月はタコヤキを口に放りこみ、「ていうかさっきの」と俺を見る。
「共同経営者って感じの会話じゃなかった?」
「どういうこと?」
「将来俺たちがふたりで店持って、閉店したあとにこういう会話すんの。これが人気だったから仕入れ増やそう、みたいな」
「……たしかに」
言われてみるとそのとおりで俺は笑った。
バイト先のオーナーみたいに個人で店をだすのも楽しそうだ。月とふたりならなおさら。
「————」
そう考えたとき、胸の奥でなにかが動いた気がした。
けどそのなにかについて考えるまえに「あ、でも」と月が顔をしかめる。
「赤の他人が陽太の手作りスイーツ食べるのいやだな」
「……まえにもそんなこと言ってたよ、月」
「やっぱり俺が陽太を専属家政夫として雇ってついでに同棲するしかないのか……」
俺の人生、急に選択肢なくなったな……。
というか同棲ってついででいいんだ。
「もう午後のステージはじまってるな。行こう」
ステージイベントは体育館でおこなわれる。
音の響きをたしかめておきたいと月が言ったので今日中に様子を見ておく予定だった。うん、と俺も席を立つ。
開けはなされた扉から中に入ると軽音部がバンド演奏の真っ最中だった。
去年、TikTokを中心にバズった古いロックバンドの名曲をコピーしていて、集まったお客さんは年齢の区別なくみんな楽しそうだ。
演奏は荒いけど勢いがあって悪くない——と思っていると、後ろの壁際でよりかかって聴いていた月が「なんか変じゃないか?」と俺にささやいてきた。
「変? なにが?」
「音が。全体的に。スピーカーが古いのかな」
そう言われて意識を集中させると、たしかに低音がスカスカで高音が割れている。気をつけないとわからないレベルだけど。
「……なんとかなりそう?」
「ん? ああ。今日、帰ったら音調整する」
せっかくの月の曲なのに劣化したスピーカーを使わないといけないなんて。完全な状態でお客さんに聴いてもらえないのが悔しい。言っても仕方ないけど。
とか歌担当の自分のことを棚にあげて思っていると、「そろそろ行く?」と月に聞かれた。まだ曲が終わってすらないのに。
「俺、まだ聴いてく」
「わかった。適当にぶらついてるから、合流したくなったらラインして」
イヤホンをはめながら月は体育館をでていく。
——文化祭は大盛況で、どこもかしこも人だらけだ。午前中も大忙しだったし疲れたのかもしれない。
このバンドが終わったら月を捜しにいこう。そう思い、明日自分たちが立つステージに視線をもどす。
ノスタルジックな曲を聴いていると自然と中学のときの思い出がよみがえってきた。
絶叫系が苦手なのを隠して翔子と遊園地に遊びにいったこととか、近くの山で姉崎さんが作ってくれた弁当を食べたこととか。優香に俺は優しいけど優しくないって言われたこととか。
その印象的な思い出は。
あるひとりに集約されていく。
月と作った——新しい思い出に。
「あ……、」
夏祭りも。なにげない学校でのできごとも。みんな、みんなそうなっていた。
まるで俺のそばには月しかいなかったみたいに。
——なら、これからの思い出は?
曲が終わり、周りにつられるようにして拍手しながら俺は思う。
俺のこれから。
俺の未来にいるのは、
+++
あ、これ夢だな、と気づいたのは俺が無邪気に陽太に恋をしていたからだ。
かわいいヒロインたちと青春している親友。
彼に恋をする苦しさを、自分が恋愛対象にすらなっていない悲しさを、まだ知らなかった頃の夢。
——陽太、って、
パソコン——中学のとき使ってたやつだ——のまえに座っている俺はひとりごとみたいに言う。画面には無数のノーツ。
——ん、なに?
俺のベットによりかかって床で漫画を読んでいた陽太が顔をあげる。
——いい名前だな、って
——そう? 『月』って名前のほうがかっこよくていいと思うけどなー
——だれも『ひかる』って読めないけど
——でも、知ったら二度と忘れないじゃん
彼がくれる言葉のすべてが特別だった。
陽太が褒めてくれただけで、毎回読み方を説明しなくちゃいけないから面倒くさいと思っていた自分の名前が輝きだした。きらきらって。
きっとこれはあのGW。
陽太と仲よくなりたいって、小さな子供みたいに願ってたとき。
まだ名前を知らない気持ちが芽生えはじめたとき。
——陽太、
——どした?
それまで俺は彼のことを名字で呼んでいた。明石って。
陽太は女子からも先生からも下の名前で呼ばれている。名字で呼ぶやつのほうがすくない。
だから俺が彼を下の名前で呼ぶことはなんでもないことなんだろうけど——でも、俺にとってはすごく特別なことだった。
陽太。初めてそう呼んだときのことを思いだすと、いまでも指先がぴりぴりするような変な感じになる。
彼にいやな顔をされたらどうしよう、っていう不安と。
そんな不安を笑ってしまえるくらい、陽太があっさり返事をしてくれた嬉しさで。
……陽太の名前の由来、やっぱ太陽みたいに明るい子になってほしいからとかそんな感じかな。だったら朝や昼間じゃなくて夕方の太陽がいいな。
太陽が茜色に染まる頃なら、月も一緒にひかっていられるから。
「ん……」
俺は目を開けた。
へったくそなバンドと劣化したスピーカーのせいで気分が悪くなって、文化祭中も開いている保健室のベッドで休んでいたんだった。
まだ夢の余韻が残っている。初めて恋をした相手がでてきた夢の余韻が。
それを忘れるため俺は寝返りを打って、陽太の姿が目に入ってぎょっとした。
「よ……、」
びっくりしたけど彼は眠っていた。ベットのそばのイスに腰かけて、膝の上にスマホを置いたまま。
——俺のこと、心配して捜してくれたのかな。よくここだってわかったな。
じわじわ胸に熱いものがこみあげてきて、ベットの周りがカーテンで覆われているのをいいことに俺はじっくり陽太の寝顔を眺める。
どっちかといえば童顔だけど、寝ているとさらに子供っぽい。でも、なめらかな頬とかすこしだけ開いた唇とか——俺が彼をそういう気持ちで見ているからだろうけど妙に色っぽかった。
陽太が家に泊まったことは何回もある。俺が陽太の家に泊まったことも。
でももしかしたら陽太の寝顔を見るのはこれで最後になるかもしれないと思うと、べつの理由で心臓の鼓動がはやくなる。
——陽太はもう答えをだしたのかな。
俺のことなんて気にしなくていい。陽太は陽太のことだけ考えればいいって言ったけれど。
「…………」
……ほんとうは。
俺のほんとうの気持ちは。
教室を忙しく動きまわって、接客に慣れてないクラスメイトのフォローもして疲れたんだろう。陽太は熟睡しているみたいだ。
俺はゆっくり体を起こした。
そして、ベットに手をついて彼に顔を近づける。
——ずっと『親友』でいたんだ。
陽太が寝てるときくらい、欲張ったって……
許される、と自己弁護をしたとき。
俺は陽太のスマホが動画を再生していていることに気がついた。
俺を起こさないようにだろう、ミュートで再生されていた動画に映っていたのは。
見覚えのある遊園地ではしゃぐリトルウィッチだった。



