインに告白するんじゃないのに、陽太がステージにそこまで真剣になるのはなんで?」
「……そんなのわかるだろ」
「わからない。ちゃんと、言葉にして言ってほしい」
もう逃げ道はなかった。
あんなに特別だったヒロインたちとの思い出は、いつの間にか月に上書きされてて。気がついたら月のことしか考えられなくなってて。
そして、明日も明後日も月にそばにいてほしいと思うようになっていた。
過去も。現在も。未来も。
俺が想うのは月だけで。
月だけが、俺の大切なひとで。
もう——『親友』っていう言葉じゃ、この気持ちをごまかせないから。
……好き、と俺は想いが零れるように言う。
「月が好き。大好き。だから……月のために、絶対うたいたい」
「……うん、」
「って月、待っ、」
月は俺を抱きよせる。
舞台のほうから女子の歓声が聞こえてきた気がするけど月はおかまいなしだった。
月の世界には俺と彼しかいないみたいに。
力強くぎゅっと抱きしめてくると。俺も同じ、と想いがあふれるように言う。
「俺も陽太が大好き。だから絶対ステージ成功させたい。……ちがう。成功させる。
俺に考えあるんだけど、聞いてくれる?」



