それからというもの、俺と月は完全にセットとして扱われることになった。
もとからそんな感じではあったけど。さらに。
「陽太、今日カラオケ行って練習しよ」
「……う、うん」
翌日の放課後、月がそう誘ってきた。それを聞いた周りは「がんばれよ!」とか「当日聴きに行くからね!」とエールをくれる。
そうなると俺はもう用事があるとか言って逃げるわけにはいかなくて、月とならんで教室をでる。
月とふたり。カラオケ。個室。想像しただけで落ちつかない。
いつもどんな話してどんな歌うたってたっけ? ぜんぜんわからない。
階段を降りながら月がつぶやくように聞いてくる。
「陽太、俺のこと怖くなった?」
「そんなことない」
「個室がいやならべつのとこにしようか」
「そんなことないって、」
月がいると緊張してしまうだけだ。怖いとかじゃない。
「ならなに?」と彼がすこし不機嫌そうに言ってくる。「……俺にもわからない」と俺は正直に答えた。
「わからないって?」
「なんか……なんか、月と一緒だと体熱くなって。自分が自分じゃないみたいな変な感じして。それで……」
「え……?」
「……どうしよう、月。俺、おかしくなっちゃった」
月は足を止める。
俺もつられて立ちどまった。まだ彼の顔を見れないまま。
「陽太……もしかして、それ……」
ごく、と月の喉が鳴った。
「俺がかっこよすぎるからじゃ……?」
「……へ?」
「いや、わかる。大丈夫。昔から俺顔がよすぎて周りにいる女子はみんなそんな感じになってたから。べつに変じゃない」
「そ、そうなの?」
「言われてみればいまの陽太の反応って俺のファンと一緒じゃん。俺の顔が好きだけど好きすぎて直視できない、認知無理、みたいな。……そっか。陽太、」
「な、なに?」
視界の外から手が伸びてきたかと思うとあごをつかまれた。くいっと持ちあげられ、月のほうを向かされる。
「今更、俺がかっこいいことに気づいたか」
「……ひ、月は昔からかっこいいじゃん」
「そうだけど。でも、あれじゃん? 親友としてかっこいいのと恋愛対象としてかっこいいのとはべつじゃん? だからさ――」
硬直している俺のあごをつかんだまま彼は言う。機嫌よさそうに笑いながら。
「いまの俺、陽太に意識してもらえてるってことで。一歩前進」
――意識してる?
――俺、いま、月のこと恋愛対象として見てる……?
きゃああっと黄色い悲鳴が上のほうから聞こえてきたかと思ったら同じ一年の女子たちがこっちを見ていた。
しまった。なんかBLしてるって思われた……!?
月はにやりと笑う。
「陽太、ここうるさいから静かなとこ行こうぜ。ふたりっきりで」
「サービスすんな!」
+++
いつもと同じカラオケボックス。いつもと同じようなテーブルにソファがふたつある部屋に通されて、俺はいつも以上に上機嫌だった。
なんだ。陽太に避けられてたのは、俺の顔がよすぎるせいだったのか。
たしかに俺の顔のよさは幼稚園の頃から群を抜いていた。女の子は毎日のように俺を取りあったし女の先生はみんな俺をこっそりひいきした。小学校でも中学校でも似たようなもの。
そんなだったから、だれかにかっこいいと思われることは俺にとってなんでもないことなんだけど――
「……陽太。俺の顔、見て?」
「見れない……っ!」
テーブルに腕を置き、向かいにいる陽太の顔を覗きこむ。
陽太の顔は真っ赤だ。初々しい女の子みたい。マジでかわいい。
部屋に入ってからずっと陽太はこんな調子だ。カラオケボックスの薄暗い明かりでも頬が赤くなっているのがわかる。いつもは明るく輝いている瞳もすこし潤んでて、……あ、ずっと見てたら俺が俺でやばいかも。
「いつまでも照れないで練習しようぜ。聴いててやるから」
「うん……」
俺はスマホをだしてテレビに繋ぎ、『アカネ』を再生する。
緊張してるからかいつもよりハイトーンの伸びが悪い。俺がかっこよすぎて照れる陽太を見るのは楽しいし、ちょっとS心をくすぐられるんだけど、ここは真面目にやらないと。
ぼろぼろなのは自覚してるらしく、陽太はマイクを置くと「ごめん……」と小さく謝ってくる。
「わかってるよ。っていうかこっちこそごめん、俺がかっこよすぎるばっかりに」
「う、うん……」
「一回深呼吸して。体の緊張とって。大丈夫、ちゃんとうたえるようになるまでついててやるから」
陽太はこくりとうなずくと言われたとおり深呼吸する。
二回目は最初よりマシになったけど――でもまだまだだ。陽太のポテンシャルはこんなものじゃない。
あまり連続でうたわせるのもよくないので、飲みもの休憩に入ってから「どうするかな」と俺はつぶやく。
文化祭まであと二週間を切った。それまでに陽太が俺に緊張しなくなればいいけど……自然に放っておいてどうにかなるものなのかな。
むしろ、陽太が俺に慣れるようにするってのは?
「……え? 月?」
俺はコップを持って向かいの席に移った。陽太の隣に座り、「考えたんだけどさ」と言う。
「俺に慣れてもらうには、やっぱり俺に慣れてもらうのが大事じゃん?」
「う、うん? なんだって?」
「だから――」
俺は片手を伸ばして陽太の手をにぎる。ひゃ、とかなんかかわいい声が聞こえてきた。
でも陽太の顔は見ない。刺激しすぎてまた逃げられたら困るし。
「陽太が俺に慣れるように……さわって、いい?」
陽太の手は熱い。熱でもあるんじゃないかって心配になるくらい。
「ひか、」ぴくっと彼の手が動いた。でも逃げずに、俺ににぎられるままになっている。
……すごい。こうしてるだけで、陽太の心臓の音が聞こえてきそう。
え、なんでこんなかわいいの?
実はこれって陽太の罠だったりする? 俺にかわいいって思わせて俺が油断したところを噛みつく作戦だったりする?
――それでもいいって思っちゃうくらい。陽太のこと、俺、好きみたい。
「あ……」
「……あ? なに?」
「汗……ごめん、気持ち悪い、よな、」
みるみるうちに陽太の手のひらが汗ばんでくる。
ぬる、とした感触は――そりゃべつのやつだったら気持ち悪くて仕方なかっただろうけど、でも、陽太ならぜんぜん気にならなかった。
むしろ。陽太が生きてるって思えて、興奮する。
「……ラストの高音、無理せずファルセットでだして。喉締めつけてると絶対高い音でないから。開くこと意識して」
「うん……」
このまま黙ってたら頭がおかしくなりそうだった。
陽太には余裕があるって思われたい。いつでも頼りにしてほしい。そんな見栄で俺は冷静を装い、歌のアドバイスをする。
「Cメロはタイミング難しいからドラムの音よく聞いて。冷静に。できそう?」
「……がんばる」
そんな話をしているうちに陽太もスイッチが入ったのか、消えいりそうだった声に力がもどってきた。無意識なのか、ぎゅ、と俺の手がにぎりかえされる。
……あー、もう、かわいい。めちゃくちゃにしたいくらいかわいい。
まだ手のひらは熱いのにがんばって真面目に聞いてくれるのが健気でかわいくて、俺はここが自分の部屋じゃないことに感謝する。家でふたりっきりだったら陽太をどうしたかわからない。
好きだよ、って。
もう一回言ったら、また陽太逃げちゃうかな……。
「いま月が言ったことメモしていい?」
「うん、して。なんだったら俺がラインで送るけど」
「大丈夫」
するっと陽太の手が俺から離れる。
スマホにメモをする横顔は真剣そのもので、邪魔しちゃ悪いと思いながらも俺は誘惑に負けて彼の耳に唇を寄せた。
「陽太、かわいい。食べちゃいたいくらいかわいい」
がんっ、と陽太が驚いてぶん投げたスマホが向かいの壁まで飛んでいった。



